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魔導士ユーナは止まらない10

 ゲームと現実が混ざった世界「アース」にある大陸の一つ「ジパング」に存在する街の一つ、オンラインゲーム「RINE-リンネ-」では初心者用の街として使われていたトーキョー。


 その下にある地底世界トーキョーアンダーシティにある建造物コロシアム。


 地面から地底世界の天井まで背を伸ばした、まるで一本の柱のような巨大な樹木である天空樹スカイツリーの真下にコロシアムはある。

 そして今は数十人対一というバトルロワイヤルなど生易しく感じるような、一方的な虐殺が目の前で行われていた。



 しかし虐殺しているのはたった一人の青年。数十人を相手に、両手に装備した鉈を振り回して次々と光の粒子を増やしていた。



 わたくし達アバターの体は死ぬことがない、というよりは死んでも体が光の粒子となって移動して教会で再修復される仕組みだ。

 わたくしはまだ死んだことがないので詳しくはわからないが、何回か見た教会から恐怖で顔を歪めた人達が飛び出していたところからすると、復活すると言っても楽ではなさそうだ。


 大泥棒の職業を持つ信じるのは難しいが頼りになるアルトさんも、詳しく話していないが死んだときの衝撃と軽く話題に上らせていた面からしても、死なないから痛くない、のではなく死なないけどなにかしらデメリットがある、ということかもしれない。


 だから先程わたくしとコージさんとアルトさん三人組で倒した相手、特に最後に倒した同じゲームのプレイヤーであった男も倒されること、つまり死ぬことを恐れていた。命乞いをしていた

 。他にも倒した敵がいた、まるで滝のような勢いを持った水流に呑み込まれて、足掻いたけど何も出来ず光の粒子となって消えていった。今頃はコロシアムの医務室で目覚めているだろうが、それでも一度死んだのだ。原因はわたくしの上級魔法「激流を呑む蛇」のせいだ。


 しかし躊躇して魔法を使わなかったらわたくしが倒されていた。光の粒子となって消えて復活することになっていた。

 プレイヤーがプレイヤーを殺すPKとはそういうものだ。死ぬか生きるかだ、良心が痛むよりも大事なことだってある。


 それでも目の前で起こっている一方的な虐殺を見ていると、わたくしもあんな酷いことをしていたのかと後悔したくなるのだ。それほど@バターという名前の彼は凄まじいほどの攻撃と、急所への迷わない突撃、容赦を見せない斬撃を繰り返していた。



 戦士の職業を持った両手剣を振り回している男が近づけば、その頭をかち割るように右手のなたで上段から振り下ろす。


 狩人の女性が弓矢を放てば左手にあった鉈を投げ飛ばして弓矢を弾き飛ばすのと同時に、鉈は狩人の女性の心臓に突き刺さる。


 頭をかち割った男性が倒れるのを見ずに狩人の女性に近づき、その胸に突き刺さった鉈を引き抜いて近くにいた魔法の盾を築いていた法術師の少年の両腕を二本の鉈で盾ごと叩き潰す。



 そこで光の粒子になれば医務室に送られて復活できたはずだ。



 なのに戦士の男も狩人の女性も法術師の少年もいまだ肉体がその場に残っている。戦士の男は頭をかち割られたせいで顔の半ばまで真っ二つにされているのに、両手剣を握って動いている。

 しかし口まで傷口が到達している上に目も見えないのか、おぼつかない足取りで動いている。惨殺死体がひとりでに動くホラー映画のようだ。


 狩人の女性は自分の胸に空いた大きな傷口を見て金切り声を上げ、これ以上出血しないように傷口を両手で押さえているが血が止まらない。

 着ている衣服や座り込んだ地面が真っ赤に染まり、やがて酸化して茶色くなっていき、その上にまた新しい血が零れていく。


 地面の上に横たわった法術師の少年は自分の潰れた手を見て声も上げられず、そして何度も瞬きを繰り返している。

 目の前の現実と鈍くなった痛覚の差異により、本当かどうか判断できる余裕がないのだろう。



 わたくし達、オンラインゲーム「RINE-リンネ-」のプレイヤー達はこのゲームと現実が混ざった世界に連れてこられた。魂をアバターという肉体に移されたらしく、鈍くなった痛覚や生理現象、重力を感じさせない身体能力など様々な能力が付与された。


 しかしそんなアバターの肉体を持ったからこそ、目の前で酷い光景が広がっている。どんなに斬られても潰されても叩かれても、HPヒットポイントが0にならない限り動ける体。それはつまりHPがあれば生首のまま生きてしまうということだ。


 だから戦士の男は頭をかち割られても動いている、狩人の女性も心臓に穴が空いたはずなのに正常に呼吸している、法術師の少年も手を叩き潰されたのに痛みをあまり感じていない。


 そして被害は広がる。@バターは返り血をほぼ浴びないまま動き続けてなたを振り回し続けている。次は格闘家の男が腹を一刀両断された。


 @バターの外見は平凡を姿にしたような黒髪黒目の詰襟学生服を着た普通の青年だ。電車で通学鞄を机に本を読んでいるのが似合いそうな程、どこにでもいそうな人物だ。だけどこのファンタジーに重きを置いたゲームが混じった世界では、その姿は異様であり、殺すことさえも異常なほど慣れているように見えた。


