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09 - きみの境界

『03 - 偽物の雨』より時掛くんと春日音夜空さんを召喚。

「例えばだね、時掛(ときかけ)


 ある夏の日の休日、縁側でのんびりしていた俺に話しかけてきたのは、この家の所有者であり、同級生でもある春日音(かすがね)夜空(よぞら)だった。俺は訳あってここに住んでいる。というか住まわされている。ルームシェアとかそんな感じだ。

 とまぁそれはどうでもいいが、とにかく、春日音が俺に話しかけてきたのだ。


「なんだ?」


 俺はぞんざいに返す。

 しかし春日音はそんなことお構いなしに俺の横に座ると、嬉しそうに話し始めた。


「例えばだね、時掛は私のことを夜空だと認識しているだろう?」

「そりゃまあ」

「なら、どこまでが私なんだろうね?」


 ……またわけの分からんことを。

 意味が分からないという顔をする俺を見て、むしろキラキラした目になっていく春日音。右手の人差し指を一本立てながら口を開いた。


「つまり、そうだな……私がこの長髪黒髪を短髪白髪にしたら、それは私だろうか?」

「それはもったいねぇな……、いや髪形変えただけじゃんそれ」

「それならさらに、声がハスキーボイスになったら?」

「ん……、まあ心配はするだろうが、それでも春日音に違いはないだろ」

「じゃあさらに整形して顔が別人になったら?」

「あー、うん、まぁそれでも春日音、かなぁ」

「じゃあさらに記憶を失ったら?」

「………」


 はたして俺はその時、春日音を春日音と言えるだろうか。春日音を春日音だと認識できるだろうか。それはすでに春日音夜空ではなくなっているのではないだろうか。


「つまりはそういうことだよ。世界に君は一人しかいないんだ、とはヒーローものの漫画でよくあるけどさ、はたしてそうなんだろうか、ってね」


 世界に一人しかいない。しかしてそれは、体のことか精神ことか。


「てか今はどこまでが春日音か、って話だろ? アリストテレスとはまた違う」

「確かに確かに。すまないね、話がずれた」


 謝りながらもクスクスと笑いながら口元を手で隠す。


「それで、時掛。君はどこまでが私だと定義する?」

「いや、定義もなにも」


 俺は一つ息をつく。


「お前がお前であるなら俺は春日音を春日音だと認識するさ」

「だからどこまでが、もしくはどこからが私なんだと言ってるんだよ。何があれば私なんだと思う?」 

「んー、そうだなぁ……」


 俺はあまり深く考えずに答えた。


「俺が、お前が春日音だという認識があれば、だな」

「は?」

「いやだから、俺が春日音だと認識してりゃあいいわけだ。例えば俺がお前を春日音だと認識しなくなったら、春日音が俺に再認識させればいいだけの話じゃね?」

「い、いや、そういう話をしてるんじゃ……」


 まったく、くだらない話を延々としたがるなぁ、お前は。


「春日音がなんでそんな難しい言葉で言ったのかは知らんが、春日音が春日音であり続ければいいだけの話じゃねぇか。こんな常識、何をそんなに考え込む必要がある?」


 本当に、なんなんだこいつは。


「……ふむ。誰でも知っている常識を難しい言葉で表現しただけ、なのかな、私の話は」

「ああ、そうだろうよ。子どもになんで自殺は駄目かと説いてる気分だったぜ」


 ふむふむ、そう頷き、春日音はそれっきり黙り込んでしまった。

 しかしながら、と俺は思考を続ける。

 さっき春日音が示した例。例えば春日音が事故にあって、髪がボロボロに抜け落ち脱色されて、声帯機能に支障をきたし、顔面整形手術をしなければならなくなり、頭を強く打って俺のことを全て忘れてしまったら―――。

 そんな可能性、ないとは言い切れない。

 その時俺は一体……。


「ま、時掛が記憶を失くしたら、その時はまた最初からやり直せばいいだけの話か」


 ふと春日音がそう漏らした。

 なるほど、また繰り返せばいいだけの話か。つか俺が難しく考えてたことをいとも簡単に答えを出せるんだな、お前は。


「……愚者に難しいことは賢者には簡単で、賢者に難しいことは愚者には簡単、ってか」

「なんだ時掛。誰かの言葉か?」

「誰だっけか。忘れた」

「なら思い出せ」

「ゲーテ」

「思い出してるじゃないか!?」


 漫才か。


「んで、なんでこんな話?」

「いやいや、私が私だと時掛に認識されていないとすれば、時掛が私のことを認識するに至るほど理解が深くないのではないからかなと」

「それは例えば俺が余すことなくお前の思考を十全に理解するってことか?」

「うん」

「そりゃあ無理だわ」


 それは無理な話だ。

 ってーか、オチが見えた気がする。


「しかし私は時掛に認識して欲しい、理解してもらいたいんだ!」

「……まあ理解を試みてやるから言ってみ」

「うむ。私はアイスが食べた―――」

「却下」

「―――い、って途中で割り込むのは反則じゃないか?」

「どうせ買ってきてとか言うんだろ? 却下だそんなもんメンドクサイ」

「いや、一緒に行こうと思って」


 ………。

 なんか、ずるい。


「そんな話するためにここまで引っ張ったのか」

「何を言う。言葉とは人類が進化しえた中では認識を共有するための貴重な能力の一つであって―――」

「置いてくぞ」


 俺は演説を続ける春日音を放置し、縁側からサンダルで出た。

 ちなみに財布というか、小銭入れはポケットに持っているので問題ない。


「あ、待って! 置いていくな!!」


 俺は追いすがる春日音を後目に、玄関から外へ出る。

 ああ、今日も暑いな。


「あつい……溶けそうだ……」

「いっそ溶けちまえ」


 春日音のぼやきに即答する。


 ………俺の歩調がいつもより少し遅いのは御愛嬌だ。

 どうも、黒色猫です。


 友人と短編遊びです。

友「君の」

私「境界」

友「教会チャーチ?」

私「違う、境界ボーダーだ」

 出来たタイトルが『きみの境界』。なんだかシリアス。そしてやはりシリアス(?)に。


 今回はアリストテレスさんとゲーテさん、ソクラテスさんにご協力いただきました。アンタら難しいこと言いすぎだ。もっと簡単に言え簡単に。


 書いてるうちにわけわからんようになったのは内緒。


 ではでは。

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