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05 - 神様のアトリエ

「兄よ。私の兄よ」

「なんだ、妹」

「とりあえず死んでくださああああああああああああああああい!!!」

「いやああああああああああああああああああああ!!!」


 拝啓。

 本日、俺は妹に命を狙われております。

 理由は置いておきまして、俺はこの妹にさんざん手を焼かされております。

 俺はとある高校に通う三年生。妹も同じ学年だ。なぜかというと、俺は四月生まれで、妹は三月生まれ。よく頑張りました。

 そしてその学校には、美術コースというのがある。

 俺は昔から手先が器用で、幾多の展覧会に絵を出し、金賞を多く取ってきた。神様に愛された子と新聞で取り上げられたこともある。

 それから俺はエリート人生をひた走り、学校でも一目置かれる存在である。

 その俺は、なぜか一度も彼女が出来たことがない。

 なぜだろう。


 その理由が目の前にいた。


「にぃ!! さっき一緒に歩いていた女は誰なんですか!?」

「クラスメイトだってすでに数十回言いましたよね!?」

「やっぱりあの女にぃを穢したんですねそうなんですか分かりましたでは今すぐあの女の臓物ぶちまけて鳥の餌にでもすれば二酸化炭素排出を減らす役割も果たせてそのほうがあの女も本望でしょうそうですそうだよきっとそうですうんじゃあちょっと行ってきますねにぃ」

「待って!? お願いだから待って!!??」


 妹が凄いから、なんだ。

 とにかく俺の周りに来る女子を片っ端から排除(比喩でなく)していくのだ。三年ともなれば学校中が知るところでもあり、俺に話しかけるような女子もいなくなった。

 ある意味妹の策略にハマった気がしないでもない。


「分かりました。とりあえず女は置いておきます」

「おお! 分かってくれたか妹よ!!」

「ではにぃ、死んでください」

「え、なにそれこわい。そしてなんで?」

「だって、にぃが死ねば女が寄ってくることももうないですし。大丈夫ですよ、にぃが死んでも私はずっとずっとずっとずっとずっとそばにいますから。あはっ」


 目的と手段が逆転してませんか!?


 と思いながらも、俺は妹に背を向け、家の窓から飛び出した。

 まだ死にたくない。


「ッ!? にぃ、待って下さい! じゃないと殺せません!!」

「そう言われて待つ馬鹿いないよ!?」


 そう突っ込みながらも俺は裸足で駆けて行くのだった。

 ある意味では愛されているのだろうけど、それも度が過ぎるとえらいことになると知ったある日だった。


 敬具。


 ……ちなみに、誤解が解けたのはそれから三時間後だった。



◆ ◆ ◆ ◆



 俺は神様の右手を持つ人間、らしい。

 たぶん利き手が右だからだろう。そう言われて嬉しいのは中学生までだ。………いや、中学でも鬱陶しかった。

 俺が賞を取るたびに新聞記者が取材に来て、プライベートを洗いざらい掲載する。それは俺の友人にまで及んだ。

 そしてお偉いさんが絵を描いてくれないかと依頼に来たりする。それは依頼の形ではあるが、一種の命令だ。


 ………違う。違うんだ。


 俺はそんなことのために絵を描いてきたんじゃない。


「んー、どうしよう」


 俺は十畳以上ある自分の部屋で、イーゼルの上に立て掛けられた白い世界を眺め、悩む。

 この前は海を描いたから、今回は山を描くか? いや、それとももっと近寄って木を描くか。空を描いてもいいかもしれない。逆にゴミゴミした都会を幾何学的に描くのも面白い。筆の種類は何にしよう。水彩か油彩かも考えなきゃなー。

