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31/35

体力的には余裕だが、精神的な疲労が半端ない。

試合開始ティップオフ!」


笛の音と共に、ボールが高く投げ上げられた。

 俺たちのクラスが出場するのは、男女混合バスケットボール。


本来なら、男子が女子に配慮したり、女子がキャーキャー言ったりする青春イベントのはずだ。

 だが、コート中央に立つ巨漢――椛島貞治にとっては、これは「戦場」だった。


(カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……ッ!!)


重低音の詠唱チャンティングと共に、椛島が跳んだ。

 高い。無駄に高い。


相手チームのセンターが反応するよりも早く、彼は空中でボールをひっぱたいた。


「うおっ!? 高ぇ!」


「なんだあのジャンプ力!?」


ボールは弾丸のような速度で、コート脇に立っていた俺のもとへ飛んできた。


「佐鳥くん! 頼んだよ!」


「……チッ」


俺は舌打ちしながら、胸元に来たボールを受け止めた。

 目立ちたくない。俺はただ、コートの隅で空気になりたいだけなのに。


だが、ボールを持った瞬間、周囲の「ノイズ」が一気に俺に集中する。


(おい、あいつボール持ったぞ!)


(囲め! 奪い取れ!)


敵の男子二人が寄ってくる。思考が聞こえているから、どちらから手が伸びてくるかなんて見るまでもない。


俺はドリブルもせずに、すぐさま前方の「光り輝く背中」へとパスを出した。

 あそこなら、確実に決めてくれるはずだ。


「あとよろしく」


小声で呟いた俺のパスが、朝比奈の手に収まる。

 その瞬間、彼女の脳内スタジアムが爆発した。


(キタァァァァァァッ!!)


(佐鳥選手からのホットライン開通! 愛のパス(キラーパス)です!)


(解説の松木さん、このパスをどう見ますか!)


(いやー、優しいですね! 『俺はお膳立てするから、お前が輝け』というメッセージを感じますね!)


朝比奈はボールを持つと、一度深く膝を曲げた。


(演算開始! 距離7.5メートル!)


(風速ゼロ! 湿度よし! 腕の筋肉疲労度、グリーンゾーン!)


(軌道計算完了! ロックオン!)


(ファイエル!)


美しいフォームから放たれたボールは、高い放物線を描き―― スパッ。

 リングに触れることなく、ネットを揺らした。スリーポイントだ。


「きゃあああああ! 朝比奈様ぁぁ!」


「すげえ! 初っ端からスリー!?」


歓声が沸き起こる。

 朝比奈は涼しい顔で、額の汗を拭う仕草を見せたが、脳内では、


(ゴォォォル! Vゴール! 私天才! 佐鳥くん見てた!? 今の見てた!?)


とウイニングランが行われていた。

 俺はやれやれと肩をすくめ、守備位置に戻ろうとした。


※※


試合経過については、ベンチに座ってさきほどから心の中が早口長文となっている小山内より参照のことだ。


(観測報告:フィールド上の生態系について)


まず、前衛の「猛獣ビースト」こと貞治。

 彼の役割は『攪乱』だ。 「カバディ!」と叫びながら(実際には言ってないけど、動きがそう叫んでいる)敵陣を荒らし回り、相手のディフェンスラインをズタズタにする。


そして、後衛の「聖女セイント」ことわが弟子、朝比奈さん。

 彼女の役割は『浄化フィニッシュ』。 荒らされた戦場に降り立ち、その美貌と完璧なシュートで、敵も味方も魅了する。


だが、真に注目すべきは――中衛の「シャドウ」こと佐鳥くんだ。

 彼は決して目立たない。シュートも打たない。


けれど、貞治が暴走しそうになれば「おい、戻れ」と一言で手綱を引き、朝比奈さんが孤立しそうになれば、絶妙なタイミングでパスを供給する。


まるで猛獣使いと、お姫様の執事を兼任しているかのような、あの立ち回り!

 それなのにモブい。なろう系かお前は。


尊い……無理……酸素が足りない。


『Case 2:予選リーグ』

『野生と知性と、それを統べる影。この三角形トライアングルこそが、最強の布陣である』


『追記:佐鳥くんが汗を拭う際、Tシャツの裾でお腹がチラリと見えた。朝比奈さんがそれを凝視して顔を赤らめていたのを確認。ごちそうさまでした』


……だそうだ。早口長文お疲れ様だな。うるさかったぞ。


「ピーッ! 試合終了!」


一方的な虐殺ゲームが終わった。

 俺たちのクラスは、予選を全勝で突破した。


「やったー! 決勝トーナメント進出だー!」


「俺たち最強じゃね!?」


クラスメートたちがハイタッチを交わし、盛り上がっている。

 俺は人の輪から少し離れ、スポーツドリンクを煽った。


「……ふぅ。疲れた」


体力的には余裕だが、精神的な疲労が半端ない。


「佐鳥くん!」


振り返ると、朝比奈が小走りで近寄ってきた。

 頬が赤い。脳内の実況席も(勝利インタビュー! 勝利インタビューです!)と騒いでいる。


「予選突破ね! その……佐鳥くんのパス、すごく受けやすかったわ」


「……朝比奈が勝手に入れただけだろ。俺は投げただけだ」


「ふふ。……でも、ありがとう」


よく見ると指先が小刻みに震えている。無理をしているのは明らかだった。


「……あのさ。昼休みだ。少し休めよ。午後もあんだから」


(……心配、してくれた?)


