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誰だお前。張飛か

それから数時間後のロングホームルーム。 俺は危機に瀕していた。いや、正確には「危機をやり過ごすための冬眠」に入っていた。


「――というわけで、来月の球技大会の実行委員を男女一名ずつ決める。誰かやりたい奴はいないか」



担任の波平のやる気のない声が教室に響く。 このオッサン、ホントにいつもやる気なくてすごい。熱血教師という概念の対極にあるような人物である。同世代なら俺と気が合っていたかもしれないと思う。


それはそうと、球技大会。青春の代名詞。エンジョイ勢たちが楽しげに輝き、俺は気配を消してやり過ごすのが定番のイベント。



ただし、エンジョイ勢たちであろうともその準備を取り仕切る実行委員については面倒事の極みだ。誰も手を挙げない。沈黙。面倒な役職の押し付け合いという、高校生特有の無言の圧力が始まっている。


もちろん俺には(誰かやれよ)という心の囁きがあちこちから聞こえている。俺もそう思う。誰かやれ。


この空気の中で下手に動けば、目が合ったからという理不尽な理由で指名されかねない。だから俺は、机に突っ伏して寝たふりを決め込んでいた。呼吸を深く、一定に。完全に夢の世界の住人を演じ切る。これが俺の生存戦略だ。


(……誰もいないなら、出席番号で決めるかか、あるいは……)


先生の思考ノイズが漏れ聞こえる。誰かを指名しようと迷っているようだ。頼むから出席番号の最初の方か、あるいは目立ちたがり屋の陽キャを指名してくれ。


ここで気づく。今日は五日。俺は出席番号五番だ。あー。


「……今日は……と、おい、そこで寝てる佐鳥」


「……」


「出席番号五番の佐鳥、お前やれ。部活も委員会もやってないし、ちょうどいいだろ」


……チッ。 俺は心の中で盛大に舌打ちをし、のそのそと顔を上げた。クラス中から向けられる(生贄が決まった)(あいつでよかった)という安堵の波動。これだから集団生活は嫌いだ。


本来なら、ここで「体調が」とか「家の事情が」とか言って辞退するのがモブの鉄則だ。だが、俺は瞬時に計算する。


ここでゴネれば、俺には「面倒な役を嫌がる奴」という注目が集まる。さらに代役決めで教室が紛糾し、大量の思考ノイズが発生する。


「注目」と「騒音」。俺が嫌う二大要素を回避するにはここでおとなしく首を縦に振るのが「損切り」として最適解だ。


「……はい」


俺は不承不承といった体で、短く了承した。あくまで「嫌々やらされてる被害者」のポーズをとることで、少しでも存在感を消す


「よし。じゃあ次は女子だが――」


男子が俺のようなモブに決まった以上、女子のなり手はさらに減るだろう。誰だって、やる気のない男子と組まされるのは御免だ。難航必至だな……、と、一瞬思ったが、即座に過ちに気付く


この機会を、ヤツが見逃すはずがないではないか。


ああ……やっぱり。高速会議がすでにスタートしている。絶好調だな、今日。


あ、紛糾して、方針決まって、はいはい、勇気出して、タイミングを見て、挙手の角度と第一声を適切に決めて……。三、二、一……。ほらくるぞ。


「先生」


凛とした声が、教室の空気を一変させた。 俺の隣。朝比奈七瀬が、スッと手を挙げていた。その姿は、まるで王女が民衆の前で宣言するかのように優雅で、迷いがない。


だろうね……。君はそうするだろうね……。


「誰もいないのであれば、私が引き受けます」


涼やかで、それでいて儚さと気品が漂う声。おお、会議の決定事項通り出力してるな。すごいよホント。


「朝比奈かぁ……。あー。じゃあよろしく頼むわ」


波平先生はとりあえず早く終わればいい人なので、展開が早い。


「さすが聖女様」

「責任感つえー」

「え? なら俺立候補すればよかった!」


称賛や、俺に対する嫉妬の声が漏れる。 ……外から見れば、そうだろう。クラスの停滞を憂い、自ら泥をかぶる高潔な聖女。


だが、至近距離にいる俺の鼓膜は、その真逆の爆音で破裂寸前だった。


(キタアアアアアアアアアアッ!!)


