第72話・重力に逆らう
朝起きるときは眠いです。私にはつらいです。
でも起きて朝ごはんを作らないといけません。起きます。
身体は重力に素直でまだまだ寝ていたい、寝床に吸いつくようにそして海老のように背中を丸めて寝ていたい。そんな気持ちを押し込めて立ちあがり、まずトイレそして洗面室に向かいます。
足もどっしりとベタ足で床についています。
毎朝鏡で自分の顔を見ますがすでに老化現象が始まっています。顔の筋肉が重力に素直に下方に垂れてきています。顔を洗いながらこれ以上老けたくない、と思います。
このあたりで頭は起きてきます。でも身体の重心はなお下にあります。そのまま台所にいって朝ごはんとお弁当の用意をします。
毎日の生活はこれで本当に所帯くさいです。独身貴族やメイドさんを雇えるような身分ではありませので当然全部自分でします。支度ができたらチビコをおこし自分も服に着替えてご飯をたべて出勤の用意です。そして身体を引き上げないままそのままの日常生活に突入します。
それで週に1回運がよければ2回3回とバレエレッスンに行く。バーについていくといかに自分がだれた生活をしているのか身にしみてわかります。
からだが重力に素直になって下になっています。
レッスンをすすめていくうちに身体を引き上げていくようにします。そう、重力に逆らうのです。なるべく身体を高く高く。
足もいつもの日常ではなくまた自然と全く逆らいます。たとえばタンデュ、かかとはできるだけ前へ、つま先はできるだけ内側に。究極の足の形とはなんぞや? と思索的にふけりたくなるぐらいに先生は無茶な注文をつけますがかかとを本当に前に向けれる人はいません。要は意識を前にということです。
胃腸を締めて身体を引き上げる、身体を上に上にと持っていってください!
先生の注意です。
こんなことをバレエを知らない人に言うとそんなことできるか! と言われるでしょう。わけなく怒られるかもしれません。
でも意識的に上に上にと身体をもっていくようにします。そしてバランスよくポーズをとる。
上手な人はこのバランスが長くいつまでも同じポーズが取れます。ぐらついたり、歩きだしたりしません。ビシッと決めます。
その延長上に用もないのにぐるぐるまわったりします。ピルエットですがバレエを知らない人はなにがうれしくてそんなことをするのかと思うでしょう。でもバレエをする人はがんばるのです。
あるバレエ批評家さんが言ってました。ピルエットや空中を飛ぶのは非日常の一環なのです、と。そうかもしれません。批評家さんは賢いのでそう分析するのでしょう。私は凡人ですので、夢中になって踊ります。
我ながら蛍や鈴虫みたいだな、と思うときもあります。蛍や鈴虫も「種の保存という大事な使命」 があって光ったり鳴いたりしますが、私は違います。勝手に好きでやっている。本当に誰にも見てもらえなくともやるのです。自分がしたいから、という理由で。
とりあえずそうやって意識だけは重力に逆らって生きています。顔も上へ引き上がって若返ったらうれしいのですが。