 最初は@バターという青年が虐殺されると思っていた。しかし今は@バターによる虐殺に変わっている。


 一緒に見ていたアルトさんもコージさんも声を出せない。安全神話がある平和な国日本で育ったわたくし達にとって、いや、例えどんな国に住んでいても目の前の虐殺は地獄のようだった。

 人で溢れて@バターへのブーイングで満たされていた観客席も、最後の一人が怯えながら@バターに首を刎ねられた時には、不気味なほど静まり返っていた。滴が落ちる音が聞こえそうな程、誰も音が出せなかった。



 ★



 @バターの試合が終わり、わたくし達は観客席を後にしてコロシアム内部の受付前にあるソファに座っていた。わたくしが自分の手を眺めればいつの間にか力を込めて握りしめていたらしく、指先が真っ白になっていた。

 手の平は汗ばんでいて気持ち悪いほどである。コージさんも思案するように真剣な顔をしており、さすがのアルトさんも額に腕を置いて目を隠している。そしてもう一人の男は「考える人」という有名な像のようなポーズで固まっている。


 @バターの試合を観戦していた時に知り合ったやせ細った魔術師の男、ジュオンさんと名乗ってきた彼はわたくしと同じくらい顔が青ざめていた。

 彼は@バターが持っている現実世界に戻るためのレアアイテム宝玉天照ホウギョクアマテラスを手に入れようとして、コロシアムで戦い敗北したらしい。それ以来@バターが倒されるところを見ようと試合を毎日観戦していると言っていた。


「まじか、まじかよ、まじもんかよ…あいつやっぱりおかしい…俺達と同じアバターの肉体を持っているようだけど、なんかこうプレイヤーと違うんだよ、おかしいんだよ…」


 頭を抱えて本格的に悩み始めるジュオンさん。その目には涙が溜まりつつあり、表情は今にも崖底に背中から押されて落ちそうな人の顔をしている。

 僅かに聞こえる呟きを拾っていくと、彼はどうやら心の底から現実世界に戻るためのレアアイテム宝玉天照が欲しいらしい。わたくし達も手に入れたいと考えているが、彼はそれ以上に渇望しているように見える。

 アルトさんもそのことに気付いたのか、それとなく@バターを倒したい理由について聞く。


「…彼女がいるんだ。待ち合わせ前に彼女をゲームに誘うため軽くイベントこなそうと思っていたらこんな……もう九日経っているんだ!!俺は戻りたい!!彼女に会いたい、会って遅くなったこと謝りたいんだ!!!帰りたいんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 とうとうジュオンさんは目に溜めていた涙をいくつも零し始めた。大粒の涙は止まることを知らずに川のような筋を頬に作り、雨のようにコロシアムの床を濡らしていく。


 ジュオンさんはわたくし達より年上の大人、二十代半ばくらいの青年に見える。やせ細っているのが特徴的だが社会人として働くには申し分ない年齢と容姿に見える。

 そんな大人が目の前で号泣し始めたことにわたくしやコージさんだけでなく、さすがのアルトさんも困った顔になる。


 しかし泣くほど会いたい、大好きな人がいるというのは羨ましい。きっとジュオンさんはその彼女さんを大切にしているのだろう。だから彼女さんもジュオンさんを大切に思っていることだろう。

 もしこれでこちらの世界と現実世界が同じ時間が流れる仕組みだったらフォローはできなかった。


 だから時の神クロノスもとい冒険者トキナガ、及び現実世界に戻って真実を確認してくれたコージさんには心の中でお礼を言わせてもらう。

 わたくしはこの二人のおかげで二つの世界で起こる時間の差異という情報を得ることができたのだから。


 そしてそれはジュオンさんを救う手掛かりになったのだから。




 ジュオンさんについて詳しく説明するならまずやせ細った体だろうか。

 骨と皮とまではいかなくとも鉛筆芯のような印象を受ける手足。身長が高い分細長いイメージが強くなっており、しかし顔は小さいのでバランスは良い。そんな肉体を魔術師のゆとりのある黒いローブで隠している。

 顔にはインテリそうな片眼鏡をかけていて時折思い出したように位置を直している。髪の毛は艶やかな黒髪を肩まで伸ばした、男性にしては珍しいロングだ。前髪は真ん中で分けているため額が見えるが、その額は大きく綺麗なので頭が良さそうに見える。下手したら禿げそうという心配が思い浮かばない綺麗な額だ。目は細長い三白眼だが色が桃色なのできつい印象が和らいでいる。


 すっかり元気を取り戻したジュオンさんが言うにはIT関係の会社員をしているらしく、大好きな彼女さんも社内で知り合った趣味の合う素敵な女性と惚気のろけられた。


「いやー、しかしこちらと現実世界では時間が違うとは…なんにせよ遅刻してなくて良かった…」


 安心したように饒舌じょうぜつになったジュオンさんは気が抜けたように息を吐く。

 わたくし達が現実世界に戻る時、例えこのゲームと現実が混ざった世界で何年過ごしても現実世界ではイベント「六道輪廻リクドウリンネ」をクリアした直後、つまり一分も経ってない状況に戻ることができるのだ。


 代わりに現実世界で一週間過ごしたらこちらの世界でも一週間が経つ、という仕組みをコージさんが証明してくれた。だからジュオンさんはこちらでどんなに月日を過ごしても遅刻することはない、ということを伝えたのだ。


