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 パリコレか!

土曜日の午後一時前。


大型モールが隣接する駅の北口デッキの待ち合わせ広場は、海へ向かう若者やカップル、家族連れでごった返していた。

 俺、佐鳥観人は、人混みを避けて少し離れた柱の陰に立ち、スマートフォンで時間を確認した。


「……十二時五十五分。少し早かったか」


昨夜の電話の後、結局あまり眠れなかった俺は、予定より早く家を出てしまった。


周囲からは、待ち合わせ相手を待つ人々の「まだかな」「遅いな」「楽しみだな」といった思考のさざ波が聞こえてくる。

 だが、これらはあくまで環境音。俺の脳を揺らすほどの特定の個人への強烈な執着ノイズではない。


俺は軽く息を吸い、広場の反対側へ視線を向けた。

 俺の能力の有効半径は二〇メートル。 その境界線の向こうに、お目当ての人物はい――


「……いた」


いた。一発でわかった。

 人混みの中でも、そこだけスポットライトが当たっているかのように空間が切り取られている場所がある。


朝比奈七瀬だ。今日の彼女は、制服姿ではない。


淡いブルーのワンピースに、薄手の白いカーディガンを羽織り、清楚でありながら洗練された、雑誌のモデルのようなコーディネート。

 長い銀髪はいつものストレートではなく、少しだけ巻いてアレンジされている。


通り過ぎる男たちが振り返り、女たちが羨望の眼差しを向ける。

 まさに「深窓の令嬢の休日」。完璧だ。絵画のように美しい。


……だが。 俺は知っている。あの涼しい顔の裏側を。


そして、今俺と彼女の距離は、およそ三〇メートル。

 まだ「音」は聞こえない。あの静止画のような美しさだけを堪能できる、最後の猶予ロスタイムだ。


「……行くか」


俺は覚悟を決めて、足を踏み出した。

 一歩、また一歩。 距離が縮まる。


二五メートル。二二メートル。

 そして――二〇メートル。


境界線を越えた、その瞬間。


(あああああああああああああああああああああああああッ!!)


ドォォォォォン!!

 脳内に、核爆発のSEと共に絶叫が響き渡った。


「……ぐっ」


俺は思わず立ち止まり、こめかみを押さえた。わかっていたことだが、想定以上の火力だ。


(来た! 来たわ! 佐鳥くんが来ました! 現在時刻12時58分! 2分前行動! 優秀! 好き!)

(総員、第一種戦闘配置につけぇぇぇ!! 『デート(仮)』作戦、これより本番フェーズに移行する!)

(衣装班、最終チェック急げ! 風で前髪が1ミリズレてるぞ! 直せ!)

(スカート丈よし! 清楚さと可愛さの黄金比率キープ!)

(今日の勝負下着の締め付けヨシ! 気合十分!)


心配するな、その下着の出番はない。


(議長! 佐鳥くんの私服を確認! 解析班、急いで!)

(はっ! ……黒のジャケットにジーンズ、インナーは白! シンプル! イズ! ベスト! 飾らない男らしさが爆発しています! なんだあれ! パリコレか!)


ユニクロだ。


(長めの前髪の隙間から覗く、アンニュイで切れ長な瞳! 普段は猫背で隠しているけれど、ジャケットの上からでも透視できる細マッチョの曲線美! そして私との身長差15センチという、キスに最適な黄金比! 運命か!)


偶然だ。


(ふぇぇっ、さとりくんかっこいいよぉ)

(保存! 脳内HDDに最高画質で保存だ! バックアップも取れ!)


彼女はまだ俺に気づいていないフリをして、あらぬ方向を見て澄ましているが、脳内ではパパラッチたちが俺の写真を連写しまくっている音が聞こえる。カシャカシャうるさい。


(よし、接触コンタクトするぞ!)

(プランA:気づいて笑顔で手を振る!)

(待て! それだと「待ち構えてました感」が出すぎて重いのでは!?)

(プランB:スマホを見ていて、声をかけられてから「あら、早かったのね」とハッとする演技!)


(採用! それだ! 女優魂を見せろ!)

(カウントダウン! 3、2、1……アクション!)


現実の朝比奈が、わざとらしくバッグからスマホを取り出し、画面を見るフリをした。

 ご丁寧に「ハッとする」練習のために、微かに肩を震わせている。それにしても今日の脳内会議はオールキャストだな。


……めんどくさい。


本当にめんどくさいが、これに乗ってやらないと、彼女の脳内で(演技失敗!? タイミング早すぎた!?)という反省会が始まってしまう。


俺はため息を飲み込み、彼女の背後から声をかけた。


「……よう、朝比奈」

「――っ!」


朝比奈がビクリと肩を跳ねさせ(これは演技半分、マジ半分だろう)、振り返った。


「あ、あら、佐鳥くん。……早かったのね」


完璧な笑顔。鈴を転がすような声。さっき脳内で可決された通りの台詞。

 頬がほんのり赤いのはチークのせいではなく、内なる興奮のせいだと俺にはわかる。


(言えたァァァァァ! 自然! 今の私、超自然だった! ノーベルアカデミー賞主演女優賞ノミネート確実!)


ノーベルなに?


(次は褒めるのよ! 彼の私服を! でもベタ褒めするとキモいからさりげなく!)


「その、佐鳥くん……私服だと、なんだか新鮮ね。……似合ってふ、似合ってるよ」


最後の方で少し噛んで、視線を逸らす。


(噛んだァァァァ! バカバカ私のバカ! 減点! マイナス5億点!)

(いや待て! 今の「恥じらい」は逆にポイント高い説あるぞ!)

(ポジティブに解釈しろ! 突き進め!)


「……朝比奈もな」


俺は短く返した。

 ここで俺も「似合ってる」と言わないと、彼女の脳内裁判が開廷してしまうからだ。


「その……いいんじゃないか、そういうの」


精一杯の褒め言葉のつもりだ。

 実際、恐ろしいほど似合っているし、そのために彼女がどれだけ悩み抜いたかが、脳内の(昨日のファッションショー5時間耐久の成果が出たぁぁぁ!)という絶叫から伝わってくるから、敬意を表してだ。


「え……」


朝比奈が目を丸くする。


(えっ? 今、なんて? いいんじゃないか? そういうの?)

(翻訳責任者! 佐鳥語を翻訳して!)

(あー、これは『最高に可愛い』『天使かと思った』『結婚してくれ』の同義語ですね)


その責任者解任しろ。


(キャァァァァァァァァ!!)

(嬉しい! 死ぬ! もう帰って仏壇に報告したい!)

(まだ始まってないから! これからデートだから!)


ボシュッ、と音がしそうなほど顔を真っ赤にした朝比奈は、口元を両手で覆ってうつむいてしまった。


そして聞こえてくるのは、第九……ではなく、今日はまた別の曲だ。

 メンデルスゾーンの『結婚行進曲』だ。パパパパーン、と高らかに鳴り響いている。


まだ駅前だぞ。


「……行くぞ」

「は、はいっ!」


俺は赤面したままの彼女を促し、歩き出した。

 電話の時の静けさが恋しいが、まあ、この騒がしさが「通常運転」だ。


俺の隣を歩く彼女の足取りが、スキップしそうなほど弾んでいるのを感じながら、俺は今日の買い出し(ミッション)が長時間に及ばないことを祈った。

試しにタイトル変えてみました

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