魔導士ユーナは止まらない1
携帯ゲーム機を片手にわたくしは和式の家屋縁側で西瓜を食べる。
何もない田舎でも今ではネット通信普及や電波改善のおかげでどこでも誰でも繋がれるけど、繋がれるのは画面越しの相手だけ。
顔は知らない。皆アバターというネット上で作った自分の分身ともいえる人型のデータを使うし、ネカマと言われるネット上のオカマの人達はボイスチャットという声による対話を嫌って、文字による対話のチャットを使ったりする。
手の平二つ分に収まるこの携帯ゲーム機でさえオンライン対戦から通話に交流、また3Dが見れるのだからわたくしはこの世に生まれて良かった。
でなければこの何もない田舎で何もすることなく西瓜を食べてるだけの味気ない人生だっただろう。
通ってる高校は田舎過ぎてクラスが一つだけで、しかも二十人もいない。廃校寸前でむしろ廃校にしてくれたら都会に出られるチャンスがあるのに、わたくしが三年になるまではそんなチャンスはやってきそうにない。 今は一年生で、クラス内にも友達はいる。けどその子達は都会の話や恋に夢中でわたくしの趣味であるゲームの話には付き合ってくれない。
年頃の女子高生の趣味がゲームというのが悪いのかもしれないが、それでもわたくしにとってゲームは田舎の寂しさを紛らわすための最大のスパイスで、これがなければもっとつまらない人間になっていたと思う。
今プレイしているゲームは携帯ゲーム機とパソコンを連携させたオンラインゲーム、いわゆるMMO。マッシブリー・マルチプレイヤー・オンラインの略称で意味は大規模多人数同時参加型となる。
世界中のゲームのプレイヤーと繋がって遊べるのだ。そこにRPG、ロールプレイングゲームというストーリーに沿った世界観も展開される。
MMOは多数展開されているが、その中でわたくしが参加しているのは「RINE―リンネ―」という。世界観は和洋中ちゃんぽんというか、世界中にサーバーがあるせいか西洋ファンタジーに重きを置きつつも、様々な文化を持った広大な大陸を駆け回って魔物を倒し、魂に経験値を溜めて転生を繰り返すというのが目的のゲームでる。
転生といってもアバターに設定した戦士や魔法使いという職業を洗練させて、新しい職業に変えていくだけという内容だ。またオマケ要素で転生時には新しいアバターメイクという容姿変更やレアアイテムが貰えるがそれくらいだ。それでもやり込み要素はばら撒かれていて、今のところ飽きることはない。
わたくしのアバターは魔法使いの上級職である魔導士で、紫色の髪に瞳という現実では挑戦できない容姿にして、ギルドと呼ばれるゲーム内でのチームの仲間と一緒に魔物を倒している。
今日実装されたゲーム内イベントの特別な魔物で、その魔物を一匹でも倒せば転生できるという初心者用の内容だ。だからわたくしはギルドについ最近入った低レベルの仲間を連れて、その魔物を倒している。
参加人数は六人で、全員が同じギルドの仲間。ボイスチャットでも何度か会話したことはある。現実ではあったことがないけど、それでも一緒にいて楽しい仲間達。新しく入った子もボイスチャットではとても可愛い女の子の声で、皆でアイドルだと馬鹿騒ぎするくらいには楽しい。
それにしてもこのイベント、初心者用のイベントかと思ったけど意外と手強い。それでもわたくし達の敵じゃない。これを倒せばわたくしも魔導士の上にいけるし、新しく入った子も格闘家から武闘家に転生できるだろう。そう思ってた。
魔物を倒してリザルト画面。勝利画面ともいうけど報酬や経験値が確認できる画面が表示された。しかし経験値は0な上に、アイテムも一つだけ。しかも転生用のアイテムではなく、誰もが初めて見る名前のアイテム。
業
バグというゲーム内での不具合でも起こったのかと思い、他の仲間達にも確認しようとボイスチャットのウィンドウを開こうとした。その前に目の前が真っ暗になった。
★
「RINE-リンネ―」内にある初心者用の街、トーキョー。日本サーバーに所属するプレイヤーが最初に訪れてゲームの基本を学び、そして拠点とする街だ。
街の中央にある赤く細長い塔が目印で、白い石を積んでビルを再現した建物や道路に似せた橋など、技術が中世なのに無理矢理現代日本東京都を再現したような相変わらずちゃんぽんな世界が目の前に広がっている。