 伝えた後のジュオンさんはまず床に両膝を着き、その次に天高く両拳を頭上に掲げた。まるでサッカー選手がスーパーゴールを決めた時のガッツポーズのようだった。

 喜びの余りさらに涙を零すジュオンさんは周りから不審がられたため、アルトさんがジュオンさんの首に近い部分の布地を掴みコロシアムの外へと連れ出した。もちろんわたくし達も一緒に出て行く。


 そして今は人目がつかないように壊れた建物の陰で四人で円になるように陣形を取り、秘密話をするように顔を突き合わせていた。


「しかし姫さんいつの間にそんな情報を…いや、今はそれが問題じゃないか。問題はそんな情報をホイホイと話すことだ。姫さん、その情報はなるべく人に話すな」

「なんでですの?これを話すだけで多くの人が不安から解消され…」


「それが問題なんだ。俺達はここでは不死身で不老。だけどPKしたりモンスターと戦うのは、現実世界での変化や時間経過による差異を知らないから宝玉天照を手に入れたい。つまり現実世界での変化を恐れてるからだ」


「…もしかして…」

「現実世界に変化がないなら、こちらで何年過ごしても大丈夫なら…法がないこの世界では好き放題だ。暴力犯罪なんて規制もないからな」


 アルトさんの言葉はわたくしにも予想できる未来だ。今この世界で活動しているプレイヤー達は元の世界に戻るため必死でいる。それは現実世界でなにが起こっているかわからないからだ。誰もが冒険者トキナガの時間システムを聞いたわけではない。


 もしこちらで過ごした時間が現実世界に反映されるとしたら、という不安が付きまとう中で活動している。だからこの世界ではPK以外では目立った嫌がらせや暴力などは起きていないように見える。そんな余裕がないのだ。


 だけどその不安がなくなって余裕ができたら、どうなるか。

 規則や法律で縛られた将来が不透明で自由に動けない体しか持たない現実世界では滅多なことでは悪さはできない。でもこのゲームと現実が混ざった世界「アース」には法律を取り締まる機関も政府もない。まず法律自体が存在しない。

 わたくし達プレイヤーは魔物を簡単に倒せる身体能力や職業、重力を感じないような動きができる。そんな体なら現実世界ではできなかった悪さすら可能となる。


 秩序なんてない、最初から無秩序なこの世界。わたくし達は不安によってある一定の安寧を保っていたように見える。しかし不安がなくなればその安寧さえ容易く崩れて無法地帯として広がっていく。

 現実世界で滅多に犯罪が起きないのも、不安があるからだ。犯罪を起こすことによって生じる法律の規制や罰則による不安だ。

 不安とは悪いことだけではない。その不安によってわたくし達は守られているようなものなのだから。


「…そうだな、小生もなるべく口外しないようにする。争い事は苦手なんでな」

「小生ぃ!?おま、いやジュオン!そんな一人称じゃなかっただろう!!」


「ゲームではこの一人称だったんだ!さっきは現実世界について不安だったから素だったが、今からはゲーム通りの口調になってもいいだろう!というか一応小生の方が年上なんだから、敬語とまで行かなくとも敬称付けろ!」


「そうだぞ、アルト。礼儀は大切だ」


 一人称をいきなり変えてきたジュオンさんに対しアルトさんは正当なツッコミを入れたのだが、あっさりと返されてしまった挙句に敬意が足りないということで彼だけでなくコージさんにも怒られてしまった。アルトさんは口を尖らせて面倒そうな顔をする。


 そしてアルトさんはジュオンさんの顔をじっと見ている。これはもしかしたら恒例のアレかもしれないとわたくしは感づいた。そしてすぐにその予感は的中してしまう。


「キャラブレブレの眼鏡…ピンボケさん、だな」

「なんだそれ?」

「ジュオンさんご愁傷様ですわ」

「なんのことだよ!?ピンボケって、おい!?」

「アルトの趣味なんです。あだ名だと思って軽く受け流してください」


 わたくしはジュオンさんに向かって両手を合わせており、コージさんは懐かしいなと笑うだけである。アルトさんの趣味というより悪癖である主観に基づいたあだ名付けである。ギルド「流星の旗」メンバー全員はこの洗礼を受けており、今回はジュオンさんも標的になったようだ。

 このあだ名は大体アルトさんの皮肉も混じっているが、名前だけ聞くとあまり違和感ないので、周りからは仲が良いとしか判断されないので厄介である。しかし使うのはアルトさんだけなので問題はない。


 ジュオンさんは訳がわからないといった顔をしているがすぐに気を取り直してずれていた片眼鏡の位置を直しつつ、ポケットから「キビシスデバイス」を取り出す。

 そしてコージさんに対してフレンド登録を申し出る。おそらくわたくし達三人の中で一番しっかりしてそうと判断したのだろう。実際に一番しっかりしているのはコージさんなので問題はない。


 ジュオンさんのデバイスの色は深い紺色で、落ち着いた大人の色である

 。黙っていれば細身の落ち着きのある知的な男性だ。先程まで彼女さんのことに動揺して大泣きした挙句にガッツポーズまでした不審者には見えない。人間とは外見ではないということが身に沁みた。


 ある意味アルトさんがつけたあだ名のピンボケというのが的を得ているように見えてきて困る。


「小生は当分はこのトーキョーアンダーシティで情報を集めようと思う。前は一定の経験値溜めれば転生して職業変えれたけど…今は職業変えるのすらどんな仕組みかもわからないからな」

