第93話・我がチビとバレエ・前編
ちょっと前の思い出話。
実は娘がいます。愛称チビ、もしくはチビコ。私は娘にもバレエをさせたいと思っていた。ついさっき産んだばかりと思っていたチビも、いつのまにか自分で立って歩き、一人前にしゃべれるようになった。私自身がバレエ大好きだったので妊娠中の性別が女の子と判明したら、一緒にバレエが踊れるかも、と喜んだ。
出産して3年。
私の通っているところは3歳から入会できる。所によっては2歳からバレエができるらしいが2歳だとまだオムツがとれてなかったし、うちのチビの場合聞きわけが全然なかったのでムリだと思った。
3歳。
よし!
私は心の中で叫んで、タイツやレオタード、バレエシューズ16センチをそろえてまずは無料体験レッスンへ。
ためしに家で着替えさせたら、とっても良く似合う!!(親の欲目です)
チビ自身もまんざらではないようで「バレエおどるのー」って言っている。
「まずはたいけんれっすん、というのがあるからちょっと踊ってみようね、」
「うん、わかった、たいけんれっすんでおどるー」
よしよし本人も楽しみにしているぞ。
チビが入る子供クラスは始まる時間が早い。レッスン場はほんと小さい子供ばかり。かわいいレオタードを着た小さな子供たち、かわいいバレリーナ。
今日から我がチビもここの一員になるのだ。
先生もチビが来るのを楽しみにしていらしたのだ。
「チビちゃんよろしくね、一緒に踊ろうね」
ところが…、チビは私にしがみついたままはなれない。
がばーと小さい両手で大木のような? 私の腰をかかえている。
「? ? どうしたの、着替えようよ」
「イヤ! かえるっ!」
「えっ、どうして」
「ここイヤ! おうちにかえるっ!」
私と先生は一生懸命チビを説得する。
が、彼女は
おどらない、
おどりたくない、
はやくおうちにかえりたい、
を連発する。
私絶句。
ついさっきまでこんなふうじゃなかったのに!
先生も私たち親子にかまってるヒマはない。時間がきたので生徒たちをバーにつかせてレッスン開始。チビと同じような年齢の子供たちがちらちらと、こちらを見ながら足を動かしている。ほかのつきそいの親たちも私たちを見守っておられる。
私は私服のままのチビを抱っこしてうろたえていた。チビは私にしがみついたまま離れない。チビにとってはかさばるかわいい新品のバレエバッグをもったまま私にしがみついている。
重たくなったので下におろして一緒に座る。ここはイスなんかないからレッスン場の隅っこにじかに座る。
私はチビにささやいた。
「着替えたくなかったら着替えなくてもいいからシューズだけ履いてバーだけしない? きっと楽しいよ? 」
チビはだまって私の胸に顔をこすりつけてイヤイヤをする。
先生も気にかけてくださって「ちょっとだけ踊ろうか? ね、チビちゃん?」と声をかけていただくがそのたびに身をかたくして私の方にすりよってくる。私の膝から降りてくる気配微塵もなし。踊っている同年輩の子供たちもこちらをちらちら気にする。だけどチビは絶対にレッスン場を見ないのだ。
私はこんなはずではなかったと困惑する。
やがてバーレッスンがおわった。バーを片付けて後はセンターだ。先生がまたわざわざこちらにいらしてチビの肩にやさしく手をかけて、「先生と一緒に手をつないで踊ろうか、簡単だからチビちゃんも踊れるよ?」
するとチビは身を震わせて泣きだした。
「いやー…バレエいやー…」
そこまで嫌がるとは…私絶句。
先生あきらめてセンターレッスン開始。
以後はもうこちらまで来てくれなくてお誘いも皆無。
先生にも見放されて、レッスン終了。
私はチビを抱っこしたまま「すみません、こんなはずではなかったのですが」と先生にあやまる。
「いえ、いいんですよ、まだ小さいしもうちょっと大きくなってからおいでね、チビちゃん」
チビは私に抱っこされたまま先生を振り返りもせず背中をみせたままいやいやとかぶりをふる。
先生、苦笑。
他の生徒の親たちに会釈して私たち退場。
全く何しに来たんだか…。
駐車場について車の中に入って私たち2人だけになったとき、私はもう我慢できなくてチビに怒鳴った。
「ちょっとおっ! あんなにバレエやるやるっていってたくせに、どうして踊らないのよっ」
「だって先生の顔がこわかったんだもんっ!」
泣きやんでいたチビが再び大声をあげて泣き出した。
なんつー爆弾発言、あんなにやさしい笑顔でやさしく話しかけてくださったのに、私絶句。
先生のお顔が怖いたあ、なんちゅう言いがかりだーっ。
(…先生の名誉のためにいっておきますが、私よりずっと若くてずっと美人です。笑顔も素敵です。)




