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東西珍道中1

 オンラインゲーム「RINE-リンネ-」の頃では移動には様々な方法があった。

 まずはプレイヤー自身が操るアバターというキャラクターの歩行が基本となる。これはボタンやアナログスティックで指先一つでとても楽だった。

 他にも馬や召喚獣といった乗り物アイテムなどでフィールドを駆け抜けることができた。


 しかしフィールドを使うとモンスターとバトルしなくてはいけない。避けるのも面倒で、街と街の間には距離があるため時間がとてもかかる。


 そこで登場するのが各街に必ず一つ設置されていた瞬間移動装置「魔法陣テレポゲート」である。一度訪ねた街ならこの魔法陣によってボタン一つでどんな距離やフィールドが間にあっても別の街に移動できるのである。


 しかし今わたくしこと魔導士ユーナがいる現実とゲームが混ざった世界では仕様が違う。

「魔法陣テレポゲート」は街トーキョーの南端の祭壇の床に描かれている。しかし一回訪ねたのだが使うことはできなかった。この世界「アース」はゲームと現実が混ざっている。

 そしてゲームでの設定がそのまま通用する訳ではないらしい。

 ゲームでは訪ねたことがある街でも、このゲームと現実が混ざった世界での街を訪ねなければ使うことはできないらしい。

 これはつい最近再会を果たした大泥棒アルトさんが見つけた仮定の法則である。


 わたくしは聖騎士コージさんに匠の街キョートに行きたいと言い、彼は快く了承してくれたので今滞在している街トーキョーからキョートの街へ向かう目的ができたわけなのだが、いきなり足止めの予感である。


 ★



 足止めの予感はしていたが、長旅と感じていたのでNPCであるリリアンの道具屋で必要そうなのを揃える。

 傷薬に食糧に寝袋…は必要ないかもしれない。多少服は汚れるかもしれないが葉の上でも寝れるらしい、ただしアルトさん曰く虫さえ平気ならとの一言付き。


 田舎女子高生をしていたわたくしはある程度の昆虫なら平気だ。蝉の抜け殻やカブトムシくらいなら掴める。ただし家に出てくる茶色の悪魔は無理である。あれは生理的に克服できない。できればこのゲームと現実が混ざった世界で巨大化してないことを祈るだけである。

 ただ昆虫はある程度平気でもどうしても苦手な物はある。田舎女子高生やっていたが昔から身近にいるがどうしても駄目だった…それにだけは会いたくないが、残念ながらこちらとは会うしかない気がする。ゲームと混ざっているなら多少デフォルメされて出てきてほしい。そう願う。


 とりあえず寝袋ではなく敷物として簡単に畳める布地などないかリリアンに尋ねる。

 するとすぐに柔らかそうな表面としっかりとした生地の裏面という野外生活に適した敷物を勧めてくれた。ゲームと現実が混ざった世界で、ここまで的確な物が出てくるとは嬉しい。


 ステータスはHPといういわゆる体力の部分しか表示されない。オンラインゲーム「RINE-リンネ-」では確かステータスにはHPの他にMPと奥義ゲージがあったはず。

 MPとはマジックポイントの略称で、ゲームではこのポイントの範囲内での魔法しか使えなかったのだが消されたらしい。また奥義ゲージというのは上級職である魔導士などが戦況を反転させるような大技を使う際に必要な項目だったが、これも省略されている。


「激流を呑む蛇」と「破滅竜の吐息」という派手な魔法は実は奥義魔法の一つで、この奥義ゲージがバトル中の行動によって溜まっていき、完全に溜まった際にしか使えなかった。

 おそらく呪文を詠唱する必要性が出てきたため、このゲームと現実が混ざった世界ではMPと奥義ゲージは必要ないと判断されたのだろう。HPが残ったのはおそらくアバターという肉体の限界値を示すために必要なのだろう。


 わたくし達の体はアバターというこの世界専用の肉体に魂が入っているようなもので、HPが0にならない限りわたくし達は首を跳ね飛ばされても心臓を貫かれても動けるのだ。

 0になったら教会に肉体の要素が光の粒子として送られて再生する仕組みだ。擬似的な不老不死の体、それがアバターの肉体でわたくし達の存在だ。


 しかしリスクがないと言われたら実はある。人伝に聞いた、というよりアルトさんが調べた仮定の法則なのだが教会で再生する際に肉体に一瞬死んだ時の負荷が一斉に圧し掛かってくるらしい。そして記憶を一つ忘れるらしい。