「ピンボケさんはどんな職業目指してたんだ?」

「錬金術師。確か生産系スキルも必要だったから道は長いけど…彼女をゲームに誘った際に小生の薬で癒そうとか…」

「はいはーい、ごちそうさまっす。どうでもいいっすわー。つーわけでずっと気になってたんだけど、姫さん」

「なんですの?」

「男前と二人でなにしにトーキョーアンダーシティに来たんだ?」


 惚気そうなジュオンさんの言葉を受け流した後に来たアルトさんの質問に、わたくしとコージさんはやっと当初の目的を思い出した。

 わたくし達は別にコロシアムでPKするつもりも、アルトさんと出会う予定でもなく、だからといって新しい仲間や情報を得るためでもない。クエストというNPCから依頼される仕事をこなしに来たのである。


 内容は「ビーストブースト」という店で猛獣の皮五つを二千リン以内で買ってくるという簡単なおつかいをしに来たのだ。


 トーキョーアンダーシティに入ってすぐの騒動やアルトさんに出会ったこと、コージさんがさらわれた挙句にコロシアムバトルに参加させられたことや@バターという謎の存在に気を取られ過ぎて当初の目的を忘れるという不覚。


 わたくしとコージさんは慌ててトーキョーアンダーシティに詳しそうなアルトさんとジュオンさんに「ビーストブースト」という店へ案内して欲しいと早口で頼んだ。




 獣の皮や素材を売る専門店「ビーストブースト」においてケチな店主がこちらの足元を見て猛獣の皮五つ三千リンと提示てきたので、わたくしは二千リンと交渉するが頷かない。コージさんも頼み込めば四千リンと値上げしてくる始末。


 するとアルトさんがそんな値段が良い毛皮の状態を確認して欲しいと言い、提示された五つを全て検分して痛みや品質、大きさまで逐一指摘していき最終的には五つ五百リンまで値下げすることに成功した。その手腕を後ろで眺めていたジュオンさんが感心していた。


 わたくしのデバイスにとりあえず買った五つの猛獣の皮をアイテム項目に入れて、最初に来た時出入りした瞬間移動装置がある場所へと向かう。ジュオンさんは見送りとして途中までだが、アルトさんはわたくし達に同行すると決めたらしく呑気にベットで眠りたいと言う。


「…それにしても五つを五百リンまで下げるとは…さすがアルトだな」

「だろー。姫さんも見直した?つーか惚れ直した?」

「最初から惚れていませんから……アルトさん、わたくしは貴方を頼りにしていますわ」

「…なんだよ急に」


「でもね、信じることができませんの。はっきり言いますわ、わたくしは貴方を信じたいし頼りたい。どうすれば貴方はわたくし達を信じますの?そしてどうすれば信じることができますの?」


 わたくしの本当に性急な申し出にアルトさんは面白くなさそうな目をして、視線を逸らした。

 多分機嫌悪くさせたと思うが、きっとここは誤魔化してはいけない。これから現実とゲームが混ざった世界で一緒に行動するのだ。ゲームの時のように半端なまま明日に持ち越しなどしたくない。


 百害あるが千利あるアルトさん。効率的だが非人道的なことも平気でする彼をわたくしは少しでも信じられるようにしたい、お互いの信頼が欲しい。

 表面上の付き合いなどわたくしは苦手だ。本音でぶつかって傷ついても構わない、じゃなければ相手の姿は捉えられない。


 特にアルトさんのような誤魔化す人にはぶつからなければいけない気がする。心とか魂とかそんなスピリチュアル的なことではなく、わたくしの感情がそう訴えている。


 見送りとして一緒に来ていたジュオンさんがわたくしとアルトさんを交互に見て、一回だけ頷く。そしてアルトさんに声をかける。


「アルト、その嬢ちゃんは鈍い。そして大事に育てられたのか真っ直ぐで正義心の塊だ。お前がコロシアムでした行動を見ていたけど…効率的だが人の心を無視しすぎている。そういうのは嬢ちゃんには理解できない」


「…うるせぇな」

「まあまあ、大人の小言だと思って聞け。お前は非効率を覚えろ。忘年会に参加する大人のように人付き合いをするという非効率だ」


 ジュオンさんは溜息つきつつ言う。明らかに機嫌悪くして彼にも牙を向けそうなアルトさんを見て肩を落とす。

 そしてわたくしに対して簡単に説明してくれた。アルトさんが最後に残った男を棄権宣告する暇を与えた意味とその後頭を火達磨にした理由だ。


 アルトさんは今後あの男達がわたくし達に手を出さないように牽制や威嚇としてパフォーマンスを行ったのだ。容赦しないという意味で、許しを与えたと思わせての制裁。

 それも見ていて明らかに残忍と思わせる公開処刑に似た鉄槌だ。ジュオンさんは見ていて確かに今後あの男達が所属していたギルド「牢獄破壊」が襲い掛かってくる可能性は限りなく0だと答えを出した。


 あれだけ派手に観衆の前で圧倒的な能力差と残虐性を見せたのだ。好きこのんで襲い掛かってくる輩はいない。それは今行動していて誰もPKしてこないのが証拠だとジュオンさんは言った。そういえば確かに今は誰にも襲われていない。