 俺は木炭を左手で転がしながら構想を練る。なんというか、俺の描き方はどちらかと言うと物書きの考え方に近いように思う。

 ぶっちゃけ自分の中で話を考えるのだ。そして、その一場面を絵画としておこす。たった一枚の絵であっても、そこには物語があるのだ。

 先日の海の絵は、サンゴ礁に囲まれた恵み溢れる澄んだ海を描いた。そこでは熱帯魚が舞い、浮かび上がる水泡は幻想的であった。

 それを見たお偉いさんは、素晴らしい絵だ、と言った。綺麗で作者の澄んだ心情を表している、と。

 しかし、妹は違った。

『なにか悲しいことでもあったんですか?』

 出来あがった絵を見て、妹はそう言ったのだ。


「だから絵はやめらんねぇな」


 白紙のキャンバスを見ながらそう言って、少し笑った。

 言葉では伝わらないことを、ダイレクトに伝えてくれる。

 さてさて、それはそうとどうしよう。なに描こうか。展覧会に出すとは言ってもまだ時間はある。だけど、今日はどうせ休日だし。


「んんー、風景画から離れるか。じゃあ静物画とかー歴史画とかー、あとは宗教画か?」


 こうして口に出して考えるも、どうにも固まった頭は動き出さない。

 しかして、こういった時に限ってタイミングがよすぎる奴が来るんだよな。

 なんてぼんやり考えていると、次の瞬間、ドアがノックされていた。


「タイミングやべぇ。………だれですかー!」


 なんとなく分かりつつも、一応声をかける。


『私です。紅茶を入れましたが、飲みますか?』

「おお、ありがとよ」


 そう言いつつ立ち上がり、ドアを開けた。すると、お盆の上に紅茶を二組、それとスコーンをいくつか乗せたお皿を持った妹が立っていた。


「ん、さんきゅ」

「いえ、お構いなく。私もここでお茶してもいいですか?」

「ああ、もちろん」


 そう言って、妹を招き入れる。次に絵具やらで散らかっているテーブルを簡単に片づけ、そこに置くよう言った。

 実は、俺はこの自室兼アトリエには人を入れないようにしている。なんというか、ここは俺のプライベート過ぎる場所と言うか、絶対に入られたくない心の中といった感覚なのだ。

 他人はもちろん、友人や、両親でさえ入れない。一度母に入られた時は、本気で話し合った。そこで怒ってもなんの解決にもならないことが分かっていたからだ。結果的に理解してくれた親は、ドアを開けるまではいいものの、部屋の中には入らない、ということで同意してくれた。十分です。


「いただきまーす」

「ええ、どうぞ」


 俺はティーカップを持ちあげ、その琥珀色の液体を口に流し込む。その瞬間鼻に透き通るは店では味わえないほど上品な香り。


「これ、お前が淹れたんだよな?」

「ええ。どうでしょう、お口に合いましたか?」

「もちろん。美味いな」


 そういうと、顔を綻ばせ、妹も紅茶を飲み始めた。

 この部屋には人を入れないようにしている。が、妹は別である。それがなぜかというと、絵を描くきっかけが妹だったからだ。

 きっかけなんか簡単だ。事故って入院した妹のために絵を描き始めた、ただそれだけ。

 しかし、ただそれだけなために俺の絵は多少複雑になってしまった。

 というのも、俺の絵は必ず何かを語らなくてはならなくなったからだ。

 俺は入院中の妹のために絵を描いていたが、ちゃんと物語が頭に入っていないと妹は首を傾げるばかりだったのだ。一番最初に妹に困った顔で『この絵って、なにも分からないよ?』と言われた時は非常にショックだった。

 だから俺の絵は、物語の一ページなのだ。いわゆる挿絵。伝えたいことは、その先にある。

 なーんて、理解してくれる人が何人いるか。


「なぁ」

「なんですか?」


 妹はスコーンを口に頬張りながら応える。若干リスのような口に笑いを堪えつつ、意見を求めてみることにする。


「今回の絵って、どうすればいいと思う?」


 曖昧すぎる問だが、一を聞いて十を知る妹なら大丈夫だろう。

 妹は少し考えてからこう言った。


「何か希望めいたものがいいんじゃないでしょうか」

「希望?」

「ええ。前回があれでしたから」


 海の絵か。

 アレは綺麗な海の中にいるが、所詮は海の中だ。人が生きることは出来ない。口から漏れ出た気泡は太陽に晒されて美しく輝くが、それに引き換え自分は光の届かない底へ沈んでいく。