 アルトさんが利用するために騙したプレイヤーと行動している時、そのプレイヤーが不慮の事故で教会に送られたらしい。仕方ないと出口で待っていたアルトさんは出てきたプレイヤーの混乱して暴れまわる姿に驚いて、というか驚いたフリして色々聞き出したらしい。


 まずは何を混乱しているか、と。すると相手は体に死んだ時の衝撃や傷みが一気に押し寄せてぶつかったと叫んだらしい。その痛みと衝撃に驚いて死んでしまったと勘違いして大暴れしたらしい。

 わたくし達の痛覚は普段アバターの肉体によって鈍っているが、どうやら教会に送られると本来の痛覚によって目覚めるらしい。つまり首を切られたら実際に斬られた痛みや感覚を味わうらしい。


 そしてもう一つは相手がアルトさんに対し、俺は一体誰だ、と言ったことが発端らしい。アルトさんは知り合った時に教えて貰った名前を言うと、一瞬呆けた後に思い出したと大声を上げて、次には顔を恐怖に染めたらしい。


 記憶の欠落。忘れても思い出せる、一種のボケに近いようだが恐ろしいのはそこじゃない。欠落する記憶に大小とか重要性の順序がないらしい。


 アルトさんは嫌な予感がしてその後も調べたらしい。すると飼い猫の名前を忘れて思い出した者もいれば、元はゲーマーということを忘れた者までさまざまらしい。もちろん会話で促せば全て思い出せるらしいのだが、そうしない限り忘れたままになるようだ。


 どんな大切なことも死んで教会に送られたら忘れてしまう。恐ろしい話だ。ただでさえ異世界から戻れないとかいうライトノベルにありがちな展開だというのに、下手したら異世界から元の世界に戻るという目的さえ忘れる可能性があるのだ。


 わたくしはその話を聞いてますます死ねなくなった。わたくしは一つだって忘れたくない。

 阿修羅を殴る目的も、止まらないと決意した覚悟も、死んだ両親のことも、引き取ってくれたお婆ちゃんのことも、コージさんやアルトさん達のことも全部。


 わたくしとコージさんはアルトさんからその話を聞いてお互いに死なないように、戦闘中の連携を強めていこうと話し合った。


 そんなアルトさんは朗報というか、ある活躍をしてくれた。そのせいかコージさんの機嫌が良い。


 ギルドルーム拡張にお手洗いと風呂場の追加である。

 ギルドルーム拡張によって一部屋から三部屋+お手洗いと浴場の合計五部屋である。増えた二部屋はコージさんとわたくしが稼いでいた分とアルトさんがトーキョーアンダーシティに潜伏していた際に溜めた金額で実現。

 ちなみにわたくしとコージさんはアルトさんに溜めた方法を聞いてない。きっとろくでもないから。


 大泥棒というだけあってアルトさんは騙す盗む暗躍するのが特技なようなもので嘘だってつくし、戦闘も強いし頼りになる。情報戦にも強いので、手段さえ選ばなければ効率のいい稼ぎ方などいくらでもある。とりあえず部屋が増えたことだけ喜ぼう。


 お手洗いとお風呂場に関してはこれまたアルトさんが調べたことなのだが、ギルドルーム拡張の際にオプション項目で無料で取り付けられる仕様になっていた。

 今までは外の公衆便所を使い、風呂に関しては水浴びしかないと諦めていた可憐な少女のわたくしにとってはありがたい話である。今そこで可憐な少女って誰だよとツッコミを入れた人は燃やすので前に出てきてほしい。


 なんにせよこれで共同リビングと男部屋女部屋の区別にお手洗い浴場の追加で大分生活しやすくなったギルドルーム。

 あとは人を増やすのと家具を追加していくだけでかなり華やかになるだろう。するとやはりキョートのプレイヤーショップや工房を訪ねたくなる。


 キョートにあるプレイヤーショップはただのお店ではない。オンラインゲーム「RINE-リンネ-」には工房や生産スキルでしか作れない家具、また課金でしか手に入らない御洒落アイテムをゲーム内通貨リンで売ってくれる、プレイヤー判断が試されるお店なのだ。