 このトーキョーアンダーシティに来た直後は連続で襲撃されたのに比べれば静かなほどである。


「小生が思うに…嬢ちゃん、あんたのためだ」

「わたくしのため?」


「オンラインゲームってのは多くが男性プレイヤーだ。おそらくこの世界に連れてこられた奴らも多くは男。いくらアバターという便利な肉体を得たからといって育ってきた環境の根底にあった男女差別というのはなくならない。それが男女数の差が大きいほど明確になる。嬢ちゃん、あんたは襲われたこと少なくないだろう?」


 そう言われて思い出す。確かにこのゲームと現実が混ざった世界に来てから襲われたことは多い。

 まず初日の時点で戦闘禁止領域の街中で襲われたし、その後もしばしば襲われていた。そういえば一回胸のことまで馬鹿にしてきた三人組のPKにも女としての確認を行われたことがある。

 さらにこのトーキョーアンダーシティに来た最初にも逃げ回っている最中で何人かに視線を寄越されたし、翼を持ったプレイヤーにも弓矢を向けられた。それを確か助けてくれたのはコージさんではなく…


「こいつはきっと頭の回転が速い上に機転や応用も効く。他愛ない冗談すらこいつはおそらく利益が出るように計算している。思い当たる節はないか?」


 ジュオンさんの言葉に誘われるようにわたくしは思い出す。

 そういえばトーキョーアンダーシティで出会った当初もわたくしの頬すれすれに炎の玉を投げてきた。それは結果的にわたくしを襲った相手に当たって動きを止めてくれた。おかげでわたくしは魔法の呪文を最後まで続けることができた。

 その後もわたくしはわざと意地悪で炎の玉をすれすれに投げてきたのだと思い込んでアルトさんに魔法攻撃を仕掛けた。彼はその攻撃を避けつつも何人かのプレイヤー達を盾にしていた。

 さらにはその後も軽くわたくしを挑発して魔法攻撃をするように仕向けて、それも周囲にいたプレイヤー達を盾にしていた。そういえば一回ある範囲を酷い惨状にしてしまったが、その後視線は寄越しても襲ってくる相手はいなかった。


 まさかそれもアルトさんの計算だった?わざとわたくしを怒らせた上で魔法攻撃による威力の見せしめと、隙を狙っていたPK達を盾にしていた?そこまで頭を回していた上にわたくしに気付かせなかったということだろうか。


 もしそれが本当ならアルトさんはわたくしを守ってくれていたのだろうか。そうするとわたくしはアルトさんに対して酷い感想や態度を取っていたことになる。なんて人として恥ずかしく美しくないことだろうか。顔に血が上っていく。


「ついでに、コロシアムで派手な魔法したけど…あれもこいつが誘導しなかったか?」

「あ…」


 派手な魔法を頼む。確かにアルトさんはそう言っていたからわたくしは期待に応えたつもりだった。でもそれはアルトさんがコロシアムに来ていた観客に対してわたくしの実力、というより脅威を知らしめるための計算だったのだとわたくしは初めて気づいた。


 わたくしはやっと自分の性別による弱点と狙われやすさに気付いた。遅すぎる、いくらなんでも遅すぎた。それをアルトさんは見抜いていた上に守るための策を張り巡らせていたのだ。


「そういうことだ。だけど嬢ちゃんが思うようにこいつにも悪い点はある。それが小生がお前達を見てて計算した結果だな」

「じゅ、ジュオンさんはIT関係の会社員…ですよね?」

「そうだぞ。お前達より経験豊富な大人、だろ?」


 コージさんの問いかけにジュオンさんは余裕のある大人の笑みを見せる。それは酸いも甘いも噛み分けた経験を思わせる、わたくし達にはまだできそうにない笑い方だ。こんな人が彼女さんのことだけで泣くほど動揺していたとは…先程見た光景が俄かに信じられなくなってきた。


 アルトさんは余計なことを言いやがってという喧嘩を売るような目でジュオンさんを睨みつけている。しかしよく見れば耳だけが真っ赤に染まっている。もしかして照れているのだろうか。


 ここまでアルトさんを見抜いた人は今までいなかった。ジュオンさん、侮れない大人である。


「アルトさん…」

「姫さん、それ以上言うな」

「言わせてください、ごめんなさい」


 わたくしは頭を下げて謝る。わたくしは思慮が足りなかった。そのせいで失礼なことを言いすぎてしまった。これは謝るべきことである。

 例えアルトさんが受け取りたくないとしても、形だけでもいい、心だけでもいいから受け取って欲しい。


 頭を上げてアルトさんを見上げれば物事が上手くいかなかった、悪戯が失敗して恥ずかしくなった子供のように乱れたオールバックの茶髪をさらに乱すように手でかき混ぜている。その髪でついでに耳元も隠している。どうやらアルトさん自身が恥ずかしくなると耳が赤くなるのを自覚しているらしい。


 そしてなぜかわたくしの頭の上に手を置くと同じように、いやそれ以上に髪をかき混ぜてきた。思いの外力が強いため顔を下げることになるし、乱れまくった髪のせいで視界が悪くなってアルトさんの顔が再度見れなくなる。


 いくらショートヘアと言えど女性の髪を乱さないでほしい。乱れを直すのに時間がかかってしまう。


「あー!!もう!!ピンボケおっさんが言った適当な話を信じるなよ、姫さん!!」

「て、適当って…筋が通って…」

「ない!!ないない!!ほらさっさとトーキョーの街に行くぞ!!ピンボケおっさんを放置してな!!行くぞ男前!」

「あ、ああ…それではジュオンさん、これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ。アルトー、お前嬢ちゃん達大好きなのなー。素直に示せよー」

