第7話:変なゴミ(?)が届いているようです。
「……殿下、また例の『ゴミ』が届いております」
帝都の執務室。
有能な文官が、汚物でも持つような手つきで、
銀のトレイを差し出してきた。
けばけばしい金色の装飾が施された封筒が、
山のように積まれている。
アレックスは、書類にペンを走らせる手を止め、
冷徹な視線をその束に向けた。
送り主は、隣国の王太子カイル。
数日前、至宝たるティナを「無能」と罵り、
路頭に迷わせようとした愚か者だ。
「今朝だけで、何通だ」
「二十通を超えました。内容を確認したところ、
『早く戻って結界を張れ』
『婚約破棄はなかったことにしてやる』
といった、支離滅裂な独り言の羅列です。
……よほど余裕がないようですね」
「……ふん」
アレックスは鼻で笑い、ペンを置いた。
ティナは今、隣の図書室で、
「この魔導書の索引、
もっと検索しやすく整理してもいいですか?」
と楽しそうに鼻歌を歌っている。
彼女が前世の記憶を頼りに生み出す様々は、
この国の魔導技術を数百年単位で加速させた。
そんな彼女に、
この醜悪な強欲が綴られた紙切れを見せるなど。
視覚の暴力でしかない。
「ティナには知らせたか?」
「滅相もございません。あの方は今、
『お昼寝用の最高級ブランケット』
のカタログを真剣に選んでおいでです。
このような狂人のポエムで、
あの方の平穏を乱すなど、帝国の損失です」
「……良し。これ以降、
あの国の紋章がついた書簡はすべて、
私の目を通す前に裁断にかけろ。返信も不要だ」
「御意。……あ、ですが一通だけ、
あちらの『大聖女』とやらの血判状、
らしきものが混じっておりましたが」
「燃やせ。衛生的ではない」
アレックスの言葉に、
文官は深く一礼して退室した。
少しして、廊下から、
カシャカシャと紙が裁断される音が聞こえる。
その時、図書室の扉がひょこっと開いた。
ティナが顔を出す。
「アレックスさーん! ここの書棚、
『自動整頓マクロ』を組んでおきました!
これで誰が本を抜き取っても、
五秒で元の位置に戻りますよ!」
「……ああ、素晴らしいな、ティナ。助かる」
アレックスは、先ほどまでの表情を霧散させ、
慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
彼女の指先が、帝国の知識の根幹を、
まるで掃除のついでに神の業へ書き換えていく。
「何か音がしますけど……お掃除ですか?」
「……ああ。ただ、
不要なゴミを処理させていただけだ。気にするな」
「そうなんですね。アイゼンガルドは、
ゴミの分別もしっかりしてて素敵です!
前の職場なんて、不要な書類が山積みで、
私の結界の中に突っ込んで燃やしてましたから。
本当に、転職してよかったです!」
ティナは「えへへ」と、屈託のない笑顔を見せた。
彼女にとって、かつての国は、
「二度と思い出したくない劣悪な職場」であり、
その元上司が今、国を滅ぼしかけながら、
自分に助けを求めているとは、
想像の端にも及ばない。
「転職、か。……私は君を、一兵卒ではなく、
生涯の伴侶として迎えたいと思っているのだが。
……福利厚生としては、
これ以上ないものを用意するつもりだ」
「えっ! 専属契約ですか!? いいですよ!
アレックスさんは、
前の国の人たちみたいに『無能』とか言わないし、
ちゃんと定時に帰らせてくれますもんね!」
「……ああ。約束しよう。君を縛るのは、
私の愛……いや、この快適な環境だけだ」
アレックスは、彼女の手を優しく包み込んだ。
この至宝を、あの愚か者たちの元へ返すなど、
天地がひっくり返ってもあり得ない。
その頃、国境の向こう側。
「陛下! 手紙が……!
すべて送り返されるどころか、
国境付近のゴミ捨て場に放置されています!」
「そんな……! ティファーニア!
私の……私の婚約者だろう!
冗談は終わりだ! 出てきてくれ!」
カイル王太子は、魔物の咆哮が響き渡る王都で、
二度と届かない名前を叫び続けていた。




