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七夕一人企画

星に願いを・2011

作者: 檀敬

毎年欠かさず七夕の七月七日に書いている短編「星に願いを」をブログの公開ではなく、今年は「小説家になろう」からお送り致します。七夕の物語になぞらえたSFをご堪能くださいませ。

【空想科学祭2011・習作作品】

 あたしはいつも、この日だけはアイツのために有給を取って休みにしていたのに。なのに、アイツときたらいつもあたしをすっぽかして。あたしだって女なのよ、イチャイチャしたいわよ。それを全くアイツときたら。ヒトの気持ちも知らないでっ!


 そんな訳であたしは長年のことで頭に来ていたから、今年は仕事を入れてやったわ。アルタイルからベガまでの定期航路のハイパードライブ・エンジニアを募集していたので、暇つぶしに応募してやったのよ。あたしのS級ライセンスなら、フライトデッキで涼しい顔が出来る機関長の椅子は左団扇で大丈夫かと思っていた。ところが蓋を開けてみたら、思ってもみなかったセカンドポジションのトップエンジニア。要するに現場の一番偉い立場ってことよ。もうムカついたわ、あたしは。

 当然のように、あたしは雇い主に噛み付いてやったわ。S級ライセンスのあたしがどうして機関長じゃないんですかと。ところがね、特S級ライセンスを持ってるヤツが応募してきて、そいつも採用したんだとさ。

 あたしゃ、驚いたわ。特S級って言えば、軍艦、それも空母クラスでも動かせるライセンスだ。こんなアルバイトに毛が生えた程度の仕事に、特S級が飛び付いてどうするんだっつーの。さっさと超大型豪華客船とか、それこそ軍に志願して、空母だの駆逐艦だのに乗ればいいのに。まったく、庶民を苛めるヤツはどこにでもいるのよね。

 まぁ、とにかくこの日は忙しくしていたいのだ、あたしは。そのための暇つぶしよ。久しぶりにハイパードライブのシリンダーケースとジェネレータの近くで汗だくになりながら、若い奴らと一緒に仕事するのも一興ね。

 開き直ったあたしは、気分転換には最高かもしれないと思い始めていた。


 乗船当日、七夕号のドックのデッキには、幾人かの人だかりが出来ていた。そのうちの一人の若造があたしに駆け寄ってきた。

「オーリ・ヒーミュさんですか? お待ちしておりました。我々、貴女に憧れてエンジニアになった者達です。今回ご一緒に乗船して仕事が出来るなんて夢のようです。我々、足手まといにならないように一生懸命頑張ります。ご指導をよろしくお願いしまッス!」

 彼がそう言い終わると、彼の後ろに控えていた若者達が一斉に「よろしくお願いします」と怒涛のように大きな声がドック中に響き渡った。

「おいおい、君達ぃ。軍隊じゃないのよぉ、まったく。……まぁ、いいっか。こちらこそ、お手柔らかにね」

 あたしがそう言うと、若者達はまたしても大声で「はいっ!」と返事をしてくれたのだった。

 この若者達の歓迎は、あたしを多少なりとも気分を高揚させてくれた。そして、あたし自身が、この業界でそこそこの地位であることを再認識させてくれた機会でもあったので、余計に嬉しくなったのは確かだった。


 あたしは自分の個室に荷物を置くと、早速エンジンルームへと急いだ。出航前のエンジンルームは、ハイパードライブエンジンの熱気だけでなく、エンジニア達の熱気も加わってムンムンしていた。あたしは久しぶりの現場に懐かしさを感じつつ、心地よさも感じていた。忘れ掛けていた熱いものが心をよぎり始めていた。

「う~ん、なかなか良いエンジンの音ね。振動も心地いいわ。だけど、イマイチ本調子じゃないわね。ジェネレータの調子が悪そう。それともエンジンとジェネレータのマッチングが悪いのかしら……」

