君、カバディをやらないかい!
翌日の昼休み。
俺はいつもの「聖域」――中庭のベンチに座っていた。
今日は珍しく朝比奈が委員会で呼び出されているため、隣からの「好き好きビーム」も「結婚行進曲」もない。俺は久しぶりに、純粋な炭水化物の味を噛み締めていた。
「よう、佐鳥。今日もここか?」
「お、佐鳥じゃん。お前ホントそこ好きだなー」
通りがかったクラスメートの男子数人が、サッカーボールを片手に声をかけてくる。
「……まあな。ここが一番風通しがいいんだ」
「そっか。俺ら向こうで蹴ってるから、気が向いたら来いよ」
「ああ」
俺は軽く手を挙げて応える。
一応、俺もクラスの中で完全に浮いているわけではない。こうして適度に言葉を交わし、「付き合いは悪いが無害な奴」というポジションを確立している。
幽霊部員ならぬ、幽霊クラスメート。それが俺の立ち位置だ。
だが、そんな俺も、自分から話しかける男が1人いる。
「佐鳥くん!」
俺の隣。巨大なタッパーに入ったブロッコリーとササミを咀嚼し終えた男、椛島貞治が、太陽のように屈託のない笑顔を向けた。今日もホワイトノイズの彼と一緒に昼飯を食べたわけだが、改まってどうした。
「昨日の実行委員の選出、お疲れ様! 朝比奈さんと組むなんて大変そうだけど、佐鳥くんなら大丈夫だと僕は信じているよ!」
「……どうも。まあ、適当にやるさ」
「謙虚だなぁ。……ところで、佐鳥くん」
椛島が、急に真剣な眼差しになった。
彼の脳内から聞こえていた(カバディ、カバディ……)という一定のリズムが、少しだけ熱を帯びて早くなる。
「単刀直入に言わせてもらうよ。――君、カバディをやらないか?」
「……は?」
唐突すぎる勧誘に、俺は箸を止めた。椛島は熱っぽく続ける。
「いや、ずっと気になっていたんだ。君のその姿勢の良さ、そして制服の上からでもわかる体幹の強さ! 上腕三頭筋の締まり具合……! 広背筋のライン……! カバディに必要な『掴んで倒す力』と『すり抜ける柔軟性』を兼ね備えている! さらに、いつも冷静沈着で、本当は頭もキレるだろう? ボクの目はごまかせないよ! 君はただ帰宅部で燻らせておくには惜しい素材だよ!」
こいつ、弁当食ってる俺のどこを見てやがる。
俺はたしかに鍛えているが、それは隠しているし、学校では猫背気味にして気配を消しているはずだ。だが、こいつの「筋肉センサー」とでも言うべき野生の勘は誤魔化せないらしい。
「いや、買いかぶりだぞそれは。それに、俺は部活には入らないつもりだし」
「そこをなんとか! 君なら『レイダー(攻撃手)』として覚醒できる! 僕には見えるんだ、君が『カバディ』と唱えながら敵陣を切り裂く姿が!」
見なくていい。幻覚だ。
「そして今カバディ部の部員は僕一人だけだ! 試合はいつも助っ人を借りているから、即レギュラーだよ!」
マジかよ。よくお前それでその熱量保てるな。
聞いた話だが、椛島は中学の時は他のスポーツをいくつかやっていたらしい。そのいずれでも全国レベルの実力があり、さらに陸上記録ももっているほどの猛者だ。
なぜカバディをやっているのかちょっと知りたいが、知りたいことに限って心の声で聴けることは少ない。
「いや……悪いけどちょっと……」
俺は即答で拒否した。
だが、椛島は引かない。いや、引かないというより、俺の拒絶の中に「悪意」がないことを悟って、逆に踏み込んでくる。
「……佐鳥くんは、爪を隠す鷹だね」
ふと、椛島が穏やかな声で言った。
見ると、彼の瞳には一点の曇りもない、純粋な称賛の色があった。
「授業中に先生が落としたチョークを空中でキャッチした時もそうだった。君は反射神経が異常に速い。……本当は、誰よりも『動ける』人なんじゃないかい?」
よくそんなこと覚えてるな。いつの話だそれ。
「……」
俺は心臓が少しだけ跳ねるのを感じた。
チョークの件は、無意識に体が動いてしまったミスだ。誰にも気づかれていないと思っていたが……まさか、この「歩くカバディ」に見られていたとは。小山内とは違う意味で、侮れない男だ。
「あれはまぐれだよ」
俺は努めて無関心を装い、卵焼きを口に運んだ。
「そうかい?」
椛島は不思議そうに首を傾げたが、それ以上深く追及してこなかった。彼の心には「暴いてやろう」という下心がない。「本人がそう言うならそうなのだろう」「言いたくないならほっとこう」と受け入れ、そしてすぐに思考が切り替わる。
(まあいい! いつか彼の魂がカバディを求める時が来るはずだ! その時まで、僕はキャプテンとして扉を開けて待つのみ! カバディ! カバディ!)
思考がシンプルすぎる。
だが、その裏表のなさ、計算のなさが、彼の美点だろうとも思う。
「……気が向いたらな」
「うん! いつでも待ってるよ! さあ、
午後の授業もカバディの精神で乗り切ろう!」
椛島は爽やかに笑い、再び(カバディ、カバディ……)という心の詠唱に戻った。
俺はそのリズムをBGMに、残りの弁当を平らげた。
……勧誘は鬱陶しいが、俺の本質に気づきつつも、それを言いふらしたり利用したりしないこいつの存在は、やはり貴重だ。もし、椛島が本当にカバディの試合で人数集めに困ることがあったら、一度くらいは……。いややっぱりやめとこう。
俺は苦笑し、中庭の風に吹かれた。




