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そういうとこもたまりませんよ! あぁ~

 昼休みを告げるチャイムが鳴った瞬間、俺は即座に席を立った。隣の席の朝比奈七瀬が(お昼! 佐鳥くんとお昼がしたい! どう誘う!?)と脳内会議を始めたのが聞こえたからだ。


「ちょっと購買行ってくる」

「えっ!? あ、うん! いってらっしゃい!」


(購買! パン派!? これは、今後のお弁当差し入れフラグが……!)


お祭り会議中の朝比奈の思考と背中に突き刺さる熱視線を振り切り、俺は教室を出た。目指すは校舎裏手の中庭。あそこには、この騒音まみれの学園において唯一、俺が心安らかになれる「聖域サンクチュアリ」がある。というか、いる。

芝生広場の端にある、木陰のベンチ。そこに、巨大な弁当箱を広げている大柄な背中を見つけ、俺は安堵の息を漏らした。


彼は、この高校で唯一、俺が自分から声をかける人物だ。


本来なら、彼はクラスの人気者であり、カバディ部のエースとして常に人に囲まれているはずの男だ。

だが、昼休みだけは違う。


彼が摂取する弁当の量と、食事に対する熱量カロリーが凄まじすぎて、常人が近くにいると胸焼けを起こすのだ。一種のヒートアイランド現象である。


だが、俺には関係ない。


「椛島。隣、いいか?」

「佐鳥くん! もちろん構わないよ!」


 椛島貞治かばしま ていじ。爽やかつ暑苦しいという矛盾した要素を併せ持つ彼は、カバディ部所属の熱血好男子である。昭和の爽やかスポーツ漫画の主人公みたいなやつだが、俺にとってはそれ以上の価値がある得難い男だ。彼は歩く防音壁なのである。俺は彼の隣に腰を下ろし、目を閉じて彼の「心」に耳を傾けた。


(カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……)


 ああ、これだ。風に揺れる木々の音と、彼の脳内で繰り返される一定のリズム(チャンティング)。さっきまでの朝比奈の「高速ジェットコースター思考」でシェイクされた俺の脳みそが、この単調な重低音によって整えられていく。


カバディのことは良く知らないが、試合中にずっとカバディと連呼するというルールがあるのだそうだ。


で、この熱血カバディ大好き男は、その修練のためなのか、あるいは心の奥底まで染みついたカバディ魂によるものなのか、心の声がずっとカバディで統一されている。冷静に考えると頭おかしい男だが、こいつの近くにいると、落ち着く。


俺は大きく息を吐き、膝の上で弁当箱を開いた。


「……ふぅ。生き返る」

「? どうしたんだい? 顔色が悪いけど。腹が減っているのかい?」

「いや、ちょっと耳が疲れててな……。お前のその変わらなさに救われ――」


 だが。  俺の平穏は、わずか数分で終わりを告げた。


 木漏れ日の中から降ってきたのは、鈴を転がすような可憐な美声。


「あ、あのっ……佐鳥くん!」


そして、静寂を切り裂く爆音のファンファーレ。

(見つけたあああああああああ! 佐鳥くん発見! GPSなど愛があれば不要!)

 お前走ってきただろ。はぁはぁ言いそうなの押し殺してるだろ。


(議長! 中庭のベンチで椛島くんとランチ中です! スペース、まだ一人分空いてます!)


(し、しかしベンチですよ……!? 座ったら密着不可避ですよ!? 心臓が持ちますか!?)


(ええい、ままよ! ここで引いたら女が廃る! 特攻ぶっこめーッ!)


 ……終わった。聖域陥落。俺が天を仰ぐと同時に、朝比奈が弁当箱を胸に抱え、上目遣いで俺たちの前に立っていた。その表情は、深窓の令嬢のようにしおらしい。


でも第一声はやっぱり上ずっていて、ひっくり返っていて、いつも通り噛んだ。俺に話しかけるときはいつもこうなんだよな、この人。


「……き、奇遇ね。私も外の空気を吸いたいと思ってたの」

 嘘をつけ。


「ここ、座ってもいいかしら?」

 ダメだ。


「もちろんさ! さあ、座って!」

 椛島が快諾し、少し端に寄った。お前は本当にいいやつだがやめてくれ。朝比奈は「ありがとう」と花が綻ぶように微笑み、俺の——左隣に滑り込んできた。


 ドンッ。  軽い衝撃と共に、肩と太腿に柔らかな感触が押し付けられる。


( 当たった! 肩が! 太ももが! 佐鳥くんと接触しました!)


(き、筋肉質って思われたらどうしよう……?スタイル維持のための運動は適切だった……?)