 あたしが呟きながらエンジンルームを歩いていると一人の男が駆け寄ってきた。

「チーフエンジニアのスナイプです。以後よろしく。チェックリストをどうぞ」

 イケメンの切れ男が、あたしに書類を差し出した。あたしは彼を横目で見つつ書類をチェックした。

「AY社製AKB四八型エンジンね。シリンダーが三本のタイプだよね?」

 スナイプがビクッとした。

「え、えぇ、確かそうです」

 スナイプのシドロモドロな態度をあたしは見逃さなかった。

「ということは、エンジンが二基だからシリンダーが合計六本。その癖、ジェネレータが二機しかない。出力が不足するわよね。ジェネレータの型番の記載が無いわ。すぐに調べてよ。ジェネレータがJE社の嵐五型以上、つまり……」

 あたしが言い終わる前に、スナイプは完全に蒼白になり、頭を下げた。

「申し訳ありませんっ! 直ちに調べて参ります。少々お時間をっ!」

 そう言ったスナイプは、慌ててエンジン調整室へと走って行った。あたしはスナイプの後姿を見送りつつ、鼻で笑った。

「あいつ、この船じゃ相当偉そうにしているみたいねぇ」

 あたしがそう呟くと、後から声がした。

「お前さんもヒトのことは言えんぞ。偉くなったもんじゃな」

 あたしは聞き覚えのある声に振り返った。

「あら、駿爺じゃないですか! お久しぶりです」

 あたしは、駿爺と握手をした。

「さっそくだが、お前さんのお手並み拝見といこうかのぅ。案内しよう」

 駿爺がニヤリと笑った。あたしはうなづいた。

「ジェネレータの具合が悪そうですね。マッチングの問題ですか?」

「ほう、既にそこまで分かるとは。お前はもうわしを越えたな。そうなんじゃ、ブースターで補っておる」

「あんまり良いことじゃないわね。ブースターの予備はあります?」

「いや、それが無いのじゃ。騙し騙し使っておる。これがそうじゃ」

 駿爺の指差す方をみると、既にオーバーヒート気味の機械が酷い音を立てていた。

「この型のブースターなら大丈夫よ。冷却を増強して、エネルギー伝道管を太くすれば」

「おぉ、その手があったか。わしももうろくした訳じゃ」

 あたしは、駿爺のわざとらしさが好きだった。

「あのスナイプにやらせるわ。出航してからでも間に合うはずだから」

「よろしく頼みますぞ、トップエンジニア殿」

 あたしと駿爺は顔を見合わせて笑った。


 あたしは、エンジン調整室のトップシートに座って、出航のエンジン制御を開始した。七夕号は既にドックを出て、ハイパードライブエリアに到達していた。船内にキャプテンの声が響き渡った。

「これよりハイパードライブ運行に入る。航法、機関、共にマニュアル通りに運航を開始せよ」

 キャプテンに続いて、機関長からの指示が入った。

「これよりハイパードライブを開始する。エネルギーを充填してドライブせよ。エンジン出力は九十五に。巡航速度に到達した後は、セーブモードに入る。以上だ」

 あたしは、機関長の声に何か引っかかるものを感じたが、それが何なのかは分からなかった。だが、あたしには余計なことを考えている余裕は無かった。あたしはすぐさま、エンジンルームに指示を飛ばした。

