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数式が、カバディにみえてくるんだ

球技大会が近くなってきた。


俺たちのクラスは「バスケ優勝」という目標に向かって妙な団結を見せていたが、高校生には避けて通れない現実がある。


中間考査だ。


いくら部活や行事に熱を上げようと、赤点を取れば補習地獄。最悪の場合、部活をやっているやつは大会への出場停止もあり得る。


「……佐鳥くん、どうしよう」


昼休み。俺の席に、巨大な影が落ちた。

 見上げれば、この世の終わりみたいな顔をした椛島貞治が立っていた。


「数式が、カバディにみえてくるんだ」


だろうな。


「末期だな。病院行ったほうがいいぞ」


「違うんだ! 昨夜、教科書を開いたら文字が全部『カバディ』というゲシュタルト崩壊を起こして……! このままでは赤点だ! カバディ部廃部の危機だ!」


そりゃ部員がお前ひとりだけだからな。

 出場停止=廃部なのは自明の理だ。


(カバディ、赤点、カバディ、追試、カバディ……)


「そこでお願いがあるんだけど、佐鳥くん、僕に勉強を教えてくれないかい?」


「……なんで俺」


「だって、君は本当は勉強ができるだろう?」


椛島は、彼にしては珍しく小さな声でそう告げた。


「……なんで」


知ってんだよ。と思う。

 だがこいつはこれで観察眼が鋭い。前にも、俺が体を鍛えていることを見抜いていた。


多分、授業中の些細な様子やテストの点の取り方なんかでそう判断したのだろう。

 そして、そのうえで俺がそれを隠したがっていることにも配慮している。


……いいやつなんだよな、こいつ。ちょっとカバディだけど。


「お願いだよ!」


(カバディ、赤点、退部、カバディ、カバディ)


彼の脳内は、悲痛な叫びとカバディのリズムが不協和音を奏でていた。

 普段の重低音ならBGMとして聞き流せるが、この乱れたリズムはシンプルに不快だ。


放置すれば、俺の平穏に支障が出る。

 それに、まあ、俺は借りっぱなしなのは好きじゃない。


「……はぁ。わかったよ」


「えっ!? 教えてくれるのかい!?」


「放課後、付き合う。ただし条件がある」


俺は人差し指を立てた。

 俺が普段使っている、あの静寂に包まれた街の図書館サンクチュアリにこいつを連れて行くわけにはいかない。あそこは俺だけの聖域だ。


「駅前の市民図書館だ。あそこなら広いし、多少混んでても気にならねえだろ」


「ありがとう佐鳥くん! カバディ部は救われた!」



(カバディ、赤点、カバディ、補習……)


うわごとのように脳内で呟く巨漢を引き連れて、俺は駅へ向かって歩いていた。

 カバディ部を救う義理はないが、まあ、椛島には世話になっている。これくらいの借りを返すのはやぶさかではない。


(索敵範囲内にターゲット反応あり! 距離30メートル!)


(ターゲット、椛島くんと接触中! 放課後の駅前……これはまさか『ゲーセン』か『カラオケ』への誘導!?)


(阻止せよ! 健全な男子高校生をカバディの道へ引きずり込むのを阻止し、あわよくば私が合流するのだ!)


……なんだこのSF映画みたいなレーダー音は。

 俺が眉をひそめると、案の定、角から偶然を装った朝比奈七瀬が現れた。


「あら、佐鳥くん? それに椛島くんも。奇遇ね」


お前それ二回目だぞ。


完璧な角度での「あら」。

 だが脳内では(よっしゃあああ! 計算通りぃぃぃ!)とガッツポーズをしているミニ朝比奈が見える。


「お、朝比奈さん! これから図書館で佐鳥くんに勉強を見てもらうんだよ!」


「まあ、図書館? ……ふふ、実は私も行くところだったの」


嘘をつけ。これも二回目だぞ。


「もしよかったら、私もご一緒していいかしら? 私も勉強したいと思っていたし。もし、わからないところがあったら教えあえるもの」


(まあ、私は完璧なので教える一方になるだろうが、それはそれで構わん!)


すごい自信だな。まあ努力してる自負があるからなんだろうな。


「本当かい!? 学年トップの朝比奈さんがいれば、もはや赤点など恐るるに足らずだ!」


椛島が感涙している。

 俺としても、一人でカバディ脳の相手をするより、朝比奈に分担させた方が効率的だ。


騒音は二倍になるかもしれないが、試してみる価値はある。


「……好きにしろよ」


俺の許可が出た瞬間、朝比奈の脳内でファンファーレが鳴り響いた。


合流成功ミッション・コンプリート!)


(勉強会! それは密室のラブイベント! 教科書を忘れて見せてもらう『机くっつけ作戦』や、ペンを落として手が触れ合う『アクシデント』が選び放題!)


(待っててね佐鳥くん! 私が手取り足取り教えて、包容力のあるお姉さんムーブで完堕ちさせてあげるわ!)


……大丈夫だ。あいにく俺も完璧な自信がある。

 一抹の不安を抱えつつ、俺たちは駅前の図書館へと向かった。



平日とはいえ、テスト期間中の市民図書館は混雑していた。

 俺たちはなんとか四人掛けのテーブルを確保し、参考書を広げた。


周囲には「静粛に」の張り紙。物理的には静かだ。

 カリカリというペンの音と、ページをめくる音しかしない。


だが。


(カバディ……√3……カバディ……人並みに奢れや……カバディ……)


(さあ始まりました! 『七瀬の熱血! 恋愛予備校』!)


