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11 - ラプラスの悪魔は笑わない

「貴方様は未来……いえ、知性、というものをどうお考えですか? それはとても不可思議で無意味に有意義な存在ではありますが、それがないとどうしてもどうやってもこの世界で生きていけない、なんてことは到底ありえないと断言できます」


 学校からの帰り道のことである。僕は聞き及ばぬ声で呼ばれ、見知らぬ顔に訊ねられた。

 少女と言っていい風袋ではあるが、しかしまるで嵐の前の静けさのようにその落ち着き払った声は、どうにもその外見と内面を一致させない、不思議な少女だった。


「誰だお前」

「質問に詰問で返すとはいい度胸ですね」

「別に責めてないし問いただしてもいねえよ」


 黒くてゴシックなロリータ的衣装を身に纏った少女は憮然として答えた。

 どうやらこの子は僕と話がしたいらしい。それが話という分類に入るものなのかは一日家に引きこもって考えたいところではあるが、そんな余裕もないし必要もないだろう。


「それで、君は何が言いたいんだい?」

「その耳の穴かっぽじって良く聞きなさい。貴方様は知性と言うものに対してどうお考えですか?」

「知性。知性ねえ……。そうだな、あって困るものじゃあないだろ。現に人間はその知性によって発展してきたんだからさ」

「これだから劣等種は……」


 はあ、と少女は深い深いため息をついた。こっちが不快になるわ。


「では貴方様は人間が生み出した数々の兵器も人類の発展のためだと? それによってどれだけの人間が死んだか知っているんですか? そもそも貴方様がどうお考えなのか聞きたかっただけで他の人類の話など誰がしました? 思考回路が愚鈍にもほどがありますよこの劣等種め」

「………」

「劣等種めっ」


 なぜ二回言った。しかもちょっと可愛かったし。


「どこにでもメリットとデメリットは存在するものだろ。リスクプレミアムでもそうだけど、ハイリスクハイリターンは必然的なものじゃないのか?」

「残念ながらマクロ的にはそうでしょうけど、ミクロよりミクロな個人レベルの話で言えばローリスクハイリターンも可能性としては存在します」

「それは可能性の話で言えばなんでもありだろうさ。今すぐに隕石が落ちてきて地球が破壊されるなんてことも可能性とすればあるだろうし」

「ありえませんね」


 少女は僕の意見を全否定した。


「だってそれならNASAあたりから全世界に発表があるはずですし」

「いや、まあそれはそうだろうけどさ……」

「そのNASAでさえ観測できないダークマターとかが劇的に質量を持って地球に衝突、というのは可能性としてはあるんじゃないですか? というか『なんらかの要因で』と言う言葉を付ければ限定的ではありますが可能性の可能性はひろがりまくりますね」

「広がりまくりですか」

「広がりまくりマクレーンです」

「マクレーン!? マクレーンまくられてんの!?」


 意味が分からねえ!


「私は背番号五十の彼を応援していますよ」

「マクレーンってまさかのエバン・マクレーンなの!? オリックスの投手だよ!?」

「そういえば一時期西武ライオンズにいた彼は今どうしているんでしょうね」

「マックか? スコット・マイケル・マクレーンのことを言っているのか!?」

「ですが最も不幸な男と称えられる彼なら、手榴弾を撒かれようがマシンガンを撒かれようが大丈夫でしょう。だって彼は―――不死身の男なのですから!!」

「それはジョン・マクレーンだよ! ダイ・ハードの主人公だからフィクションだからね!?」

「きっと右手には幻想殺しが宿ってて、敵にいちいち説教しながら殴り飛ばしているんでしょうね」

「不幸違いだよ! 上条さんは手榴弾もマシンガンも撒きません!!」


 少女は「ふむ」と腕を組み頷いた。


「素晴らしい突っ込みですこれは私も退屈しなくて済みそうです」

「そりゃあ良かったな……」

「ええ。貴方様は私が退屈しないように最新の注意を払うべきです」

「何? 細やかな気配りじゃなくて目新しい注意が必要なの? それをいちいち僕に考えろと!?」

「まあそれは置いておくとして」

「置いておくなよ!」

「拾っていいんですか?」

「置いといてください」


 話が進まないったらありゃしない。


「ところでですね、例えば可能性という可能性を吟味し精査し可能性の高い順に並べていったらどうなると思います?」

「そりゃあ……どうなるんだ?」

「だから貴方様は劣等種なのです。例えば今空気中に存在する微粒子から分子から原子から何から何まで、これからどう動くのかが把握できるとするわけですよ。それを観測できた時、一体何が起こるのでしょうね」


 物質の可能性を観測できる……? 例えば空気中にある酸素原子と水素原子がくっついて水分子になる、ということを事前に高確率で起こることを知っている。とすればこれは、一種の未来予知になるんじゃないか?


「分かったようですね。それが現在の、知性の、一つの、到達点」

「……天気予報じゃなくて天気予知の時代が来るかもしれないってことか」

「それはなかなかに本質を捉えた表現ですね。初めて知性と言う面で貴方様を優秀だと思いました。これを二人の記念日といたしましょう」

「どんだけ馬鹿にされてんだ僕は!」


 まあ、と少女は面白くなさそうな声で続けた。


「それは擬似的な予知であって、未来などない、というのが私の持論ですが」

「そうなのか?」

「だって考えても見てくださいよ。それは高確率なだけで確定ではないんですよ? 数多ある可能性の中で、一番太い枝を見つけただけではないですか。先ほども言いましたがこれは持論であって他人に押し付けるような愚は犯しませんが、人は過去に向かって延びる道を逆走しているのではないのかと思うんですよ。振り返れば過去に向かう道はありますが、未来への道はない。そこはきっと暗闇の世界で、一歩踏み出した先に穴があるのかそれとも棘があるのかも分かりません。ですが、そこに地面を感じて一歩足を地に着けることが出来れば、その一歩分、道は出来るんです」


 少女の言うことは難しくて僕には半分どころか四半分も理解できたか分からない。でも、何かを訴えようと、理解してもらおうと一生懸命に話す彼女の姿は、どこか憧れを抱かせた。


「―――と言うわけです」

「なるほどね。……でもどうしてそんな話を僕に?」

「ああ、そういえばそうでした。貴方様があまりにも話しやすかったものでついつい話し込んでしまいました。かたじけない」

「武士かよ」

「理由は簡単です。私のことを知ってもらおうと思ったのと貴方様を知っておきたいと思ったのと、御挨拶です」


 御挨拶? どういう意味だろう。というかいい加減そこをどいてくれないと僕は家に帰れないんだけど。

 なんてったって彼女、僕の家の前に仁王立ちしているからだ。


「では改めて御挨拶させていただきます。私は美凪。今日から貴方様の妹になる者です」

「……うん?」

「よろしくお願いします、お兄様」




 ……………先生、事件です。

 

 続かない。と思う。

 なんか情景描写を極力減らして一人称の小説を書きたかったのです。その結果がこれだよ。


 ラプラスの悪魔、というのはラプラスさんが提唱した概念でして、この世にある物質の運動量やら位置やらを全部観測できる存在がいるとするなら、そいつは未来を知れんじゃね?って概念です。

 そんな全知全能の超越的存在、私は神くらいしか知りませんけどね。


 ではでは。

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