 もちろん中には馬鹿な値段や売りの相場を知らないまま値段をつける大馬鹿もいるが、中には適正な値段や駆け引き交渉で安くしてくれる店、顔馴染みということで割引してくれる本当にマネーゲームをしているプレイヤーもいる。


 アルトさんは確か多彩な生産スキルを持っていたので武器防具も作れるし家具も作れるはずなので、プレイヤーショップではアルトさんが作れない家具などを買いたい。そのためにはお金も必要だが…わたくし含めて仲間三人になったおかげで魔物との戦闘も楽になったので問題ない。


 またキョートはオンラインゲーム「RINE-リンネ-」の数ある街の中でも特殊な施設が多いし、歴史ある実際の京都の街並みを中世ファンタジーを混ぜつつ再現しているせいか、ゲーム画面上でのグラフィックや色合いの美しさはずば抜けていた。

 美しいもの大好きな私にとっては旅行したい街第一位である。

 今でも思い出せる赤い木彫りの家屋に灰色や暗褐色を混ぜたような落ち着いた街並みに、碁盤のように整列された道や金色の寺に桜咲く並木、曼珠沙華咲き乱れる門に雰囲気に合わせて着物や袴を装備するプレイヤー達。それが中級者向けである匠の街キョート。


 リリアンの店から帰る途中わたくしはスキップしていた。仲間を探すことや「魔法陣テレポゲート」の調査も必須だが、やはりあの美しい街並みを現実として見れるなんて最高である。遠足前の子供気分になっても罰は当たらないだろう。


 しかしアルトさんが言っていた仮定の法則によると少し厄介かもしれない。


 その法則とは関東圏のプレイヤーはトーキョーの街、関西ならキョート、北海道ならサッポロ、沖縄ならナハの街などそれぞれの生活圏にある主要の街をモデルにした場所に移動したのではないかという話だ。


 わたくしは田舎と言いつつも北関東、コージさんは千葉、アルトさんは神奈川といった具合に三人とも生活圏は関東なのだ。

 あまりオンラインゲームでリアルの話はネットマナーに反するのだが、ゲーム時代に軽く話した感じでいうと関東圏外に住んでる仲間は何人もいた。


 ではなんでそんな法則の話が出たのか。それはコージさんが現実の世界に戻った際に調べた昏倒者世界中にて二十万人とゲーム運営会社JINDOの消失を聞いたアルトさんが疑問を投げたのだ。


 アルトさんが言うには世界中二十万人と言ってもオンラインゲーム「RINE-リンネ-」は日本発祥のゲームで、大半のプレイヤーは日本人であること。

 少なく見積もっても五人に三人、十二万人は日本人プレイヤーと豪語していた。少なく見積もったにしては数が多すぎてわたくしは想像が途中で途切れるほどである。


 しかし阿修羅が立体映像としてトーキョーの街に現れた時、十二万人もいなかったという。

 アルトさんは話を聞きつつも周りの様子を窺っていたらしく、よくて三万人と判断している。それ以降増えた様子もないし、むしろ他の街に移動したプレイヤーもいるので減っていると言っている。


 そこからアルトさんが推測するには関東圏のプレイヤーしか集まっていないという結論だ。

 ならば他の生活圏のプレイヤー達は別の街に飛ばされた可能性が大きいという。前にトーキョーアンダーシティで知り合ったジュオンさんという二十代半ばの大人の男性にも生活圏を確認したら関東だったと裏付けもしてきた。


 だが関西圏は主要都市が二つくらい候補があるので判断は難しいらしい。なにせあそこはキョートの他にオーサカやナゴヤにナラなど日本主要都市モデルの街がいくつも存在しているのだ。

 その中で可能性が大きいのはやはり匠の街キョートだとアルトさんは言う。

 都をモデルにしているから、というのが一応理由らしい。しかし言っていた本人も珍しく自信はなさそうであったが。


 その話の後はアルトさんは少し考え込んでいた。どうも運営会社JINDOの消失について気になっていたらしく、その後は確証もったら色々話すと誤魔化されてしまった。




 とりあえず目指すはキョートの街、というのが決まった。

 コージさんも準備の買い出しと、アルトさんは特に言っていなかったが調査や下調べしているのだろう。


 わたくしは二人を待つためにギルドルームに入った。すると床の上で体育座りする女性がいた。

 わたくしはその女性に見覚えがある、が見覚えがあってはいけない気がする。


 二十代くらいの女性で銀髪の髪を一部編み込んでいるが、ふわふわとしたショートヘアーに眉尻の下がった穏やかな金色の目、愛らしい顔つきに桃色の唇は女性らしい。服は狩人とアルプスの少女の民族衣装を混ぜたような動きやすそうな長スカートに、床に並べられたヴァイオリンや竪琴、横笛など楽器が揃えられている。

