10 - 彼と彼女のハロウィン
毎度おなじみ春日音夜空さんと時掛くんの、ハロウィンなある日。
「はっぴーはろうぃぃぃいいいいん!!」
「………」
「………」
「………」
「ヒャッハーァ!」
「いやいやいや」
こっちの冷め切った感情を完全に無視し、春日音はテンションを上げた。てかすでに上がってた。
「なんだよ急に……」
「今日は何日でしょう!?」
急に言われても思い出せず、俺はケータイを取り出して日付を確認した。
「……十月三十一日だけど?」
「はろうぃぃぃいいいん!!」
「……?」
ハロウィン? あれって今日なの?
「正確にはオールハローズイヴ!」
「知らんがな」
「All Hallows eveが訛ってHalloweenになったって先生が言ってた」
「誰だその先生って」
「Wiki先生」
……誰だマジで。
「それはそうとトリックオアトリート」
「じゃあトリックで」
「菓子渡せや」
「強制!?」
それもうオアとかじゃねーよ。ただのトリートじゃん。
「というかだな、春日音サン」
「何だね時掛」
「実を言うと、今授業中なんですよ」
「それがどうした?」
「………」
彼女自慢の黒髪とともに、首をコテンと傾げた春日音を視界に収めつつ、俺は何気なく現状を確認する。
昼前ラスト一限。内容は国語。教師は今年三十になると危機感を覚えている我が担任の独身女性。
俺の席は窓側最後列。春日音は別クラスで、なのになぜか教室後方の扉を開け放ち、俺にトリートを叫んだ。
「世知辛ェ……」
俺は春日音から視線をはずし、窓から見える青空を見上げた。教室内の視線は、俺か春日音に固定されている。先生は唖然とした状態から、徐々に涙目になってきている。
「すまんが春日音、菓子は持ってきてないぞ。食いたければ帰ってから作ってやるから」
「ふむ、それもいいが思い立ったが吉日というしな。ここはおとなしくトリックしてやろう」
どうやったらおとなしくトリックできるのかと疑問になる。特にコイツの場合。
「では参ろうか」
「………どこに」
「アイルランドとかその辺」
「………」
どうしてこうなった。
「んーとだな………」
俺の頭が疑問に埋め尽くされるその一歩手前で春日音は扉の向こうに何か持ってきていたらしく、ゴソゴソとしだした。
なにが始まるんだろうと思って見ていると、……ある意味予想外で予定通りのことになった。
「ハロウィンといえばケルトだろう!」
キラキラした表情で現れたのは、黒い帽子に黒マント。いわゆる魔女のような格好をした春日音だった。
きっとこいつが魔法を使うとしたら、確実に黒魔術だろうなぁ。
「……で、アイルランドなのか」
「その通り! ハロウィンというのは古代ケルトで言うところの収穫感謝祭だからな。彼の地では十一月一日が冬の始まりで、なお且つ新年の始まりでな、一日の始まりは日没だったそうだ」
「ふぅん……、でもそれって旧暦かなんかで実は違う日だった、とかいうオチはねぇよな」
「どうだろうね」
「それは調べとこうよ」
「まぁぶっちゃけ私がアイルランド旅行に行きたいだけなんだ」
「ぶっちゃけ過ぎじゃね!?」
バララララララ
「と言うわけでぇ!!」
バラララララララララ
「我々は今からぁ!!!」
バララララララララララララララ
「アイルランドへ行きます!!!!」
何かバラララとすげけ音がするので外を見て見ると、……なんかゴツいヘリが降り立ってた。絶対普通のヘリじゃねぇ。もっとこう、軍用な感じのスピードがまじやべぇみたいなヘリな気がする。
てか絶対そうだ。乗ったもん前。
「なにこれ既視感」
「既視感などではない。以前乗ったやつと同型機だ」
あー思い出される。こいつと初めて会話して懐かれたその日、世界一周旅行に拉致されたあの日を。あの日、さすがにゴンドラでは無理だって言っといて良かった。今ごろ海の藻屑と化しているところだった。
まぁ今まさにその可能性も出てきたんですけどね。
「俺に拒否権は……?」
「ない」
「ですよねー」
「確保」
そう春日音が言った途端、教室内に黒服の大柄な男が四人入ってきた。これも見覚えがある光景。そして拘束されて教室を出て行くことも身に覚えがある状況。
自分のクラスどころか他のクラスの生徒たちも見守る中、俺は廊下を担がれながら進み、下足室で靴を履き換えることもなく、ヘリに投げこまれた。
「おいおい……勘弁してくれよ……」
「HAHAHA! 坊主も大変だなぁ!!」
話しかけてきたのはヘリのパイロットだった。
「あれ、もしかして以前と同じパイロットさん?」
「Yes! お嬢に懐かれたのが運の尽きだと思え! いや、逆玉か!?」
相変わらずテンションが高い。
春日音はちょっと送れてきたのだが、俺の荷物と春日音の荷物を家に置いてくるよう他の黒服に指示していたらしい。
「さあいざゆくぞ! 古代ケルトはドイルドの世界へ!」
「異世界にでも行く気かお前は」
「知ってるか? ケルトのハロウィンでカボチャ……まぁ本来はカブだが、それに火を灯したりする意味」
「……いや、知らんけど」
「あれは悪霊払いなんだ。怖がらせて帰らせるってこと。そこで疑問なんだけど、なんでこの時期だけこんなことするんだと思う?」
「ん? 悪霊を払うためだって言ったじゃねーか」
ヘリの扉が閉められた。すでに物々しいシートベルトとヘルメットは装着済み。ヘリの音がうるさいので、無線のスイッチを入れた。
「そう、悪霊が出るからなんだ。それはなぜか。……単純な答えだよ。その時期、ケルトの地ではこの世と異世界を繋ぐ、目には見えない門が現れるらしいんだよ。そこを悪霊やら妖精やらが通るって訳だ」
「……じゃあなんだ。異世界旅行でも楽しむつもりか?」
「いや、流石に非科学的だとは思うけどね。でもそのほうが楽しいじゃないか」
こちらを向いて満面の笑みを見せる春日音。ああもうこうなったらどうしようもないか。
「……ま、付き合ってやるよ、それくらいなら」
「そうこなくてはな!」
「はいはい……」
もう俺は諦めた。どうせ向こう行って帰ってくるだけだ。観光だ観光。アイルランドって何があったっけ。
そんなことを考えながら、浮かんでいくヘリに身をゆだねる。しかし今は、どちらかといえば向かうまでが大変である。
「Hey! そろそろ行くぜ、ぼうずにお嬢!」
「ヒアウィーゴー!」
「どんだけテンション上がってんだこいつら……」
パイロットと春日音に突っ込みながら、俺は目を閉じた。どうせ気絶するんだ。今目を閉じたほうが幾ばくかマシだろう。
「ちなみにパイロットさん」
「なんだいボーイ!」
「このヘリ、時速何キロ出るんですか?」
「五百」
「………」
「………」
それ、ヘリの限界速度超えてるんですけど。
ヘリは飛び立ち、程なくして俺は意識を手放した。
無事に着けばいいなぁと、願いながら。
続かない。