「うるせぇええええええ!!」


 ジュオンさんの言葉はアルトさんの珍しい荒げた叫び声で掻き消えてしまい聞こえなかった。


 アルトさんに無理矢理手首を掴まれて引っ張られていく。コージさんも同じらしく、こちらを見て苦笑している。緑色に光る丸い台座である瞬間移動装置に乗り、手を振るジュオンさんが見えたと思ったら眩い光で消えてしまい、気付いたら四人の衛兵が台座を守っているトーキョータワー内部に到着していた。



 ★



 道具屋のリリアンがいる場所に向かい、声をかけたらリリアンは出かけているらしく父親のザウスさんが対応してくれた。

 ザウスさんはふくよかな体型と柔和な笑みがいかにも店主らしく、豊かな白髭は暖かみを覚える。


 簡単に世間話をしていたらリリアンが帰ってきたので、猛獣の皮五つをデバイスから取り出して渡す。

 するとデバイスからクエスト成功音が短く鳴り響く。その音を聞いてリリアンは用意していた一万リンが入った金貨袋三つと闘獣の瞳と言われる黄金色に光る宝石アイテム三つをわたくし達にそれぞれ渡してくれた。


 わたくしとコージさんが最初受けていたので二人分だけかと思ったら、アルトさんも参加扱いされていたらしく、三人分受け取ることになった。

 わたくしはリリアンに値切りした分の差額千五百リンを返そうとしたが、駄賃として受け取ってくれと快活な笑顔で言われる。なのでわたくしはクエスト成功とアルトさんが仲間入りしたことを祝うため、リリアンの店で千五百リン分の豪華な食事を買ったのである。




 ギルドルームに帰ってからすぐに買ったサンドイッチやスコーンにおにぎりから野菜炒めをお皿に盛りつけてテーブルに並べていく。

 コップにオレンジジュースやウーロン茶を入れて軽く乾杯して思い思いに食べていく。


 コージさんはおにぎりが大好きらしく口元に米粒をつけながら両手に一個ずつ持ちながら頬張っていく。

 アルトさんはサンドイッチを男らしく齧り付きながらオレンジジュースで喉を潤している。発泡酒が良かったという言葉は今だけ無視しよう。

 わたくしはチョコチップが入った歯ごたえの良いスコーンを少しずつ食べていく。大口を開けて食べるのが少し恥ずかしいから、一口当たりの量は少ない。なぜならわたくし可憐な少女だから。批判は却下である。


 途中からアルトさんがじゃんけんゲームを持ち出して来て、オレンジジュースにウーロン茶やその他諸々を混ぜ込んだ罰ゲームジュースを敗者が飲み干す案を出してきた。悪ノリしたわたくしが最初はグーと言った後に慌ててコージさんもじゃんけんの手を形作る。

 結果はコージさんの惨敗で三回勝負なのに三回とも一人負けという形で、三杯もの罰ゲームジュースを一気に飲み干してダウンしてしまった。

 別に醤油やお酒などの命の危険性に関わる物はいれてなかったのだが、不味いものは不味いものらしく体にダメージを与えるらしい。


 先に寝て良いとコージさんに告げてすぐ傍にあるベットに横たえた。寝つきが良いらしくすぐに寝息が聞こえてきた。その後はわたくしとアルトさんが適当な話をしつつ普通の飲み物を消費していく。


「姫さんも男前もこれからどうするつもりだ?」


「わたくしは…阿修羅を、こんな世界を作り上げたあの三面六臂を殴りたい。でもわたくしだけじゃ無理だから仲間を集めたいですの…コージさんはそれに付き合ってくれるそうですわ」


「…ふーん。もし阿修羅が…仮定の話だけど世界平和とか誰かのためにとかいう理由でこの世界を作り上げたとしたら…それでも姫さんは殴れるのか?」


 アルトさんが話した可能性。それはわたくしも考えてた。

 阿修羅はわたくし達を戦わせ続けるためにこの世界に連れてきたといっていたが、トキナガはこの世界を進化させるために人間が必要だからと言っていた。


 つまり阿修羅はわたくし達を罰するためが第一目標ではない、もっとほかの目的のためにこの世界にわたくし達を巻き込み、建前の理由として修羅道などの説明をしたという可能性。


 例えばこの世界が進化することによって救われる人がいる、世界が光溢れる素晴らしい世界になる、実は滅亡の危機であった宇宙の一大事が回避される、考えればキリがないほど阿修羅を善良とした仮定は生まれ出てくる。


 わたくしはまだ何も知らない。阿修羅のことも、この世界のことも、一体どんな真実が待ち受けているのかも。もしわたくしが阿修羅を殴るという理由で動き続けたとして、前述したような善良な理由があった場合にわたくしは本当に拳を握れるのか。立ち止まることがないのか、とアルトさんは的確なところを突いてきたのだ。

 わたくしはオレンジジュースが残っているコップを置いて、静かに告げる。


「どんな理由があったとしても、落とし前はつけるべきですわ。ケジメ、と言えばいいかしら。誰かを救う、世界を救うというからって、わたくし達を犠牲にしていい話にはなりませんわ」