 ……それはまあ、大丈夫なんじゃないか。


(うおおおっ! 近い近い近い! いい匂いする! これ何の柔軟剤!? 特定班急げ! あとやっぱり佐鳥くん細身だけど意外とガッシリしてるよね! やっぱこっそり鍛えてるもんね! そういうとこもたまりませんよ! あぁ~)


うるせぇ。俺のカバディタイムを返せ。


 ベンチという狭い空間のせいで、物理的距離はゼロ。右からは椛島の(カバディ、カバディ)という重低音が、左からは朝比奈の『好き好き大好き』というハイテンポな暴走音が同時に流れ込んでくる。カバディのおかげで多少は和らぐが、それでもキツイ。


「佐鳥くん、お弁当なのね」


 朝比奈が俺の弁当を覗き込み、ポツリと呟いた。さっき議論が盛り上がっていた俺に弁当差し入れる作戦の練り直し会議が始まっている。ミニキャラ朝比奈がわちゃわちゃしている。


「そうなんだよ! 佐鳥くんは自分でお弁当を作っているんだよ! すごいよね!」

 余計なことを言うなカバディ。


 俺は、ひやりとして隣の朝比奈を見た。


(佐鳥くんすごい! 食べたい! 佐鳥くんの手料理を食べたいと思います議長!』


(でも「ちょうだい」なんて言ったら卑しい女だと思われるんじゃ……?)


(女は度胸だぜ!)


(待て! オカズの交換を申し出る、というのはどうだ! 例えばこの唐揚げ! 道場六三郎の流儀を学んで修練を重ねてきた自信作である!)


(それだ!)


(交換は悪くないです……。で、でもそんなこと口にする勇気を目標値まで高めるためには、一定の時間が必要です!)


心の中は騒がしいのに、本体の朝比奈はさっきからずっとモジモジしている。「あの」とか「どうかしらよかったら」とか消え入りそうな声だけ発している。ときどき「うーっ……」というように目をつぶったりもしている。


これは、決意からの実行までまだかなりかかるぞ。


わかった。わかったから。

この距離で「欲しがってる」念を送られ続けるのは、拷問に近い。うるせぇ。


唐揚げ一つねだるのに、なんでそこまで決死の覚悟なんだよ……。脳内会議を総動員して、顔を真っ赤にして、うーうー唸って。たかが弁当のおかず交換に命を懸けているその姿が、なんだか無性に――馬鹿らしくて。


俺は、自身の平穏のために俺は溜息を噛み殺し、自身の平穏と食欲のために「最適解」を選ぶことにした。


ほんの少しだけ、唐揚げが食べてみたかった言う気持があるのは否定しない。

努力家なんだよな、この人。


「……唐揚げ、美味しそうだな。俺の卵焼きと一つ交換しねぇか?」

 俺は卵焼きを箸で摘まみ、彼女の弁当の蓋に乗せた。  その瞬間。


『————ッ!?』

 朝比奈の脳内から、音が消えた。  フリーズした彼女は、真っ赤な顔で俺と卵焼きを交互に見ている。


「……い、いいの……?」


「いいから食えよ。……椛島、お前も卵焼き一つ食うか?」


「いいのかい!? じゃあ僕のブロッコリーとササミと交換だ!」


(カバディ、卵焼き、カバディ、カバディ……)


 椛島は平常運転だが、隣の聖女様は再起動の真っ最中だ。


(た、た、卵焼きが来たぁぁぁぁぁ! これ実質、あーんでは!?)


(しかも私が数か月かけて生み出した究極の唐揚げを佐鳥くんに食べてもらえる……だと?)


 しばらくそんな騒ぎが続いた後。


「い、いただきます」


 朝比奈は顔を真っ赤にして、とても綺麗な手つきで俺の卵焼きを食べた。食事の作法やその見せ方まで完璧なのは恐れ入る


で、彼女の内心のミニ朝比奈たちは大盛り上がりしたあと、ポンッ! と音を立てて言葉を発するのをやめた。そして本体の朝比奈は、というと。


「ふふ。卵焼き、おいし」


 そんな風に、頬をおさえて、マジで幸せそうな表情をするのは、ちょっと不意打ちなので、やめてほしい。調子が狂う。


さらに今は会議に代わって聞こえる心は例の、やたら幸せそうな音楽だ。どうもこれは、彼女の脳内が特定の感情に満たされて、思考が停止した際に、感情だけが音として聞こえる状態のようだ。


これは、嫌いではない。


 ……すくなくとも、さっきまでの切迫したノイズよりは全然マシだ。俺は天界のメロディをバックに聞こえ続けるカバディの連呼とともに、食事を続けた。


唐揚げは、驚くほど優しい味で、正直にいえばかなり旨かった。


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― 新着の感想 ―
カバディタイムw 一定のリズムでずっと同じ音が聞こえるのなら、確かに落ち着くかもしれないですね
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