(優しい……好き……)


背中越しに聞こえる、脳内実況から切り替わった「天上の音楽(デレ音)」。

 まあ、この心地よい音色が聞けるなら、午前の苦労もチャラにしてやってもいい。


※※


昼休み。

 予選を全勝で突破した俺たちの教室は、お祭り騒ぎだった。


「朝比奈さん! さっきのスリーポイントすごかったよ!」


「ねえねえ、一緒に写真撮ろう!」


朝比奈の席の周りには、他クラスのファンまで押し寄せ、二重三重の人垣ができていた。


(警報! 警報! 敵軍ファン、包囲網を圧縮中!)


(人口密度限界突破! 酸素濃度低下! 息ができません!)


(お弁当! 私には佐鳥くんのために作った『愛妻弁当』を渡すという重大任務があるのよ!)


うるさい。 俺は自席で耳を塞いだ。


「……チッ」


俺は立ち上がった。

 騒音の発生源を断つ。


俺は人垣をかき分け、渦中の中心へと踏み込んだ。


「朝比奈」


「えっ、佐鳥くん……?」


「午後のトーナメントの組み合わせが決まった。……作戦会議するからちょっと来て」


「え……?」


「急ぎだ。飯食いながらやるぞ」


俺は朝比奈の手首を掴んだ。


「……行くぞ」


「あ, は, はいっ!」


俺は強引に彼女を立たせ、手に持っていた風呂敷包みごと連れ出した。


俺たちは早足で廊下を抜け、誰もいない旧校舎の屋上へと向かった。

 ガチャリ、と重いドアを開ける。


「……ふぅ」


俺はドアを閉め、ようやく彼女の手を離した。

 ここなら、あの騒音も届かない。


「わあ……! 屋上……?」


「ここなら静かだろ。……悪かったな、強引に連れ出して」


「ううん、助かったわ! あのままじゃ、揉みくちゃにされてお弁当がペチャンコになるところだったもの……」


(作戦会議! つまり二人きり! 屋上! お弁当!)


(佐鳥くん、やっぱり私がお弁当渡したくて困ってたの、気づいてくれてたんだ……!)


誤解だが、まあ結果的に静かになったからよしとする。


「あのね、佐鳥くん。……こうなると思って、作ってきたの」


朝比奈がおずおずと、風呂敷に包まれた二段重の弁当箱を取り出した。

 ……デカい。どう見ても一人分じゃない。


(料理長! 今日の卵焼きの出来は!)


(完璧です! 出汁と砂糖の黄金比率! 焦げ目なしのイエローゴールド!)


どうやら今日の昼食は、厳正な審査会らしい。


「……悪いな。俺、購買でパン買うつもりだったから助かる」


「ううん、気にしないで! あいさ……じゃない、味見してほしくて!」


俺は卵焼きを口に放り込み、ゆっくりと噛み締めた。

 じゅわり、と優しい出汁の味が広がる。


「……ん」


俺は短く声を出し、今度は唐揚げを口にした。


「……どう、かな?」


「……美味い」


((((((((満点ほしミッツですッ!!!!))))))))


(『美味い』いただきました! しかも『体に染みる』という最上級の労い付き!)


「味付けもちょうどいいし、疲れた体に染みる味だ。……朝比奈、料理うまいんだな」


「――ッ!!」


……おまえやたらと赤飯炊きたがりすぎだろ。

 だが、その喧騒はすぐに収束し―― 代わりに、いつもの「あの音」が流れ始めた。


(♪~~~~……)


喜びが飽和して、言葉ノイズすら溶けてしまった、純粋な幸福の旋律。


(幸せ。……佐鳥くんと、屋上で、二人きり)


(美味しいって言ってもらえた。頑張ってよかった)


朝比奈は何も言わず、ただ幸せそうに微笑んで、自分のおにぎりを頬張っている。


遠くのグラウンドの歓声。そして、隣から流れる心地よい音楽。

 俺はフェンスに背を預け、目を閉じた。


ああ、静かだ。

 これが、俺の求めていた「平穏」――


――ゾクリ。


不意に、背筋に冷たいものが走った。


俺は目を開け、フェンス越しに眼下のグラウンドを見下ろした。

 チラチラとこちらを見上げている集団がいる。


(やっぱ聖女様ちょっとウザいわ)


(午後の試合、3組とだろ? ちょっとシメてやるか)


距離が離れすぎていて明確には聞こえない。

 だが、そこから立ち昇るどす黒い「気配」だけは、この高さまで届いてくるようだった。


「……佐鳥くん? どうしたの?」


音楽デレに浸っていた朝比奈が、不思議そうに俺を見る。


「……いや、なんでもない」


俺は立ち上がった。


「そろそろ戻るぞ。午後のトーナメント、始まるしな」


「あ、うん! 頑張ろうね、佐鳥くん!」


朝比奈が花のような笑顔で立ち上がる。


俺は空になった弁当箱を朝比奈に返した。

 午後は少し、警戒レベルを上げておく必要があるかもしれない。


「……はぁ」


俺は午後の「騒音対策」がハードワークになることを予感して、憂鬱な気分になった。

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なろう系かお前はw小山内さん落ち着けw
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