俺の脳内だけ、地獄のステレオ放送だった。


いや、厳密に言うと、後ろの席にもう一人、知ってるやつが座っている。

 だがこっちは本当に偶然居合わせただけらしい。


小山内もコイツで、いつものように脳内でゴチャゴチャ考察したり尊がったりしているが、もうほっとく。これ以上はキャパが持たない。


椛島は呪文のようにカバディを唱えながら数式と格闘し、朝比奈に至っては、なぜか脳内で動画配信を始めていた。


(ハイどうもー! ななせちゃんねるへようこそー! 今日は『気になるカレに賢さをアピールして、ギャップ萌えを狙っちゃおう』という企画でーす!)


(チャンネル登録と高評価よろしくね! さあ、まずはこの数学の難問!)


脳内の朝比奈(YouTuber風)が、指示棒を持ってホワイトボードの前でウインクしている。

 テンションが高い。高すぎる。


(チラッ……。佐鳥くん、ペン止まってる? わからない? ねえわからない?)


(そこで『ここがわかんないんだけど』って聞いてくれたら、私が『んー? どれどれ?』って顔を近づけて、シャンプーの香りを漂わせつつ優しく解説するのに!)


(聞いて! お願い聞いて! 私の学力はこんな時のためにも磨いていたのよ!)


現実の朝比奈は、すました顔でノートを取っているフリをして、俺に猛烈な「教えてあげるアピール」視線を送ってきていた。


うっとうしい。

 俺は小さくため息をつき、手元の問題集――東大入試レベルの応用問題――に視線を落とした。


朝比奈が期待している「教えてイベント」を発生させれば、彼女の脳内配信はさらにヒートアップするだろう。それは避けたい。


俺はシャーペンを走らせた。


(えっ!?)


朝比奈の思考が止まる。

 俺は迷うことなく、数式を書き連ね、解を導き出した。


(と、解いた!? うそ、あれ去年の模試のB判定ラインの問題よね!?)


(瞬殺!? 佐鳥くん、教科書一度も開いてないのに!?)


(……あ、そっか。やっぱり、勉強もがんばってたんだね。あの時からずっと……)


なに? あのとき? 何の話だ。


(……あれ? でも待って。これじゃ私の出番(お姉さんムーブ)がないじゃない!)


(企画倒れ! 放送事故です! 撮れ高が足りません!)


「……佐鳥くん、すごいわね。手が止まらないじゃない」


「……適当に埋めてるだけだ」


「謙遜しちゃって。……ねえ、ここの公式なんだけど」


朝比奈が身を乗り出してくる。近い。

 シャンプーの香りが鼻をくすぐる距離だ。


朝比奈の銀髪が、俺の腕にさらりと触れる。

 ほんの少しばかり俺もドキッと……


(……ッ!? 接触! 二の腕に髪が! そしてこの距離感!)


(これは……『個人指導』の距離です!)


(先生! そこが分かりません! 手取り足取り教えてください!)


やっぱりドキッとしなかった。うるさい。


朝比奈の脳内で、なぜかジャージを着たミニ朝比奈と、白衣を着たミニ佐鳥(妄想)による「補習授業コント」が始まったらしい。


「あ、ご、ごめんなさい! 近かった、かしら……」


慌てて身を引こうとした朝比奈の手が、机の上の消しゴムにぶつかった。

 コロン、と転がる消しゴム。


俺と朝比奈が、同時に手を伸ばす。


――ピタリ。


指先と指先が、触れ合った。


((((((((電流が走ったァァァァァ!!!!))))))))


(接触! 指先確認! 体温伝達率100%!)


(これはもう実質、指輪の交換と同じ意味を持つのでは!?)


(結婚! 結婚だーッ! 式場はハワイで!)


……うるせえ。消しゴム一つでハワイまで飛ぶな。

 俺はため息をつきつつ、さっと消しゴムを拾って彼女の前に置いた。


「……ほら」


「あ、あう……あ, ありがと……」


顔を真っ赤にしてフリーズする朝比奈。


その後ろで、本棚の陰から見ていた小山内が、鼻血を押さえながらメモを取っているのが見えた。


(尊い……『指先接触タッチ』からの『赤面ブラッシュ』……。王道にして至高……。アーカイブに残そう……)


……外野もうるさいな、今日は。

 これ以上朝比奈の相手をしていられない。俺は彼女が再び口を開く前に椛島の方を向いた。


「椛島。ここの展開、さっきお前が間違えたとこと同じだ」


「えっ、本当かい!? カバディ!」


声に出すな。


「朝比奈が持ってる参考書の12ページ。そこに解説載ってるから見せてもらえ」


「ありがとう! 朝比奈さん、見せてくれるかい?」


「えっ? あ, ええ、どうぞ……」


朝比奈が不服そうに参考書を差し出す。

 俺は、自分の「有能さ」を隠しつつ、椛島のフォローという名目で彼女の「教えたい欲」を逸らしたのだ。


(むぅ……。椛島くんへの指導になっちゃった……)


(でも、椛島くんもカバディ部廃部になっちゃったら困るよね。頑張って教えよう! えーっと、椛島君にわかりやすく教えるには……。会議! 会議招集! 学術班! コミュニケーション班! 幼児教育班! 集合!)


すげぇなお前。


(……にしても、佐鳥くんの指示的確すぎない? 私がどのページ開いてるか、見てないのにわかったの? エスパー? それとも愛のテレパシー!?)


惜しい。半分正解だ。

 俺は騒がしい脳内YouTuberを聞き流しながら、再び問題集に向き合った。

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動画配信とは、この聖女様どれだけの引き出しを持っている?w
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