すげぇ早口で喋ってるな
昨日の「実質デート」認定の熱が冷めやらぬまま迎えた、翌日の教室。
俺と朝比奈は、昨日に引き続き実行委員の打ち合わせを行っていた。
……といっても、昨日のうちに主要な書類仕事は片付けてしまったので、今日はクラスへの連絡事項の確認程度だ。
「えっと……じゃあ、種目決めは明日のHRでいいかしら?」
「ああ。用紙は俺が刷っとく」
「あ、ありがとう」
(か、会話が弾まない! 業務連絡しかしてない! 議長、雑談のカードを切るべきでは!?)
(却下! 下手に天気の話をして『だから何?』と言われたら即死です!)
相変わらず、聖女様の脳内は騒がしい。
だが今日の俺の耳を打つ「ノイズ」は、彼女のものだけではなかった。
視線も感じる。
教室の隅、掃除用具入れの近くで、文庫本を片手にひっそりと佇む小柄な女子生徒。
小山内南志見。
瓶底眼鏡に三つ編み、常に本を持ち歩く。実は可愛いという評判を何回か聞いたことがあるが、いかにも内気な文学少女だ。クラスでもほとんど喋っているのを見たことがない。
だが、今の俺には聞こえている。
彼女の分厚い眼鏡の奥で渦巻く、とてつもない熱量の「論文」が。
(尊い……無理だ……)
(昨日、実行委員に決定した瞬間から『世界』が変わったとは思っていたけれど、まさかここまでとは)
(観測報告1:佐鳥くんの塩対応。これは『無関心』ではない。朝比奈さんの完璧すぎるオーラに気後れせず、対等に接している証左)
(観測報告2:朝比奈さんの指先。震えている。これは武者震いではない、好きな人の前で緊張する『恋する乙女』の振動! つまり、クーデレの『デレ』が隠しきれていない)
(観測報告3:佐鳥くんのビジュアル。前髪で隠された瞳は、アンニュイな三白眼。一見やる気がないように見えるが、そこがいい。猫背気味の姿勢も、実は170後半の長身を隠すための擬態と思われる。カッターシャツの袖から覗く手首の骨格。華奢に見えて男らしい血管の浮き具合。これはモブ偽装系隠れイケメンの特徴)
(観測報告4:朝比奈さんの佐鳥くんに対する好感度の異常な高さについて。四月に出会ったばかりの同級生に向けるにしては、明らかに『重力』が違いすぎる。この執着……仮説:入学以前、過去になんらかの強烈なフラグ(運命の出会い)が成立している可能性大)
(結論:この二人の関係性は『氷の聖女』×『気だるげモブ』という王道かつ至高のカップリングであり、実行委員というイベントを経て、その親密度は指数関数的に上昇する未来が確定した)
(ああ、神よ。私にこの光景を見せてくれて感謝する。今の私の脳内では、pixivランキング1位確実の長編小説が3本同時に連載開始だ)
……すげぇ早口で喋ってるな、心の中で。
あとpixivってなんだ。小説家かお前は。
朝日奈の脳内が「パニック会議」だとしたら、小山内の脳内は「文字情報の滝」だ。恐ろしい勢いで俺たちの関係性を分析し、勝手に文脈を付与し、そして勝手に萌え死んでいる。
「……佐鳥くん? どうしたの、あっち見て」
俺の視線に気づいた七瀬が、不思議そうに振り返る。
その瞬間、小山内の思考が鋭く反応した。
(――ッ 目が合った? いや、佐鳥くんが気づいたか?)
(まずい、私の存在はあくまで『壁』。あるいは『教室の観葉植物』。二人の聖域に介入してはならない)
(しかし待て。今の朝比奈さんの「あっち見て」の首の角度、あれは佐鳥くんの視線が自分以外に向いたことへの微かな『嫉妬』が含まれているのでは?)
(検索:『朝比奈七瀬 嫉妬 微表情』……ヒット。過去データ参照! あれは以前、他の女子が佐鳥くんに話しかけた時と同じ角度。つまり彼女は今、「私だけを見て」と無意識に訴えている)
……なるほど。
俺は思わず感心した。
朝日奈がなんでムッとした顔をしているのか、小山内の解説(妄想)を聞くと合点がいく。
嫉妬、か。言われてみれば、自分との会話中に余所見をされたら面白くないか。
(補足情報:朝比奈さんはプライドが高い。だから「こっち見て」とは言えない。拗ねて黙り込む可能性大。ここは佐鳥くんから「なんでもない」と視線を戻し、優しく微笑むのが正解ルート)
……ほう?
俺は試しに、小山内の脳内解説通りに動いてみることにした。
俺は小山内から視線を外し、朝日奈に向き直る。
「……いや、なんでもない。悪い、話の途中だったな」
「う、ううん。……それで、えっと」
俺が謝って向き直っただけで、朝日奈の表情がパァッと明るくなった。脳内会議も
(帰還! 佐鳥くんの意識が帰還しました! 勝利!)
と歓声を上げている。
……当たった。
小山内の妄想、いや考察は、驚くほど的確だ。
七瀬の複雑怪奇な乙女心を翻訳し、さらには「どうすればいいか」という最適解まで垂れ流している。
これは、ただの妄想癖のある腐女子じゃない。
俺にとっての、対・朝比奈七瀬用「攻略サイト(wiki)」だ。
俺はチラリと小山内を見た。
彼女は俺と目が合うと、ビクッとして本で顔を隠し、逃げるように教室を出て行った。
だが、その背中からは
(優しい声色。ご飯三杯いける。今後もあの二人を見守っていくことを私は決意した)
という喜びの腐れた声が漏れていた。
……疲れる奴が増えた。
だが、この「攻略サイト」は使えるかもしれない。
俺は今後の平穏な高校生活のために、あの「歩くデータベース」とうまく付き合っていく方法を考えることにした。