 その頃は記者や政治家が鬱陶しくて、そんな絵になってしまった。だからこそ美しい絵を描いたのだろう。ただの皮肉だ。


「んー、希望かー。輝いてる感じだよなぁ」

「そうですね」

「例えばお前の希望は?」

「にぃです」

「………」


 ………いつからこうなったんだっけ。いや、分からん。気付いたらこうなってたし。

 さて、希望かー。

 などと考えてながら視線を彷徨わすと、必然視界に入るのは目の前の妹。

 ふむ、風景画とかもいいが、人物画もいいかもしれない。


「なぁ、ちょっとお前描くわ」

「は、はぁ!? い、いやそれはちょっと恥ずかしいというか………」


 そんな言葉を無視してイーゼルを用意し始める俺。無意識にだが、フヒヒ、とか言っていたらしい。


「ああ、別に固まらんでいいから。ちょっとくらいなら動いてもいいから普通にしてて。………では」


 そう言って俺は思考を切り替える。頭に浮かぶ光景を木炭でキャンバスに写し出していく。

 そこから後は覚えていない。ただ、キャンバスに木炭を擦りつける音が室内に響いていたことだけ覚えている。



◆ ◆ ◆ ◆



 それから二ヶ月。


「にぃ、今日って展覧会の賞が発表される日ですよね?」

「んぁ? ………あー、そうかも」


 とある昼下がり、俺はソファーに寝転がり、テレビのチャンネルを弄っていた。妹は昼食に使った皿を洗っている。


「行かなくていいんですか? にぃなら金賞とか最優秀賞とかでしょう?」

「まぁそうかもしれないけど、別にいいや。今回のは完全に俺の趣味と言うか、周りのこと全く考えないで描いたから。それだけで俺はもう満足なのですよ」

「私を描いたんですから、最優秀でないと怒りますからね」


 ………もっと本気で描いた方が良かっただろうか。

 いや、あれはあれで本気だし、まぁなんとかなるか。


「いつ絵が帰ってくんのかね。展覧会が終われば返してくれるとは言ってたけど」

「またどこかの誰かが売ってくれってくるでしょうね」

「今回ばかりは売れねぇよ」


 ソファーから起き上がりながら苦笑する。

 アレは妹を描いた人物画だ。売るわけがない。


「そ、そうですか」

「ん、そうなんよ」


 そんな日常。俺が一番大事だと思える場所がここだ。

 いつでも帰る場所はここなんだろう。土地ではない、その人の近くという意味での、場所。

 ニコリと笑いかけると、妹は顔を赤くしながらも微笑んだ。

 うん、やっぱ“ここ”だな。

 そう心新たにする俺だった。


 展覧会の支配人から今すぐ授賞式に来てくれと連絡が来たのは、それから十分後のことだった。最優秀賞を取った人がいないのは、どうも拙いらしい。


「面倒くさい」

「私に言われても………」


 すまん。


 とりあえず、俺はこんな日常を愛している。

 いつかまた絵を描く時は、何を描こうか。また妹を描くのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、着替えの準備を始めるのだった。

 どうも。


 今回は紅夏さんと短編遊びです。

 どういったものかはもう説明しなくてもいいですかね? “03 - 偽物の雨”でも説明しておりますので。

 と、いうわけで今回はこんな感じです。


紅夏さん「神様の」

私「アトリエ」


 タイトル“神様のアトリエ”。

 ………なんだろう。とてつもないファンタジーな気がする。

 しかしあえてファンタジーにしないのが黒色猫クォリティー(低)。


 というわけで、こんなんできました。

 んん、低クォリティーですね。次はもっとちゃんとしたのを書きます。すいません。


 それでは。

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