 身長はわたくしより少し高いくらい、男性から見れば愛らしい小動物的な身長だ。ゆるふわ森ガールと言えば全体像がわかりやすくなるだろうか。


 ゲームの時と同じ姿(・・・)で彼女、ロゼッタさんはそこにいた。


「久しぶりだね、ユーナちゃん」

「その姿ロゼッタさん…ですけど、え、なんで…なんで現実の姿が反映されてないんですの!?」


 わたくしのゲームで使っていたキャラクターは紫の髪と瞳、ロングヘアーと少々大きめの胸をしていた。

 しかしこのゲームと現実が混ざった世界ではゲームでの髪と目色は同じでも身長や外見顔などは現実と同じである。そのせいでわたくしのショートヘアーと……多少小さい胸がコージさん達にばれてしまった。


 そんなコージさんも灰色の長髪麗しい美青年から風紀委員のような清潔的な好青年、アルトさんは優男風味から胡散臭いイケメンといったふうに現実の姿が反映されている。髪と目色がゲームと同じであるため、混乱することはないがややこしい。


 だからロゼッタさんもそうであるはずなのに、彼女はゲームの時と同じ容姿や外見のまま目の前で微笑んでいる。男性への警戒心など一切ない童女のような愛らしい微笑みである。


「ロゼッタの場合少し特殊というか…ねぇ、アルトくんはいる?」

「あ、相変わらず名前が一人称なのですね…アルトさんは出かけていますわ」

「そっか。じゃあ会う前にロゼッタは帰るね」


 言うなりそそくさと帰ろうとするロゼッタさん。わたくしは折角出会えた機会を無駄にするものかと急いでロゼッタさんの肩を力強く掴んで静止させる。

 ロゼッタさんはほっぺを膨らませたリスのような可愛らしい怒り顔をわたくしに向けてくる。


 彼女はギルド「流星の旗」のメンバーであり、仲間でもあるがマイペースな上にログイン履歴も不定期で会話もふわふわした内容が多かったせいか、まさかこの世界に来ているとは思っていなかった。ちなみに職業は吟遊詩人という音楽を様々な手段で戦闘用に昇華した職業のことである。

 しかし年上の女性というのに大変愛らしい姿である。胸もおそらくCカップはある。少し羨ましい。


「むー、ユーナちゃん…ロゼッタのがお姉ちゃんなんだよ」

「いやいや、出会った上でのお互いの状況確認とかこの世界のこととかギルドルームを訪ねたり理由とか話しましょうよ!!!」


「…途中までのは言えないけど、最後のだけは教えてもいいかな?ロゼッタはJINDOで働いていた会社員なんだけど、同僚の息子がどう生活しているか気になって…かな」


「……え?JINDOって…」


 その会社名は何度も聞いたことがある。オンラインゲーム「RINE-リンネ-」の運営会社で、世界中で昏倒者が出る中で政府がゲーム運営中止させようとしたら会社自体が無くなっていた、といういわくつきというか渦中の問題案件だ。

 さらに同僚の息子と言っていた。コージさんの両親は母親がピアノの先生で父親が医者なはず。ならば残っているのは…それに残った該当人物の名前を先程口にしていたではないか。


「アルトさんがJINDOで働いていた人の息子!?」

「…ばれちゃった。とりあえずロゼッタは今特殊な状況下にいるから、アルトくんに会えないの!ユーナちゃん悪いけど見逃してね!!」


 そう言ってロゼッタさんはわたくしの手を振り払って逃げるようにギルドルームから出て行ってしまった。扉の前には瞬間移動装置がある白い小部屋のため姿はすぐに見えなくなる。