「さぁ、我々の出番よ。最高にエンジンを調整して素晴らしい飛行をやってのけて。頼んだわよ!」

 やがてエンジンが唸り始め、振動が徐々に大きく成り始めた。

「ジェネレータのエネルギーチューブ開放。ハイパードライブに注入。シリンダー圧力に注意」

 ハイパードライブエンジンが赤く色付き始めた。

「エンジニアは待機場所へ移動。与圧ヘルメットを着用せよ」

 あたしは、ヘルメットを被った。

「シリンダー充填完了しました」

 あたしは、オペレータの声の報告を聞いたと同時に発令した。

「ハイパードライブエンジン、始動!」

 エンジンの音が甲高くなり、白く輝き始めた。

「機関長に報告します。ハイパードライブの始動を完了しました。いつでも発進してください」

 あたしはフライトデッキに報告した。

「了解。航法のパイロットに移管する」

 その後、七夕号は静かに宇宙を滑り始めたのだった。


 七夕号は、巡航速度に乗って順調に宇宙を航行していた。

 巡航速度に到達した時点で、あたしはジェネレータをハイパードライブエンジンから切り離しを命じた。

「そんなことをしたら、航行できなくなります」

 スナイプはひどい剣幕であたしを責めたが、あたしは涼しい顔をして言い返した。

「あなた、AY社製AKB四八型エンジンの構造や機構をちゃんと熟知しているの? それでよくチーフエンジニアをやっていられるわね」

 スナイプはたじろいだ。

「このAY社製AKB四八型エンジンは、エネルギーフィードバック機構を持っているわ。巡航速度ならば、ジェネレータ無しでもエンジンだけで十分に機能するのよ。そんなことも知らないの?」

 あたしの言葉に、スナイプはぐうの音も出なかった。あたしはスナイプを無視して話を続けた。

「それでは、ジェネレータの強化の説明を始めます。A班は冷却の強化、具体的には冷却装置を更に付加して欲しいの。駿爺が中心で作業を行って。B班は、エネルギー伝道管の強化、太くすることと複数化すること。これはスナイプ、あなたが責任を持ってやってちょうだい。それじゃ一刻も早く作業に取り掛かってください。あなた達の働きでこの船の運航が変わるわ。しっかりやってちょうだい」

 スナイプ以外の若いエンジニア達は、目の色を替えて持ち場へと散って行った。

「スナイプ、あなたは優秀なエンジニアのはずよ。今、あなたの力を発揮しなければ、みんなはついて来ないわよ。ついて来なければ、あなたの出世欲なんて消し飛んでしまうわ。まずは実績を作りなさい。そしてみんなの信頼を得るの。そうすれば自然にいろんなものがついて来るわ」

 あたしは、肩を落としているスナイプに声を掛けた。スナイプはうつむいたままだったが、床に滴が落ちたことをあたしは見逃さなかった。


「エネルギー伝道管の付け替え作業、完了しました」

 スナイプが、あたしにハツラツとした声で報告した。

「ご苦労様。そしてよく努力してくれたわ。ありがとう。どうなの、みんなと作業した感想は?」

 スナイプは頬を赤く染めた。

「昨日、みんなと完成の祝杯を上げました。僕、こんなに嬉しかったことは初めてです」

 あたしは、スナイプの顔を見ながら微笑んだ。

「そう、それはよかったわ。冷却装置は既に完成しているの。スナイプ、君にジェネレータの始動を任せるわ。頼むわよ」

 スナイプは嬉しそうに答えた。

「分かりました。最終チェックを行ってから始動マニュアルを組みます。解らないことがあったら訊いてもいいですか?」

 あたしはニヤリとした。

「えぇ、もちろん」

 あたしは少し嬉しくなった。

 数時間後にジェネレータは無事に再起動して、ハイパードライブエンジンと結合した。すこぶる調子の良くなったエンジンとジェネレータは、心地よい振動と軽やかな音を立てて稼動した。


 この間、あたしはフライトデッキに立ち寄ることはほとんど無かった。かなり酷いエンジンの運用方法を改善するために、ほとんどをエンジンルームで過ごしたからだ。だから、機関長が誰なのかを知る由もなかったし、知りたいとも思わなかった。

 だが、トンでもない異常事態が発生したために、あたしは否応無しに知ることになったのだった。

「アラート! アラート! 緊急事態発生!」

 あたしは、非常警報で飛び起きたのだった。

「パイレーツ襲来。総員持ち場に着いて第一警戒態勢を布く。航法パイロットは着座、回避行動を行え。機関長及びトップエンジニアは持ち場に着いてフルスラストで現場から離脱だ」

