第1話:有給消化が、始まります。
「ティファーニア。
貴様との婚約を破棄し、聖女の座を剥奪する!」
王立神殿の真っ白な大広間。
王太子カイルの声が、高く、
そして傲慢に響き渡った。
彼の隣には。
瞳をうるませた、妹のメアリが寄り添っている。
彼女は昨日、歴代最大級の神聖力を発現させた、
期待の『大聖女』様だ。
「お姉様……ごめんなさい。カイル様は、
私の方が『効率がいい』っておっしゃるの。
でも、お姉様のちっぽけな魔力じゃ、
もう結界は維持できないわ」
私は無言で頭を垂れた。
周囲の神官や貴族たちは、私を憐れむ……、
というより。
「役立たずがようやく消える」とあざ笑うような、
そんな視線を向けてくる。
……ふむ。
状況を整理しよう。
私は、前世で過労死した社畜OLの記憶がある。
六歳で聖女に選ばれて以来、この十年。
朝五時の祈祷に始まり、深夜まで国境の結界維持。
週七日勤務、残業代0、休日返上のブラック環境。
対して、今カイル様が言った「婚約破棄」と、
「聖女剥奪」。
これを、社畜語に翻訳するとこうなる。
『即日解雇(退職勧奨)』。
「……カイル様。聞き間違えでなければ、
私は、本日をもって自由ということで……。
よろしいですね?」
「ふん、命乞いをしたところで無駄だ!
貴様のような無能な聖女、この国には必要ない」
「分かりました。受理します」
私はスカートの裾を掴み、
完璧なカーテシーを披露した。
内心では、ガッツポーズが止まらない。
やった。辞められる!
有給なんて概念すらなかったけど、
十年間溜め込んだ未消化の休みを思えば、
これからの人生全部が夏休みだ。
「ただし」と、私は顔を上げた。
「後任のメアリ、ならびに神殿の皆様。
引き継ぎ資料は、
私の部屋の机に置いてありますが……一点だけ。
私が維持していた『神聖力の循環構造』は、
私個人の固有スキルです」
「黙れ! メアリの莫大な魔力があれば、
貴様のちんけな工夫など必要ない!」
カイル様が吐き捨てた。
なるほど、物理(魔力)で殴れば、
全て解決すると思っているタイプだ。
「そうですか。では、今までお世話になりました。
私の『神聖力』、全量返上(お返し)、
させていただきますね」
私は目を閉じた。
胸の奥にある、魔力の源に手をかける。
十年間、一秒も休まずに国中に供給し続けていた、
魔力のラインを、一つ残らず「オフ」にする。
ピキィィィィィン!
大広間の空気が、一瞬で凍りついた。
天井に描かれた魔法陣が、
嫌な音を立てて消滅していく。
「な、なんだ!? 急に冷え込んできたぞ……!」
「カイル様、結界の維持装置が……。
止まりましたわ!?」
焦るメアリの声を背に、私は軽やかな足取りで、
出口へと向かう。
「当然です。私の魔力で動かしていたんですから。
これからは大聖女様の高出力な魔力で、
二十四時間フル稼働、頑張ってくださいね。
……ああ、
三徹くらいは覚悟しておいた方がいいですよ?」
「待て! ティファーニア! どこへ行く!」
背後からカイルの怒声が聞こえる。
が、私は振り返らない。
「どこって。
……有給消化に決まっているじゃないですか」
目標は、隣国にあるというーー、
「魔力を癒やす伝説の隠し湯」。
社畜の疲れ、温泉で溶かしてきます。
国門を出た瞬間。
私の前には、見たこともないほど、
蒼い空が広がっていた。




