興奮しすぎて鼻血がでそうです!
放課後の体育館。
バスケットボールが床を叩くダム、ダムという音が響き渡る。
球技大会に向けたクラス対抗の練習試合。先日の流れで朝練までしている我がクラスは、放課後の練習試合においてもそれなりに白熱している。
そのなかでもクラスメートたちの視線は、一点に集まっていた。
コートの中央、ボールをキープする朝比奈七瀬だ。
ポニーテールに結い上げた髪が躍り、白い体操服から伸びる手足がしなやかに動く。彼女がボールを持つだけで、そこだけスポットライトが当たったように輝いて見えた。
「すげえ……朝比奈様、バスケも完璧なのかよ。天才っているんだなぁ」
「ドリブルの姿勢が美しすぎる……」
ギャラリーの男子たちが感嘆のため息を漏らす。
……騙されるな、あれは「生まれつき優れた運動神経」じゃない。
彼女の脳内にあるスーパーコンピュータが弾き出した、「物理演算」の結果だ。
(右腕角度、修正! ボールの反発係数、計算通り! 床の摩擦係数よし!)
(現在速度、時速8キロ! これ以上上げると遠心力で顔面が崩れます! 速度維持!)
(CPU温度上昇! 冷却ファン全開! 汗が出ちゃうけど「聖なる雫」ってことにして誤魔化して!)
朝比奈の脳内では、数十人のミニ朝比奈たちが白衣を着て巨大なモニター(視界)に向かってキーボードを叩きまくっていた。
そう、彼女の天性の運動神経というのは、おそらく並み程度だ。それを「ボールがここに来たら、こう手を動かせば、物理法則的にこう跳ねる」という超高速演算だけでカバーしているのだ。
もちろん、日ごろからトレーニングを積んでいるからギリギリこなせているのだろうが、狂気としか言いようがない。
(警告! 前方より敵影接近! 敵ディフェンスです!)
(回避ルート検索! ……エラー! 筋力が足りません! フェイントを入れる余裕なし!)
(どうするの!? このままじゃボール奪われて鈍くさい女だとバレるわよ!)
(議長! 佐鳥くんが見てます! 失敗は許されません! 死んでもボールを死守して!)
脳内がパニックを起こし、現実の朝比奈の動きがギギギ、とロボットのように硬直する。
相手チームの男子が、その隙を見逃さずにボールに手を伸ばした。
――マズいな。
俺、佐鳥観人はコートの隅(サボれる位置)から、その状況を見ていた。
あそこでボールを取られれば、朝比奈はバランスを崩して無様に転ぶ。聖女の威厳に関わるし、何よりその後の脳内反省会(騒音)を聞かされるのは俺だ。
俺はため息を一つつき、床を蹴った。
目立たないように。あくまで偶然を装って。
敵がボールに触れ、朝比奈のもとからボールがはじかれた。
直後、俺の身体がスルリと割り込む。
「……っと、悪い。滑った」
俺は敵選手と交錯し、わざとバランスを崩したフリをして、指先でボールを軽く弾いた。
ボールの軌道が変わる。
敵の手をすり抜け、朝比奈の手に吸い込まれるようにして戻っていく。
『――ッ!?』
朝比奈の脳内が静まり返る。
(な、なに今の!? 神回避!?)
(違うわ、佐鳥くんよ! 彼が敵の視界を塞いで、ボールを私にパスしたのよ)
(うおおおおお! ナイスアシスト! これって共同作業!? バスケという名の愛の交歓!)
(愛の力でCPU回復しました! 行ける! 今ならダンクも行ける気がする!)
復活した朝比奈がドリブルを再開する。
だが、まだ敵の包囲網は厚い。俺一人のカバーでは限界がある。
誰か、もっと派手に敵を撹乱できる奴はいないか。
俺は視線を走らせ――そしてスリーポイントラインあたりにいたヤツと目が合った。
ああ、適任極まりないな。
「椛島、頼む」
俺は、口パクで椛島にそう伝えた。
「ああ! わかったよ!」
彼のスイッチが入った。
椛島は低い姿勢で敵陣に突っ込んでいく。
(カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……!!)
これはバスケだが、椛島はすべてがカバディなので当然今も内心はカバディである。
「うわっ!? なんだこいつ!?」
「なんだそのステップ!?」
椛島との交流を経て、俺もカバディというスポーツをそれなりに学んだ。
カバディとは、スピード、パワー、テクニック、すべてが要求されるまるで格闘技のようなスポーツだ。
一人しかいないカバディ部員でありながら、全国トップレベルの実力者たる椛島なら、球技大会程度のディフェンスなどいないも同然だ。
椛島は、見事なスクリーンプレイで敵ディフェンスを押しのけ、朝比奈がドリブルで突破する道を切り開いた。
その隙間。聖女様の脳内会議が燃え上がる。
(好機! ルート確保!)
(距離5メートル! シュート体勢移行!)
(肘の角度固定! 手首のスナップ入力! 放てぇぇぇ!!)
朝比奈がシュートを放つ。
ボールは美しい放物線を描き――スパッ、とリングに吸い込まれた。
「おおおおおおお!!」
歓声が上がる。
朝比奈は着地し、乱れた髪を耳にかけながら、涼しい顔で微笑んだ。
「……ふう。良かった、入って」
完璧な聖女のコメント。だが、脳内では祭りが開催されていた。
(入ったァァァァァ!! 奇跡! いや実力! いや愛の力!)
(見た!? 今の佐鳥くんとの連携!)
(あと椛島君地味にやばない!?)
(勝利のポーズ! 佐鳥くんにハイタッチを要求します! いや、抱きつきたい! 汗ばんだ体で抱擁を!)
『議長! 興奮しすぎて鼻血が出そうです! 血管収縮させて!』
俺は額の汗を拭い、やれやれと息を吐いた。
コートの脇では、見学中の小山内が、興奮のあまりノートに猛烈な勢いで何かを書きなぐっている。
(尊い……「陰の実力者主人公」×「努力型ヒロイン」×「カバディ」の化学反応。このカオスな空間こそが青春! 次話のタイトルは『カバディと聖女』で決定だ)
……お前はいつも楽しそうでいいな。
俺は疲れ果てた体を休めるべく、というテイでベンチへと向かう。
だが、俺の背中には、朝比奈からの熱視線(脳内ラブコール)が、レーザービームのように突き刺さり続けていた。
それにしても、だ。
うちのクラスは、これ、もしかしたら球技大会の男女混合バスケでは優勝したりするんじゃないだろうか。
椛島と朝比奈だけでかなりの戦力だし、朝練までして無駄に一丸となっているし。
……まあ、俺には関係ないけど。




