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尊すぎて脳が溶けます

登校して、自席に向かうと視界に入る彼女、朝比奈七瀬。見た感じは、皆様が仰るように、超絶美少女だと俺も思う。


長い髪は絹糸のように艶やかで、整いすぎた横顔はガラス細工を連想させる。背筋を伸ばし、文庫本に視線を落とす姿は、まさに「学園の聖女」という異名にふさわしい静謐そのものだ。


 クラスの連中が、遠巻きに彼女を称賛しているのが聞こえる。


「今日も七瀬様はお美しい……」

「絵になるなぁ」

「高嶺の花すぎて、俺らじゃ挨拶すらできねえよ」


 ……幸せな奴らだ。お前たちに見えているのは「静止画」としての彼女だけだからな。俺には聞こえているんだよ。あの涼しい顔の裏側で繰り広げられる、地獄のような大騒ぎが。


(総員、第一種戦闘配置ィィィ!! ターゲット(佐鳥くん)、教室に侵入しました!)


 脳髄に直接響くサイレン音。俺が教室のドアを開けた瞬間、七瀬の脳内会議場はハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。


(現状報告!)

議長席でメガネをかけたミニ七瀬――【議長】が叫ぶ。


(距離7メートル! コンディション良好! 今日の気だるげな目つきも最高です! ああ、今あくびを噛み殺しました! そのあくびの粒子を採取して!)


 そう、【議長】である。発生条件はわからないが、朝比奈の脳内会議では、時々明確にキャラ立ちした連中が現れる。あまりにも音声でキャラ立ちしているためか、俺の脳内で名付けられており、さらにビジュアルとして再生されてしまう。多分、朝比奈の体調がいいとか、何かいいことがあったとかなのではないかと思っている。要するに、心の中が絶好調な証だ。昨日なんか嬉しいことでもあったのだろうか。


(報告します! ターゲットと目が合いました! コンマ2秒です!)


ピンク色のフリルドレスを着た【乙女】の七瀬が、頬を染めて報告する。


(デスティニー! これはもう実質プロポーズでは!? 式場を検討しましょう! 招待状のリスト作成急いで!)


 ……目が合っただけで結婚式場を予約するな。


(好機到来だぜヒャッハァァァ!!)


円卓を蹴り飛ばして立ち上がったのは、虎の毛皮をまとった【本能】の朝比奈だ。

(今すぐ飛びかかって、あの胸板に顔を埋めさせろ! そして朝イチの新鮮な佐鳥くん成分を肺胞の限界まで吸い尽くすんだよォ! スーハースーハー!)


(きゃーっ! 野獣ちゃんハシタナイ! でも嗅ぎたい!)



 【乙女】の七瀬が恥ずかしそうにしつつもはしゃいでいる。嗅ぐな。

(バカ! 却下だ却下! そんなことしたら即停学で、佐鳥くんに軽蔑される未来しか見えないわ! 佐鳥くんは清楚な子が好きなのよ!(※独自調査))


【議長】が必死にタクトを振るう。


 ああ、今日も絶好調にうるせぇ。

 俺はため息を殺しながら、自分の席――彼女の隣へと歩を進めるその間も、彼女の脳内会議は加速し続ける。


(接近! 接近! どうするの!? 挨拶するの!?)


(プランA:「ごきげんよう」と微笑む! →判定:高飛車すぎない!? 却下!)


(プランB:「あ、お、おは……っ」とドジっ子風に噛んでみる! →判定:あざとい!)


(プランC:いっそ気づかないフリをして、彼から話しかけられるのを待つ)


(採用! それだ! クールな聖女を演じつつ、向こうのアクションを待つべし!)


 ――全会一致。 現実の朝比奈は、パタンと文庫本を閉じ、ツンとすました顔で窓の外へ視線を向けた。完璧な「聖女」の演技。だが、脳内では【本能】と【乙女】が『あああん! 佐鳥くんが通り過ぎちゃうぅぅ!』『私のバカバカ! 素直になれ!』とのたうち回っている。


 このまま放置すれば、彼女はあと十分は挨拶できなかった後悔で脳内反省会を開き続け、俺の授業中の睡眠時間を阻害するだろう。この人の反省会は本当にうるさいし、そして長いのだ。それは困る。俺は安眠したいのだ。


 だから俺は彼女の席の横を通り過ぎざま、あくまで独り言のようにボソリと呟いた。


「……おはよう、朝比奈」

 ピタリ。その瞬間、七瀬の動きが止まった。


『――ッ!?』

 脳内会議室が、一瞬の静寂に包まれる。 ……よし、これで少しは静かにな……


(ぎゃああああああああああああああああ!!)


(聞いた!? 今聞いた!? 名前! 名前呼ばれたァァァ!!)


『レア演出キタコレぇぇぇぇぇ!!』

(議長! 尊すぎて脳が溶けます! 思考回路ショート寸前! 緊急事態宣言発令!)


 ……チッ。逆にうるさくなったか。脳内でファンファーレと花火が打ち上がっているのが見えるようだ。だが、しばし我慢だ。このパターンなら大丈夫。


わーわー、きゃーきゃー、ざわざわ……ボンッ!


そして聞こえてくるのは、論理的な思考が停止した爆発音。その代わりに聞こえてくるのは、天上の音楽だ。おお、今日はまた、なんともキラキラしたメロディだな…。


 現実の朝比奈は、耳まで真っ赤に染めながら、蚊の鳴くような声で返してきた。


「……お、おはよう」


震える手で文庫本を逆さまに持っている七瀬。静かでいいな。ぜひこのまま放課後までそれでいてくれ。



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― 新着の感想 ―
俺だけに毎朝挨拶をしてくれたあの子も、脳内はこんなだったのだろうか。
なんかこの作品、コミック的なイメージしやすいです♪ というか漫画で見てみたいw
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