 追いかけようにも一瞬のタイムラグですぐに見失う可能性が大きい。


 なによりわたくしは発覚した事実にいまだ気を取られていた。だからアルトさんは推測交えた話をしている時に、コージさんが話したことを考え込んでいたのか。

 あるはずの、親が働いていた会社の喪失。そしてロゼッタさん、JINDOの会社員が特殊な状況下にいるということ。


 これは二人が帰ってきたら情報整理する必要があるだろう。まだまだ数ある情報を整理し終わっていないのに、頭が痛い話である。



 ★



「え!?あのユルカワ来てたのかよ!?」


 帰ってきたアルトさんにロゼッタさんが来たことを伝えたら目を丸くしていた。


 ちなみにユルカワとはゆるゆる可愛いというのではなく、アルトさんの皮肉が入った、頭の緩い可哀想な奴、という意味である。なんとも酷い話である。

 しかし周りはふわふわしているロゼッタさんの雰囲気でユルカワ合ってるねと言ってしまう。そして本来の意味を知った後にロゼッタさんに対して土下座で謝るのが通常である。


 コージさんも帰ってきたのでもう一度ロゼッタさんが来たことを話す。そういえば前にコージさんの好きな人でロゼッタさんについて聞いたかはぐらかされてしまった。今でも判明してないのだが、男性ではないことを祈ろう。

 荷物を置きながらコージさんも驚いていて、さらにJINDOの会社員と伝えたところで手に持っていた林檎を床に落とした。もったいない。


「ど、ういう…ことだ?」

「あ、ちなみにユルカワってグラマラス?まあ確実に姫さんより胸はあるだろうけど、ぷぷー」

「よーし、アルトさんの顔陥没させますのでその場から動くんじゃねぇですわよ☆」


 晴々とした笑顔のまま拳を鳴らすわたくしと、本気の殺意を感じ取って逃げ出す準備をし始めるアルトさん、そして呆けたまま落とした林檎を拾ってまた落とすコージさんという混迷したギルドルームにストッパーはなかった。


 ギルドルームではどのような行為も許可されている。もちろん悪い意味で使おうと思えばいくらでも使えるが、それはギルドルーム内に入っている全員が言えることなので問題はない。


 林檎についた埃を落としながらコージさんはロゼッタさんのことについてもっと話し合わないかと声をかけてきたので、わたくしは拳を引っ込めた。アルトさんもドアから走り出そうとしたのを急停止している。


「不思議なことなんですけど…ロゼッタさん、ゲームの時と同じ外見のままなんです…」


 わたくしはさっそく一番大事であることを告げる。ゲームの時と同じふわふわの容姿に森ガールらしい服装、そして穏やかな笑みが良く似合う顔。何度思い出してもゲーム画面で見ていた時と一寸の狂いもない。

 コージさんも首を傾げているが、アルトさんがつまらなさそうに告げてくる。


「JINDOの会社員はゲームプレイヤー作る時に本人の写真を元にモデリングする技術で、アバターを作ってるんだよ」

「え?じゃあ本当にロゼッタさんってあの顔…美女ではないですけどアイドル顔ですわね」

「というかなんでアルトはそれを知っているんだ?」

「俺の親父、クソジジイが会社員だからだよ…つーことはクソジジイも生きている、か」


 クソジジイと言いつつもアルトさんは何処か安心したような顔をする。わたくしはなんとなく推測できていたものの、コージさんは全く知らなかったので大声を出して驚いている。途中でうるさいとアルトさんの拳がコージさんの頬に当たる。体は鎧で守られているので顔を狙うしかないようだ。

 倒れたコージさんを放置しつつわたくしとアルトさんは椅子に座って話を続ける。


 JINDOの会社は実在していること。アルトさんの父親がその証明という。しかしコージさんが一度この世界から現実世界に戻った際には会社JINDOは消えていた。なぜそうなっているかはアルトさんも思い当たる節はないらしい。


 アルトさんは会社員の息子であって、会社員ではない。当たり前のことであるが会社事情に詳しいわけではない。そしてアルトさんはそれ以上語る気はないらしい。話を変えてきたのだ。

 なんとなく自分のこと話さないとは思っていたが、どうも複雑な事情がありそうだ。母親のはの字すらも出てこないあたり、そこに問題があるかもしれないが追及しようとは思わなかった。


「HPの効率のいい減らし方を知った」

「また物騒な話ですわね…」

「そう言うなよ姫さん。結構重要だぜ…簡単に言うと心臓とか首、脳味噌など人体の急所を狙うことだな」


 そこは急所ではなく致命傷、もしくは即死するための部位ではないだろうか。しかしわたくし達はアバターという肉体によって痛覚も鈍くなっている上に、HPが0にならない限り死なない。ということは即死する傷でも即死しない。