「無茶苦茶な理論だな」

「なによりわたくし…見下されるのが腹立ちますの」

「…そっちの方が姫さんらしいな」


 わたくしの最後の言葉にアルトさんはコップ片手に笑う。わたくし自身もそう思った。

 殴る理由なんて作ろうと思えばいくらでも作れてしまう。

 それは阿修羅に対して仮定をいくつも作ったのと同じように無尽蔵に溢れ出てくる。口先だけなら何とでも言える。

 しかし根本を突き詰めていけば内容は簡単なものだ。わたくし自身が阿修羅を気に食わないのだ。その理由でさえいくらでも作れてしまう。


 こんな世界にわたくし達を巻き込んだこと、馬鹿げた世界の進化のために人間達を利用していること、偉そうに自分は傍観者を決め込んでいること、主観的な感情を混ぜ込んだ殴りたい理由はいくらでも作れてしまう。

 もしそんな口先だけの理由で動き続けたら、いつか壁にぶつかるだろう。

 例えば阿修羅が善良だった場合は立ち止まる最大の要因となってしまう。しかしわたくしは立ち止まりたくない。止まらないと決めたのだ、ならば本音でぶつかるしかない。


「馬鹿で単純な子供の喧嘩理由ですわ。気に食わないからぶっ倒す、ただ相手が神様というだけですわ」

「…勝算は?」

「ありませんわよ。だからって黙っていることはもっと嫌ですわ」


 これはわたくし自身が神様に挑む喧嘩話だ。内容はきっと稚拙で聞くだけで馬鹿らしいと一蹴されてもおかしくない。

 本当に気に入らない、ムカつくという理由だけである。多くの人は馬鹿なことは止めとけというだろう。元の世界に戻る方法はレアアイテム宝玉天照を手に入れるだけでいい。

 神様に、阿修羅に挑む必要などはない。


 だからといって元凶を放置したままにしとくのが正しいのだろうか。阿修羅になんの責めも行わずに、アイテムを手に入れるためだけに同じ人間同士で疑い殺し合い、不安なまま戦い続けながら生きていくのが当たり前のことなのだろうか。


 わたくしはそう思わない。


 例えこの世界がゲームと現実が混ざった世界だとして、ゲームオーバーがないからって、魔王に挑む必要がないからといって、自分の意思を曲げる必要がどこにあるのだろうか。

 馬鹿と笑われようが、阿呆と呆れられようが、間抜けと侮蔑されようが、わたくしはもう決めた。


「わたくしは絶対に阿修羅を殴ります」

「…それで仲間が集まると思うのか?多くの奴らは相手にしないぜ。精々そこのコージ辺りがお人好しとしてついてくるだけだ」


 ベットで寝ているコージさんを横目にアルトさんはそう告げてくる。その言葉は間違ってない。

 まずわたくしのこんな馬鹿な考えに思考もせずについてくる者の方がおかしい。コージさんは人が良いし、わたくしを女性だからと気を使って付き合ってくれるに過ぎない。ありがたいことだが、彼のような人は稀である。大半はアルトさんのように疑問を投げかけてくるはずだ。


 わたくしも仲間を集めると口に出しているが、確証性はない。最底辺の最悪を考えればコージさんすら失う危険性の方が高い。良くてコージさんの他に一人集まるかどうかの賭けのような話だ。

 だけどわたくしにはもう一つ狙いがある。狙い、というよりは願望なのだが。


「仲間にならなくても…かつて一緒に遊んだ人たちの安全を確保したいのですわ。例え画面越しでボイスチャットだけの繋がりだったとしても…大事な人達ですから」


 ゲーム機の画面の向こうに広がる世界。その世界で一緒に走って戦って協力して遊んだ人達。顔は見たことないし一筋縄でいく理由ばかりでもない、性別や生い立ちもわからない人達ばかりだ。


 それでも確かにその人達と言葉を交わして遊んでいたのだ。

 オンラインゲーム「RINE-リンネ-」を通じて、仲良くなった。現実では出会う縁もなかったような、年や住む地域や事情も違う人達と巡り合えたのだ。

 異世界に来て戦い続ける運命を押し付けられたからといって、無下にしていいものではないはず。


 フレンドリストに並ぶ名前達はほぼ灰色である。この世界に来ているかどうかすら怪しいし、無事なのかどうかもわからない。しかしわたくしがわかっている時点ではアルトさん以外に後四人はこの世界に来ているはず。


 ゲームイベント「六道輪廻」を一緒に遊んだ仲間はわたくしとアルトさんを含めて六人。わたくしとアルトさんがいることから見ても、そのイベントでパーティーを組んだ仲間がいるはずなのだ。


 新人の人もいた、アルトさんと因縁深い人もいた、わたくしを友達だとはしゃいだ人もいた、静かにわたくし達を見守る人もいた。


 そんな仲間達の無事や安全を確認したい。危機に陥っているなら助け出したい。これは半分わたくしの我儘だ。我儘だけど、きっと人間としては大切な感情だとわたくしは信じている。


 だから集めると言った理由で探したいのだ、大切な人達を。もう二度と両親を失った時のような悲しみを味わいたくない。守れるなら、助けられるなら全力で走り続けてもいい。これは本当にわたくしの我儘だ。