(神様ありがとう! 仏様ありがとう! 波平先生! 適当でありがとう!)


(ふっ……。だが、今日が五日であることを見越して、午前中のうちに実行委員決めの話を先生に振っていたわが計略の完璧さよ)


おい今なんて言った。


(おお! さすがは軍師殿!)


(実行委員! それはすなわち公認のカップル行事! 放課後の打ち合わせ! 買い出し! 備品の確認という名の密室イベント!)


(あとは任せたぞ、五虎大将軍よ!)

(任されよ軍師殿!! 二人きりの放課後の陣を敷く! スケジュール帳をピンク色に染め上げろォ!)


(体育倉庫イベント単騎駆けなら我にお任せを! 我こそは、万夫不倒の豪傑よぉ!)


誰だお前。張飛か。


意外に三国志にも詳しかったらしい朝比奈は涼しい顔で「佐鳥くん、よろしくね」と微笑んできたが、脳内ではさっきまで武将みたいだった連中が、サンバカーニバルを開催していた。


そして、よく見ると、朝比奈本体はこっそりと、しかしものすごく硬く拳を握りしめている。あんなに小さく力強いガッツポーズ初めて見た。


そんな様子に、俺は無意識にちょっと引いた顔をしてしまったらしい。


(ああっ、佐鳥くんがちょっと嫌そうな顔を! 実行委員とかクソめんどくさいもんね! わかる! でも心配ご無用!)


(私の『有能聖女ムーブ』で彼を支える! 『また朝比奈に助けられたな』からの『こいつとなら悪くないかも』ルートへ誘導開始! ……へへ、へへへ……)


朝比奈の思考ボルテージがピークに達したのか、会議は参加者たちが全員呆けてにやけ始め、それゆえに騒音は収まった。


「……はあ……」


俺は小さく息を吐いた。本来俺は、総ての面倒事から距離を置きたいし、そうしてきた。だがもうこれは仕方ない。不運な事故だ。いや、隣の脳内軍師殿の計略に負けた。


相方は、脳内騒音の発生源である朝比奈七瀬。これからの放課後、彼女の脳内実況を聞かされ続けるのは、考えただけで頭が痛い。


だが。


「……まあ、いいか」


ボソリと呟いた俺の言葉は、周囲の喧騒にかき消された。 知らない女子と組んで、腹の探り合いをしながら作業をするよりは、全部聞こえているこいつの方が扱いやすい可能性もなくはない。一ミリグラムはある。


それに、さっきから周囲の男子生徒たちの心が聞こえてきている


(佐鳥と変わって、朝比奈さんと二人で実行委員。あわよくばワンチャンあるぞ!)

(告白ぅぅ!)

(佐鳥はぜったい代わってくれるはずだ! そしたら俺が……!)


ここでこいつらの誰かと代われば、それはそれで喧しいことになるのは間違いない。


無下に突き放すのも寝覚めが悪い。


(さぁ! 実行委員の活動に向けた軍議を開くぞ!)


ニヤニヤタイムは終わったらしい。決意表明するミニキャラ朝比奈の声を聞きながら、俺は頬杖をついた。


……まあ、適当に付き合ってやって、適当に終わらせる。それしかない。この人の扱いにも少し慣れてきたし、大丈夫だろう。


俺は再びあくびを噛み殺した。

ひとまずここまで。全文もう書いてあるので、ちょこちょこ投稿して完結までいきます。

ブクマや感想いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
絶対立候補するとは思ってた。けどまさかあらかじめ仕込んでたとはw
三国志というより無双ゲーの褒め方w
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