 だけど即死しないからと言って急所じゃなくなるということではないらしい。アルトさん曰く地下世界トーキョーアンダーシティ、その無法地帯にある闘技場で@バターの試合を見てからずっとひっかかっていたらしい。


 なぜ首や心臓を集中的に狙うか。ただダメージを与えたり行動を阻害するならもっと当たり判定の大きい脚や腹を狙っても構わないはず。そこで検証方法は言わなかったが、実験したところ同じ技で腹と首それぞれにダメージを与えたところHPの減り方に差が出たらしい。


 はっきり言って首の方にダメージが出たらしい。それも二倍近くの差である。そこでアルトさんは急所を狙うのはゲーム上でいうクリティカルということではないかと推測した。

 ちなみにクリティカルというのはたまにダメージが倍与えられる攻撃のことである。ゲームではこの攻撃は運次第だった。


 しかしどうやらこの世界では急所を攻撃すれば全てクリティカル扱いで、通常より二倍のダメージを与えられるらしい。


「つまり俺達がPKする際は首や頭、心臓を狙う。逆に攻撃を受ける時はそこに攻撃を受けないようにするってことだ」

「なるほど…それは重要ですわね。コージさんも頭は鎧で守ってませんし気を付けてくださいね」

「う、うむ…」


 わたくしの格好を見て微妙に解せぬ顔をしているコージさん。ちなみにわたくしの服装は魔法学校をイメージしたミニスカートで、ほぼ布である。鎧らしき部品はどこにもない。

 わたくしみたいなか弱い少女に鎧姿など求めないでほしい。今どこにか弱い少女いるのだと疑問を持った人は一発殴らせてほしい。


「あとまー色々見つけたけど…それはキョートに向かいながら話すか」

「そういえば移動手段はどうしますの?馬屋で馬をレンタル?それとも召喚獣…」

「しかし召喚獣はデバイスの中に保存されてないし…どこにいったのか」


 ゲーム上で遊んでいた時わたくし達はある程度遊んだプレイヤーだったの、それぞれ専用の召喚獣を持っていた。召喚獣は移動だけでなく戦闘も助けてくれる存在で重宝していた。

 しかしこのゲームと現実が混ざった世界に来た際、魔法やHPはそのままだったのだが所持金やアイテムは全てなくなっていたのだ。おかげでほぼ一から集めることになっており大変不便な状況なのである。


 しかしアルトさんは召喚獣に関しては思い当たる節があるらしく、それは移動方法も合わせて地下世界トーキョーアンダーシティに行ってから話すと言う。


 そして三人とも明日のキョート旅立ちに備えて早めに寝ようということで就寝することになった。ちなみに今はわたくしは女子部屋で一人、男子部屋でコージさんアルトさん二人で寝ることになっている。女子部屋に男子が入ったらわたくしの魔法攻撃とコージさんの説教が待っているので、アルトさんは大人しくベットで寝ている。



 ★



 トーキョータワーの内部から地下世界、天空樹スカイツリーを柱としたトーキョーアンダーシティ。

 相変わらずここでは戦闘が許可されているのでPKが横行し、わたくし達が到着した直後に攻撃を受けそうになった。


 もちろんそんなことは予想していたのでコージさんが最初の一撃を盾で防ぎ、アルトさんが遠距離から攻撃している相手に近づき一撃を入れ、わたくしは小さな魔法を詠唱無しで何発も発動させて威嚇する。


 それだけで大体は腰が引けて逃げていくのだ。仕方ない、今まで平和の国でファンタジーな常識など通じない現実で平凡な生活をしていたのだから。むしろ戦闘慣れする方がちょっと異常なのかもしれない。


 とりあえず最初に牽制をしたおかげで様子見することに変えたらしく、普通に歩いていても攻撃されることは少なくなった。しかし今はアルトさんも入れて三人、近距離、防御、魔法攻撃などあらゆる面で補える三人なので死角はない。問題があるとすれば回復役だろう。


 聖騎士であるコージさんや、様々な職業を体験して多くのスキルを手に入れたアルトさんも少しは回復魔法や補助技が使える。しかし二人共基本が近接の攻撃役なので、本来は回復される側なのだ。そして後方攻撃を基本としている魔導士のわたくしは回復魔法は覚えてない。


