第八話 「国王陛下が泣きながら謝罪に来たが、ポチと目が合って寿命が縮んだようです」
王都のメインストリートは、異様な光景に包まれていた。
宿屋『黄金の月』の前で、近衛騎士団三百名が、まるでカエルのように地面にへばりついているのだ。
「お、重い……指一本動かせん……」
「誰か……助けてくれ……」
彼らの装備重量は、俺のデバフによって千倍になっている。
呼吸をするので精一杯だ。
そんな地獄絵図の中を、豪奢な馬車がゆっくりと進んできた。
王家の紋章が刻まれた、国王専用の馬車だ。
「……なんと」
馬車の窓から顔を出したのは、白髪の老人――この国の国王、レグルス三世だった。
彼は目の前の光景に絶句していた。
「報告では『ヴィクトルなる逆賊が暴れている』と聞いたが……これは、騎士団が全滅しておるではないか」
「へ、陛下! 危険です! 下がってください!」
護衛の近衛隊長が叫ぶが、国王は首を横に振った。
「馬鹿者。これほどの魔法使い相手に、逃げられると思うか? それに、余は確認せねばならんのだ。勇者アルヴィンの報告が真実かどうかをな」
国王は震える足で馬車を降りた。
そして、騎士たちの死体(のように見える動かない山)を乗り越え、宿の入り口へと向かった。
◇
その頃、俺たちは食後のデザートを楽しんでいた。
鍋敷きにされた王家の書状は、いい感じに焦げて香ばしい匂いを放っている。
「師匠、この焼きリンゴ、美味しいですね」
「ああ。ポチのブレスで焼いたからな。火加減が絶妙だ」
中庭のポチは、窓から顔を突っ込み、器用に鼻息でリンゴを焼いてくれていた。
実に便利なトカゲだ。
コンコン。
今度は、控えめなノックの音がした。
さっきの無礼な勅使とは大違いだ。
「どうぞ。鍵は開いている」
俺が許可を出すと、扉がゆっくりと開き、国王が入ってきた。
背後には数名の護衛がいるが、全員顔色が悪い。
「……失礼する。余が、この国の王レグルスだ」
国王は緊張した面持ちで名乗った。
そして、まず最初に目に入ったもの――テーブルの上で鍋敷きにされている『自分の書状』を見て、ピクリと眉を跳ねさせた。
「……それは、余が送った勅命書に見えるが」
「ああ、これか。紙質が良かったんでな。役に立ったよ」
俺は悪びれずに答えた。
アリアに至っては、「何か文句でも?」と言わんばかりにフォークを構えている。
国王は深く息を吐き、そして俺の顔を直視した。
「ヴィクトル殿、とお見受けする。単刀直入に聞こう。表の騎士団をあのような姿にしたのは、貴殿か?」
「そうだ。彼らがうるさかったので、少し静かにしてもらった」
「……殺してはいないのか?」
「殺すわけがないだろう。死体処理は面倒だし、合理的ではない。ただ装備を重くしただけだ。あと一時間もすれば効果は切れる」
その言葉を聞いて、国王は安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになった。
「そ、そうか……生きておるか……よかった……」
国王は額の汗を拭い、居住まいを正した。
「ヴィクトル殿。余は謝罪せねばならん。勇者アルヴィンの報告を鵜呑みにし、調査もせずに軍を差し向けたことを」
「ほう。勇者は何と言っていたんだ?」
「『ヴィクトルは邪悪な呪いで我らを弱体化させ、幻術でドラゴンを作り出し、国を乗っ取ろうとしている』と」
なるほど。あいつらしい被害妄想だ。
俺は鼻で笑った。
「国など欲しくない。管理が面倒だ。それに幻術ではないぞ」
俺は親指で窓の外を指した。
「ポチ、お客様だ。挨拶しろ」
ズヌッ……。
窓の外から、巨大な影が動いた。
黄金の瞳がギョロリと室内を覗き込む。
全長百メートルの災厄竜の顔が、窓枠いっぱいに広がった。
「グルルルゥ……(ちっす)」
「ヒッ……!!??」
国王と護衛たちが、文字通り飛び上がった。
「りゅ、りゅ、りゅ、竜ゥゥゥゥッ!? 本物の災厄竜だァァァッ!?」
「ひぃぃぃ! 食べられるぅぅぅ!」
国王は腰を抜かし、床を這って後ずさった。
無理もない。伝説上の怪物が、窓から「こんにちは」しているのだから。
「こ、これが……幻術ではない、と……? 手懐けているというのか……!?」
「まあな。餌代がかかるのが玉に瑕だが」
俺はポチの鼻先を撫でた。ポチは気持ちよさそうに目を細める。
その光景を見て、国王の中で全ての辻褄が合った。
勇者パーティが急に弱くなった理由。
それは「呪い」などではなく、このヴィクトルという男が「支えていた」からだ。
そして、その支えを失った勇者たちは、ただの凡人以下の集団に成り下がったのだ。
対して、この男はドラゴンすら従える規格外の存在。
敵に回せば、国が滅ぶ。
いや、アリアとかいう少女の殺気を見るに、もう半分くらい滅びかけている。
「……ヴィクトル殿」
国王は、震える手で床に手をついた。
王としてはあるまじき、土下座の姿勢だ。
「どうか、この国を……いや、余の愚かな部下たちを許してくれぬか。これ以上の敵対は望まぬ。望むものがあれば何でも用意する」
「陛下!? 頭をお上げください!」
「黙れ! 国が消し飛ぶよりマシだ!」
国王の必死な叫びに、俺は少し考えた。
ここで恩を売っておくのも悪くない。
「分かった。許そう。ただし条件がある」
「な、なんだ? 金か? 領地か?」
「一つ。俺たちの静かな生活を邪魔しないこと。二つ、この宿の代金を国が持つこと。そして三つ目――」
俺はニヤリと笑った。
「勇者アルヴィンたちに、相応の『評価』を下してやってくれ。彼らは随分と、自分たちの実力を誤解しているようだからな」
国王の目に、冷徹な光が宿った。
彼はゆっくりと頷いた。
「……承知した。虚偽の報告で国を危機に陥れ、恩人を追放した大罪人どもに、正義の鉄槌を下すと約束しよう」
その時。
宿の外から、新たな騒ぎ声が聞こえてきた。
「おい、どけ! 俺は勇者だぞ! 王様に直訴しに来たんだ!」
噂をすれば影。
アルヴィンたちの声だ。
空気の読めない男が、自ら処刑台に上がりに来たらしい。
「アリア、ポチ。ショータイムだ」
「はい、師匠!」
「ワンッ!」
俺たちは悠々と立ち上がり、勇者たちを出迎えるために外へと向かった。
王様、ポチの顔圧に屈する。
そして次回、ついに元パーティへの「ざまぁ」が完遂されます。
地位も名誉も、そして装備さえも剥奪される勇者たちの末路とは?
「続きが楽しみ!」「ポチが可愛いw」
と思っていただけたら、
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