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はやすぎるだろ!!

茜色の夕日が差し込む空間に、二人分の机を向かい合わせにする。傍から見れば、青春映画のワンシーンだ。学生の男女が、夕暮れの教室で実行委員の仕事。絵になる。だが、BGMが間違っている。


(チェックワンツー! マイクチェック! これより『第一回・愛の共同作業』を開始する!)

(照明さん、夕日の角度調整! 私の髪が一番綺麗に見える『黄金比』を作って!) (BGMはやっぱりミスチル? それともスピッツ? 青春っぽいやつかけて!)


 お前さてはお父さんの音楽の趣味に影響受けてるだろ。


(佐鳥くんの視線を釘付けにする『働くイイ女』ムーブ、アクション!)


脳内スタッフ総動員で、朝比奈は書類の束を机に広げた。 実行委員の最初の仕事は、種目ごとの対戦表作成と、備品のチェックリスト作りだ。地味だ。だが、彼女の脳内ではトレンディドラマの撮影が始まっている。


「さ、佐鳥くん。まずはこのプリントの仕分けから……」

「……ん」


俺は彼女が言いかける前に、すでに仕分け終わったプリントの束を差し出した。


(えっ!? いつの間に!?)


朝比奈がフリーズする。彼女が脳内で『書類を渡す時の指先の角度』と『上目遣いのキープ時間』を議論している間に、俺はさっさと手を動かしていたのだ。聞こえてるからな。次、これやりたいって思考が。


(は、早い……! さすが佐鳥くん! 仕事ができる男! ステキ!)

(でも私の『指先クロス』作戦が! プランB『偶然手が触れ合う』へ移行!)


「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ次はこっちの書き込みを……」

七瀬がペンを取ろうとする。俺は無言で、彼女の手元に赤ペンを置く。キャップはすでに外してある。


「……あ」

(予知能力!? いや、これが『阿吽の呼吸』!?)


(もう長年連れ添った夫婦の空気感じゃない!? まだ付き合ってないのに熟年離婚……じゃなくて熟年夫婦の域!?)


(好き! 何も言わなくてもわかってくれるそのスパダリ感、無理! 尊い!)


うるさい。熟年離婚しそうになってて笑ったが、とにかくうるさい。 だが、不思議と不快ではなかった。 彼女の思考はやかましいが、その行動原理は常に「真面目にやる」ことと「俺への好意」で一貫している。過去に散々向けられてきたような悪意や計算高い駆け引きがない。俺が先回りして作業を進めれば、彼女は素直に驚き、喜び、そして必死に食らいついてくる。


カリカリカリ……。 いつしか、教室にはペンの走る音と、紙をめくる音だけがリズムよく響き始めた。


(……すごい。私が次に欲しい資料、言わなくても出てくる)

(佐鳥くん、やる気ないふりして、本当は誰よりも周りが見えてる……)

(私のフォローなんていらなかった。……ふふっ、やっぱり、かっこいいなぁ)


ふと、七瀬の脳内会議ノイズが止んだ。なんか、オルゴールみたいな音が聞こえる。小さくて、可愛らしい音だ。


「……」


俺は手を止めず、チラリと彼女を見た。 夕日の中、真剣な眼差しで書類に向かう横顔。その表情には、作ったような「聖女」の仮面はなく、等身大の女子高生の充実感があった。うるさくなければ、まあ、悪くない眺めだ。とりあえず、さっさと片付けるぞ。


 さっさっさっさ。

「はい終わり」

 だが危険な時間は短いに限る。さっさと片付けていっちょ上がりだ。


最後の書類をクリアファイルに入れ、俺が呟く。ハッとして顔を上げた朝比奈が、時計を見て目を丸くした。


「はっや!」

「……いや、終わったから」


「……まだ三十分も経ってない……」

「あー……朝比奈の段取りが良かったからだろ」


「えっ? えっ……?」

「いや。……帰るぞ」


俺は鞄を掴んで立ち上がる。 朝比奈は慌てて荷物をまとめ、小走りで俺の背中を追ってきた。

(はやっ……! はやすぎるだろ!!)


(終わっちゃった……。もっと一緒にいたかった……)


(でも、楽しかった! 仕事なのに、なんかすごく楽しかった!)


(ねえ議長! これって『デート』にカウントしてもいい案件ですよね!?)


(可決! これは実質デートです! 記念日認定します!)


(佐鳥くんが終わったと言ったから、終わり記念日。……あー、縁起でもねぇなこれ。再考!)


背後からのハイテンションな可決ボイスを聞き流しながら、俺は廊下を歩く。 足取りが、来た時よりも少しだけ軽い気がした。 まあ、こういう静けさのある放課後なら、そこまで悪くもない。


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