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03 - 偽物の雨

「あつい………」


 私は縁側で寝そべりながら呟く。


「そりゃ夏だからな」


 奥から居候の少年が呟き返し、それもそうかと思いなおした。しかしそれで納得できるはずもない………、が、それ以前に反応する力が残っていなかった。


 ここは私の家だ。古き縁の日本家屋、と言えば聞こえはいいが、ただ単に古めかしい家なだけだ。

 ただ、やはり私は日本人なのか、ここにいると木の香りや藺草いぐさの香りがとても心地よいのは否めない。

 私が寝そべっている縁側は、一応は影に入っており、風の通りはいい。その風に揺れる香りは、とても心地よく眠りを運んでくる。


「………そしてそれを邪魔するのが、このあつさ、というわけだな………」

「あー? なんか言ったか?」

「いいや、ただあついなと言っただけだ」


 奥の方から少年、というか同じクラスの友人である時掛ときかけが話しかけてくるが、それに応えることすら億劫。これではニートのようではないか。

 ………ニート?


「私はニートではない!!」

「うおッ! な、何事?」


 っと、しまった。私としたことが大きな声を出してしまった。


「おーい、春日音かすがねさーん。なに大声出してんすかー?」

「いや、なんでもない」

「じゃあでけぇ声出すな」


 と、言いながら、時掛は私の方に歩いて来た。

 何だろうと寝そべり状態から体を起こすと目の前に、ドン、と赤いものが差し出された。


「………近くて見えない」

「じゃあ離れればいいだろうに………」


 時掛はそう言いながら、目の前の赤い物体を遠ざける。

 するとそこにあったのは………


「スイカではないか!」

「おー、家から持ってきた。食うだろ?」

「もちろん!」


 そう言って、かぶりつく。

 口の中に広がる柔らかな甘さと、今まで冷やしていたのだろう冷たさが、火照った体に沁みわたる。

 果肉の中にある黒い種は出すのが面倒だが、それを差し引いてもこの幸福感はなかなか味わえないものだろう。


「………うまい」

「そか。良かった良かった」


 そう言うと、時掛は私の隣に座り、同じようにスイカを食べ始めた。


「………」


 ふと、耳を澄ませてみた。

 この辺りは木々が多いせいか、蝉の声が時雨のように降り注いでいる。その音に隠れるようにして鳥のさえずりが聞こえ、………軽やかな風鈴の音が聞こえた。


「………風流だな」

「ん? 風鈴か?」


 その言葉に笑顔が浮かんだ。どうやら時掛も私と同じようなことを考えていたらしい。


「な、なんだよ。違ったのか?」

「いや、正解だ。流石だな、時掛は」


 そう言うと、時掛は少し居心地悪そうにして、スイカを一気に食べ終えた。

 そしてどうするのか見ていると、縁側からサンダルを履いて庭に出たのだ。


「おい、あついだろう。どうかしたのか?」

「いや、花に水やっておこうかと」


 そう言えば最近雨が全然降らない。降ったとしても局地的なもので、しかもごく短時間しか降らない場合が多いのだ。

 だから最近では毎日の水やりが当たり前になっている。


「そうか、ありがとう」

「ま、多少強引な経緯があったとはいえ、一応は居候だからな。これくらいの仕事はするさ」

「う………」


 くそぅ、時掛の奴、まだ根に持っていたのか。

 というか、今、時掛がやってる水やり以外にも家事洗濯から買い物までこなしているのだから、ありがたくもこいつの行く末が恐ろしくはある。


「しっかし、雨降らないなー」

「………そうだな」


 そう言ったきり、時掛は空を見上げ、黙り込んでしまった。

 それにつられて私も空を見上げる。

 こんなに空は大きいのに、私が見る空なんてほんのごく一部だ。いつか世界中の空を見てみたい。それが子どものころからの夢だった。

 それから視線を下げ、時掛を見た。

 彼はまだ空を見上げていたが、私のような憂い顔ではなく、どこか楽しそうな横顔。それを見て少し私の心も晴れたのは、どういうことだろうか。


「なぁ、春日音」

「ん? なんだ?」


 その声と同時に、時掛はこちらを向く。

 その楽しそうな、どちらかと言えば悪ガキのような顔に、少し心拍数が上がったような気がした。


「雨が降らないなら、降らせればいいんだよな」


 なんだその豊臣秀吉的思考回路は。雨乞いでもするのか?

 そう思っていると、時掛は庭の隅にある水道の蛇口をひねり、ホースを上へ向けた。

 次の瞬間、


「………おお」


 空高く舞い上がった水は、あたかも雨のように降り注ぎ、木々を、土を、心を潤してゆく。

 それは偽物の雨。しかし、それは確かに何かを潤していく。


「どうよ。これで少しは涼しくなるだろ」


 そう言って笑う時掛に、いつの間にか私もつられて笑顔になっていた。


「よし、時掛! 私にもホースを貸せ!!」

「なッ! お前に渡したら部屋ん中まで水浸しにするだろうが!!」

「そんな昔のこと忘れた!!」

「昨日のことだよ!?」


 そう言い合いながら、ホースを求め庭を駆け巡る。


 昼過ぎの太陽はまだまだ元気で、光は燦々と降り注ぎ、そして庭の隅には小さな虹が掛かっていた。

 どうも。


 これはkei---kuma.Tさんとの短編対決(?)です。

 どういうものかと言うと、同タイトルで短編を書いてみようという企画でして、私が「○○の」と言い、keiさんが「××」と言います。それによって出来たタイトル「○○の××」というタイトルで短編を書いたわけです。

 それで私が出したのが「偽物の」。keiさんが「雨」。

 ………なんだかとってもシリアス。

 というわけでのんびりに変えてやりました。


 kei---kuma.Tさんのところにも同タイトル「偽物の雨」で短編が投稿されておりますので、そちらも良ければご覧くださいませ。その違いを楽しんでいただけたなら重畳です。


 それではこのあたりで失礼します。


 ではでは。

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