「…我儘な姫さんは欲張りだな」

「そうですのよ。だからわたくしは期待してますのよ」

「なにを?」

「アルトさんがわたくし達に協力してくれること。仲間として一緒にいてくれることを」


 わたくしはアルトさんに向かってほほ笑む。もう決めた、毒を食らわば皿まで。疑いを呑み込んで信頼しよう。アルトさんは心強い味方でギルド「流星の旗」に所属する大泥棒。


 わたくしとコージさんよりも長くオンラインゲーム「RINE-リンネ-」で遊んでいたプレイヤーで、計算高くて悪知恵が働くけど憎み切れない人だ。そしてわたくしを守るために挑発しつつも行動してくれた素直じゃない人。

 変なあだ名をつけるのが大好きでどこか趣味がおかしくて、新人のプレイヤーを任せることができる盛り上げ役に適した人。


 彼がどんな答えを出すかはわからない。でもわたくしは我儘で欲張りだから期待する目で彼を見る。するとアルトさんはコップに次のオレンジジュースを入れながら真っ直ぐにこちらを見て言う。


「俺様は…悪い男だぜ?火傷するかもしれないけどいいのか、ひ・め・さ・ん」

「いいですわよ。火傷しても…アルトさんなら回復魔法使えるでしょう?」


 ゲームをしていた頃、アルトさんは初歩魔法だが回復魔法も使えていた。火傷や毒といった状態異常も治せていたと記憶している。もちろん今のは比喩だとわたくしも理解している。だけど茶目っ気を入れて返事したのだ。


 アルトさんは悪ぶるけど、結局助けてくれるのだろう、と。本当にわたくしとコージさんが危機に陥ったら実は必死な顔で助けてくれるんでしょうと期待を込めたのだ。出会いから今まで色々あったけど、それでも一緒に過ごした時間は少なくないと思う。


 アルトさんは目を丸くしていた。けどすぐに口元を歪ませて笑い出す。笑いは少しずつ大きくなってコージさんが起きるんじゃないかと思うほど大笑いへと変化していった。


「あーはっははははは!!!あー…やっぱり姫さんは面白れぇな…しょうがねーな、俺様の負けだ」

「当たり前でしょう。わたくし一筋縄じゃいかない淑女ですもの」

「全くだよ。阿修羅殴りたいわかつての仲間救いたいわ…やること多すぎだっつーの…二人じゃ大変だろう?」

「ええ。大変ですわ」

「俺様が欲しい?」

「…貴方の力が欲しいですわ」


 一瞬ひっかけのような言葉が入った。だからわたくしはさりげなく修正を入れつつもアルトさんを必要としてると言った。

 アルトさんは残念ひっかからなかったという軽いいたずらがばれた子供のような顔をしつつ、コップを揺らしながら返事してくれた。


「俺様は優秀で良い男だからな。忠誠を誓ったギルドのため、ついでに姫さんのために頑張って差し上げようじゃないか」

「よろしくお願いしますわ、アルトさん」


 わたくしは握手するように手を差し出すが、アルトさんは拳を出してきた。

 わたくしは一瞬反応が遅れたがすぐに気を取り直して彼の拳に自分の拳を軽くぶつける。男の子同士がするような友情の拳合わせみたいなものだ。

 アルトさんの傍にいるのは気が楽だ。男友達の中でも一緒に喧嘩したり馬鹿をするような、悪友の雰囲気が強いのだ。


「じゃ、今日はもう寝るか」

「明日になったら次の目的ですわね」

「それなら俺様に一つ……匠の街キョートに行こうぜ」


 アルトさんが告げたのはオンラインゲーム「RINE-リンネ-」の中では中級者向けの街として名を馳せた、日本でいう京都の街をモデルにした場所の名前だ。

 匠の街、というのはキョートには生産する際に使う工房や素材が多く集まる商店街、なによりプレイヤー達が作ったアイテムを売る商店、いわゆるプレイヤーショップが開店できる場所なのだ。


 オンラインゲームには様々な楽しみ方がある。特に「RINE-リンネ-」では商人や鍛冶屋という職業にも転生できる要素があった。中級者になるとバトルが苦手な人は行き詰る。そんなプレイヤーは生産職などに目覚めるため、そんな街が作られたのだ。

 そしてキョートには確か転職屋があったはず。戦闘職から生産職に変化させるだけの限定された機能だが、転生しなくても職業が変えられる重要な施設である。


 わたくしはそこまで思い出して、キョートに行きたい気持ちが大きくなる。このゲームと現実が混ざった世界でどうやって行けばいいのか解明してないが、その移動の謎や他の場所での状況を見るのに必要だと感じる。


 明日になったらコージさんに相談してみようと思い、わたくしがベットの布団に潜り込むと何故か後からついてくるようにアルトさんも潜ってこようとする。

 わたくしが胡乱気な目を向けると、からかうような笑みでこう言われた。


「ベット二つしかねーじゃん?今更出すの面倒だし、だからって男前と一緒に寝たくねーから胸がペタンコな姫さんで我慢…」

「床で寝てろ!!!!ですわよ、この野蛮猿がぁああああああああああ!!!!」


 アルトさんを足蹴にして床に弾き落とし、布団で体を完全防御して入ってきたら再起不能にすると脅し台詞を吐いて眠りにつく。


 アルトさんは仕方ないといった顔でコージさんを蹴落として布団とベットを奪って静かな寝息をたて始める。


 一時間後体が冷えると目が覚めたコージさんはベットが占拠されたのを見て、どうしようかと迷った挙句にギルドルームに設置されていた横長椅子の上で眠ると決断したことを、わたくしは朝目が覚めるまで知らなかった。





20140828(改)

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