 魔導士は属性魔法だけでなく無属性というどの相手にも減退されないダメージ攻撃から、状態異常を引き起こす魔法といった攻撃一色の上級職である。

 上級職は最初のキャラメイクの際に選べる六つの初期職業から直接発展した六種類しかない。聖騎士や大泥棒といった職業は中級職と言われ、様々な方面で応用が利く。

 しかし上級職は中級職にない奥義が使える。一発逆転を可能とする、上級職の地位を守る奥義は重宝されるのだ。それでも上級職は難易度が高いことで有名で、多くは中級職で進みたい方向を自由に選ぶのだ。


 初期職業は剣士、魔法使い、狩人、僧侶、格闘家、盗賊から好きな物が選べる。魔導士は魔法使いの上級職である。剣士なら剣帝、狩人なら神威狩り、僧侶なら大賢者、格闘家なら覇者、盗賊は技巧者といった流れだ。


 話を戻して回復役というのは冒険をするゲームでは必須で、一人いるかいないかで戦況は大きく変わる。そして回復役は後方支援で戦況を見極めながらも、的確な配慮ができる人がいないと駄目なのだ。近接での回復役は自殺行為だ。

 もちろん人の好みでは回復魔法しながら攻撃する、なんちゃってアタッカーもいるが、本気で戦いたい場合はなんちゃってアタッカーも攻撃だけに絞ることが多い。


 なのでもしわたくし達に死角があるとすれば強大な敵に対して長期戦ができないということだ。その場合は逃げに徹するしかない。


「おーい、ピンボケおっさん」

「来たか。頼まれてたものは調べといたからあとで見ろ!!」


 アルトさんが声をかけた先にはジュオンさんが睡眠不足のような顔で立っていた。

 そしてアルトさんに大量の資料を渡す。わたくしとコージさんが覗き込めばそこにはオンラインゲーム「RINE-リンネ-」で使われていたゲーム内歴史設定や地図、そして各街に配置されているであろう建物資料だった。さすが社会人というだけあって膨大ながらも的確に内容がまとめられている。

 しかしこれだけのことをどこで調べ上げたのだろうか。今この世界ではインターネットは使えないのでゲーム公式ホームページや非公式攻略ページなど見れないはずなのに。


「全く…ゲームと現実が混ざった世界というのはまじもんだな…ゲームしている時に情報交換掲示板というのあったろ?」


 ジュオンさんが言っているのはゲームをプレイしながらでも見れる、フィールド上に配置された看板のことだ。

 アクセスするとそこでプレイヤー同士の意見や公式設定考察、新エリアに関する情報がいち早く見れるのだ。だがわたくしはその看板を今のところどこにも見てない。


 ジュオンさんは片メガネをはずしてレンズ部分を磨き、改めて付け直すが疲れた顔色は変わらない。おそらくアルトさんに無茶振りをさせられたのだろう。ご苦労様である。


「このアンダーシティではその掲示板内容を盗んで売っている店があった。つまり情報交換掲示板の情報なら、金さえあれば見れるということだ」

「…はあ?盗んでるって…え、じゃあ街やフィールドで見かけなかったのは…」

「ああ。全部盗まれて裏街で共有されていると言っていい。ちなみにお前達がこれから向かうキョートにも裏街はあるそうだ」


 ジュオンさんは溜息をつきつつそう告げてきた。裏街、トーキョーならトーキョーアンダーシティのことだろう。ゲーム上ではなかったがこの世界だけに存在する無法地帯の街。

 それがキョートにも存在するということは…また一波乱の予感がする。


 アルトさんは流すように資料を眺めてにやりと笑う。面白い物を見つけたというよりは予想通りといった顔だ。


「ピンボケおっさんサンキューな。よし、姫さん達キョートへ向かうぞ!」

「向かうって…いまだに移動方法わからないのですが」


 わたくしが胡乱気な目を向けるとアルトさんが指をさす。それはトーキョーアンダーシティに張り巡らされた線路とその上を走る無人のトロッコだ。

 今も壁の穴の中に通じる線路に沿って消えたかと思えば、他の壁の穴から戻ってくるトロッコなど、いくつもの線路とトロッコが動いている。


 まるで東京でせわしなく走る電車のように、とそこまで考えてわたくしはやっとアルトさんの真意がわかった。





「この世界流儀で言う電車に乗って行こうぜ」

20140828(改)

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