第八十五話 「ピロートーク。俺の胸で微睡む竜娘と、取り返しのつかない愛おしさ」
嵐のような情熱の奔流が過ぎ去った後のベッドは、ひどく静かで、ひだまりのように暖かかった。
乱れたシーツの上に横たわり、俺は腕の中にすっぽりと収まっている竜娘の銀髪を、ゆっくりと撫でていた。
「んん……えへへ、ししょーのにおい、いっぱいする……」
ミリムは俺の胸にぴったりと頬をすり寄せ、子猫のように喉をゴロゴロと鳴らしている。
先ほどまで限界を突破して燃え上がっていた彼女の異常な高体温は、俺の体温と混ざり合い、今は心地よい温もりへと落ち着いていた。
「『熱力学第零法則』だな」
俺は、彼女の滑らかな背中をさすりながら、ぽつりと呟いた。
「ねつりきがく……?」
ミリムが、とろんとした目を薄く開けて俺を見上げる。
「温度の違う二つの物体を接触させておくと、熱は高い方から低い方へ移動し、やがて同じ温度になって安定する。これを『熱平衡』と呼ぶんだ。……お前の熱と俺の熱が混ざり合って、今は完全に一つの系として安定している」
「むずかしいことはわかんないけど……」
ミリムは俺の胸元にちゅっと軽いキスを落とし、嬉しそうに目を細めた。
「ミリムといま、おんなじ温度なんだね。お腹のなかも、ししょーの熱いのでいーっぱいで、すっごくぽかぽかしてる」
彼女の無邪気でストレートな言葉に、俺は思わず苦笑して息をついた。
先ほどの衝動的な行動の痕跡――俺が彼女の最も深い場所に注ぎ込んだ『流体』の存在を、彼女自身が何よりの幸福として受け入れている。物理学者として、これほど不可逆で、責任の重い事象はない。
「……後悔していないか、ミリム。お前はまだ子供だと思っていたが、これで完全に大人の階段を、しかも三段飛ばしで駆け上がってしまったぞ」
「ううん、ぜんぜん! ミリム、ずっとししょーのお嫁さんになりたかったもん!」
彼女は俺の首に腕を回し、ギュッと力強く抱きついてきた。
「ししょーは、後悔してる……?」
少しだけ不安そうに揺れる真紅の瞳。
俺はそのまぶたに優しく唇を落とし、彼女の背中を抱きしめ返した。
「するわけがないだろう。……ただ、明日からのエントロピーの増大(修羅場)を計算して、少し頭が痛くなっているだけだ」
「あはは! アリアとクロエ、ぜったい怒るね! でも、ミリムがししょーを守ってあげるからだいじょうぶ!」
最強の物理耐久力を誇る竜娘が味方についてくれるのは心強いが、あの二人の『絶対零度』と『事象改変』の前では、屋敷そのものが更地になりかねない。
「まあ、明日のことは明日考えよう。今はただ、お前の熱力学的な変化を観察していたい」
「うん……ししょーの心臓の音、トクトクいってて、すごくすき……おやすみなさい、ししょー……」
安心しきったミリムの呼吸が、やがて規則正しい寝息へと変わっていく。
俺は彼女の柔らかな寝顔を見つめながら、シーツを引き上げて二人の身体を包み込んだ。
取り返しのつかないことをしてしまった。だが、胸を満たすこの穏やかな感情は、どんな数式を用いても証明できないほどに愛おしく、俺の心を完全に満たしていた。
朝になれば、俺の魔力と匂いを全身に(そして内側にも)纏ったミリムを見たアリアたちが、どんな顔をするかは火を見るよりも明らかだ。
俺は静かに覚悟を決め、愛しい竜娘の温もりに抱かれながら、深い眠りへと落ちていった。
「事後の甘々タイム最高!」「明日が怖すぎるw」
と思っていただけたら、
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