恐ろしいことにこれがゲーム画面に広がっているのではなく、目の前に広がっていることが恐ろしい。近くにある建物の壁を触れば確かな石の感触。風が頬を通り抜けて、騒がしい声が耳に響く。
誰もが何かに触って感触を確かめている。そして確認して呻き声や混乱した言葉を吐き出し始める。
わたくしは自分の容姿を確認するため、近くにあるゲーム内では背景として使われていた噴水に駆け寄る。紫色の髪に瞳、魔導士としての能力を上げる金の蝶を模した髪飾りに魔法学校をイメージしたようなミニスカートの制服。顔は現実のわたくしと同じ顔、見飽きていた平凡な顔でちょっと眠たそうな目が相変わらず。
髪もゲーム内では長くしていたのが、現実と同じ短髪になっている。
水面に映るわたくしは、わたくしであってわたくしではなかった。
アバターと現実の自分が混じったような姿。ゲーム内の魔導士ユーナ、と現実のわたくし緑川悠菜が混じっている。そして目の前に広がる世界も現実とファンタジーを混ぜた世界「RINE-リンネ-」と同じ。
ありえない仮説その一。ゲームの中に入ったというか混じった。最近のメディア化作品流行に乗っかってみましたと言わんばかりの仮説はすぐに却下した。
ならば仮説その二。夢、ゲームやりすぎている内に眠ってしまった。それにしては質感や頬をつねった痛みが鮮明すぎる。
仮説その三はもう思いつけなかった。というのも上空に三面六臂の人が立体映像として現れたのだ。
『我は阿修羅。これはゲームとはいえ多くの命を殺めた、お前達の業である』
説教をするような声で宣告する立体映像に石を投げる皮鎧を着た戦士。だが石はなんの障害にもぶつからず映像を通り抜けてしまう。それでも立体映像の阿修羅は何が起こったかわかったらしく、大きな溜息を吐いた。そして六ある内の一つの手、一本の指先を軽く動かす。
雲一つない青空なのに雷が落ちた。落ちた先は石を投げた皮鎧の戦士。断末魔と共に光の粒子となって消えた。ゲームなら死んだら最寄りの街にある教会から復活できる。
するとゲーム通りに皮鎧の戦士は狂ったように教会の扉から飛び出して、自分の体を何度も触って確かめて声が枯れそうな叫び声を上げる。
喋っているのだが、聞き取れるような言葉ではなく思いついた単語を片っ端から大声で叫んでいる有様だ。
『お前達はこの世界で死ぬことはない。そのアバターという肉体の中に、お前達の魂を入れたからな。アバターという肉体は何度も、何十何百とも蘇える物だろう?』
ゲームの世界で確かにアバターが滅びることはない。例えヒットポイントが0になっても、ゲームオーバーの画面が流れて次には教会に戻っている。それこそ何百回死んでも滅びることはない。
だからってそれはゲームの話。現実でわたくし達はたった一回の人生の中で一回生きて一回で死ぬ。それが普通で当たり前のことだ。
でも阿修羅はそれを許さないらしい。ゲームの中で多くの命を殺めた…それは確かにそうかもしれないけど、ゲーム上の必要な要素であって、データ上の話なはず。なんで何度も死ぬような目に遭うのだろうか。
『お前達の本当の肉体は現実世界で抜け殻だ。だがお前達の魂は業によってそのアバターに結び付けられている。戻りたければ…転生をするしかない。愚鈍なお前達に合わせてやれば、魔物と戦いレアアイテムの宝玉である天照を手に入れろ』
立体映像の中に太陽に虹の輝きを付与したような、手の平サイズの丸い宝石が現れる。阿修羅はどよめくわたくし達を見下ろしながら一本の腕で指を三つ見せつけてくる。一人につき三つ必要なのだろう。
もし仲間を組んで集めるとしても、そこには抜け駆けの不安や疑心が生まれる。それすらも阿修羅は試しているのだろうか。
インテリそうな眼鏡姿の錬金術師が魔物を倒し続けた業でこの世界に閉じ込められたのなら、魔物を倒してアイテムを集めるのは矛盾しているのではないかと反論する。阿修羅は顔色一つ変えないまま静かに言う。
『この世界は私の世界。修羅道とは果てなき闘争と苦しみの世界。その矛盾に苦しむのすらこの世界の一つ。さぁ、戦え愚かなる人間達よ』
立体映像と話はそこで終わってしまう。宝玉天照を三つ、集めなければ戻れない。何もない田舎で西瓜を食べていた日常には戻れないと。
混乱するだけの頭でだったけど、わたくしはとりあえずトーキョーの街を調べて情報を集めてみようと歩き出した。
20140828(改)