 キャプテンの厳戒令で、エンジンルームにも緊張が走った。

「ジェネレータに余裕はある? フィードバック率は? ジャンプ率はどうなの?」

 矢継ぎ早のあたしの質問に、スナイプは淡々と答えた。

「フィードバック七十、ジャンプ四十五、ジェネレータの稼働率は五十五パーセント」

 あたしはすぐに命令した。

「もっと数値を上げて。あいつらは地の果てまで追ってくるわ。各ポジションのエンジニアは持ち場の状態を細かく再チャックして。決してヘルメットを外さないでよ。みんな、分かってるわよね?」

 機関長があたしに話し掛けてきた。

「エンジンの改造をしたそうだな。これまでよりはパワーが出るのか?」

 あたしは即座に答えた。

「えぇ、一・四二倍までは安全範囲内、十分にぶっち切れるわよ。パイレーツの奴らごときに負けないわ」

 機関長はこう答えた。

「お前はホントに職場の改善が好きだな。そのお蔭で、俺はいつも助かっているんだけどな」

 あたしは、機関長の言葉を不思議に思った。

「機関長、それはどういう意味ですか?」

 機関長はあたしの言葉を無視して命令した。

「それでは、一・五倍まで出力上昇だ。耐えられるだろ、お前の仕事なら?」

 あたしは怒りに満ちていた。

「いくら機関長の命令でも、出来ることと出来ないことがあるわ! 一・四二って言ったら一・四二なのよ、このおバカ!」

 機関長は笑いながら言った。

「お、出たな。お前のお得意の『このおバカ』発言が。とにかく、出力を上げてくれ。いいな」

 あたしはムカついていた。

「えぇ、言われなくてもやってやるわよっ! スナイプ、出力マキシマムよ! 全速力でパイレーツから逃げ切ってやるのよっ!」

 その時、あたしは気が付いた。機関長が誰なのかを。


「探知班より報告します。パイレーツは我々のスピードに追い付けずに敗走した模様です」

 乗組員の歓喜の声が響き渡った。

「やったぞ、我々は勝ったぞ。すごいぞ」

 喜びに浸っている艦内を、あたしはフライトデッキに向って進んでいた。

 あたしの表情は複雑だった。

 喜び? それとも怒り? いや、そのどちらでもあり、どちらでもない。でも、フライトデッキに行けば、明らかにあたしの表情は一変するはずだ。

 フライトデッキの扉が開くと同時に、あたしは機関長の席へと真っ直ぐに進んでいった。

「ケン・ギー! なんで、あんたがここに居るのよっ!」

 あたしはそう言いながら、ケン・ギーと呼ばれた男に抱き付いていた。

「あたし、寂しかったんだから」

 ケンはあたしを優しく抱き締めてくれた。

「ごめんよ、寂しい想いばかりさせて」

 あたしは涙でケンの顔が霞んでいた。

「だから、せめてこの日に一緒の船に乗ろうと思ったんだ」

 ケンの言葉に、あたしは嗚咽するだけだった。

「もう、ホントに。回りくどいんだから。このおバカ」

 ケンはニヤリと笑った。

「また出たな、お得意のフレーズ」

 あたしはつい吹き出してしまった。そしてケンはあたしに微笑んでくれた。

「もっと早くフライトデッキに来て欲しかったな」

 あたしも負けずに嫌味を言った。

「どこのおバカなんだろうと思ったわ、特S級が!」

 あたしとケンはしばらく見詰め合った後、そっとキスを交わしたのだった。

三時間で書き上げました。

自分でもビックリ。

付け焼刃な物語でしたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

よろしければ、感想などをお寄せいただくととても喜びますので、よろしくお願いします。


追伸:これ、空想科学祭の掌編でも十分にいけたなぁ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の作家さん(漫画家ですが)の名前を出してしまいますが、聖悠紀さんの作品を思わせる雰囲気が、とてもよかったです。 因みに、弥が、のところは、タイプミスですかね。
2011/08/04 18:39 退会済み
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