第七十六話 「王都への超特急。地面効果(グラウンド・エフェクト)を利用した空飛ぶ馬車で物理的にすっ飛ばす」
森の奥の魔物工場を物理的にメルトダウンさせた俺たちは、捕虜となったザイードをレオンハルトの馬に括り付け、一旦屋敷へと帰還した。
「……王都が、テロの標的に!? お父様や、民たちが危ないですわ!」
リビングに集まり事の顛末を説明すると、シャルロットが顔を青くして立ち上がった。普段はポンコツな彼女だが、腐っても王国の第一王女だ。故郷と家族の危機となれば、その表情には王族としての切実な焦りが浮かんでいた。
「落ち着け、シャルロット。敵の『ラプラスの悪魔』とやらが王都の地下で巨大な演算機関を起動させるまで、まだ少し猶予はあるはずだ。……とはいえ、悠長に馬車に揺られている暇はない」
「ですが師匠。ここから王都までは、通常の馬車で急いでも五日はかかります。魔法で転移しようにも、王都全体には強固な『空間転移妨害結界』が張られており、直接跳ぶことは不可能です」
アリアが地図を広げながら冷静に指摘する。
「空間をねじ曲げられないなら、物理的にすっ飛ばすしかないわね。……ボウヤ、何か悪いことを考えてる顔よ?」
クロエが俺の顔を覗き込み、妖しく微笑んだ。
「ああ。五日の道のりを、三時間で走破する」
俺は屋敷の裏庭にある、大型の荷馬車へと全員を案内した。
「レオンハルト、この馬車の車輪を全て外せ。馬もいらん」
「は、はい? 車輪を外す? それではただの木箱ですが……」
筋肉ダルマの騎士が困惑しながらも、言われた通りに車輪を取り外す。
俺は愛用の杖を構え、馬車の底面と側面に、高密度の風魔法の術式を刻み込んだ。さらに、両サイドには氷魔法で生成した流線型の「翼」を取り付ける。
「ししょー! これ、空飛ぶの?」
ミリムが目を輝かせて氷の翼をペチペチと叩く。
「いや、完全には飛ばない。空高く飛べば飛ぶほど、空気抵抗(抗力)と重力に対抗するための無駄なエネルギーが必要になるからな。だから、地面から『数十センチ』だけ浮上して滑空する」
「……地面スレスレを飛ぶのですか? それなら、いっそ高く飛んだ方が安全な気がしますが」
アリアが首を傾げる。
「文系のお前らにもわかるように説明してやる。これは『地面効果』という流体力学の基本だ」
「翼が地面のすぐ近くを移動すると、翼の下の空気が地面と翼の間に挟み込まれて圧縮され、高圧の空気のクッション(ラム圧)が生まれる。同時に、翼の端から逃げようとする空気の渦が地面に邪魔されることで、飛行機を後ろに引っ張る『誘導抗力』が劇的に減少するんだ」
「地面効果を利用すれば、この抗力係数()を極限まで減らしつつ、少ない魔力で巨大な揚力を得ることができる。あとは、後方に向けて風魔法をジェット噴射するだけで、摩擦係数ゼロの超高速移動が可能になるってわけだ」
「……よくわかりませんが、要するに『すごく速い』ということですわね!」
シャルロットが拳を握りしめる。
「そういうことだ。全員、振り落とされないようにしっかり捕まってろよ。エリス、お前も乗れ」
「か、かしこまりました! 完璧なメイドとして、いかなるG(重力加速度)の中でもご主人様をお守りいたします!」
昨夜の失態(屋敷の動摩擦係数をゼロにしてパニックになった件)を挽回しようと、エリスは無駄にキリッとした表情で馬車に乗り込んだ。
全員が乗り込んだのを確認し、俺は魔力を解放した。
――【流体演算:地面効果展開】
――【後方噴射:風力圧縮推進】
「行くぞ!!」
ゴォォォォォォォォォッ!!
凄まじい爆音と共に、俺たちの乗る馬車(翼付き)は地面からふわりと数十センチ浮き上がり、次の瞬間、砲弾のような速度で街道をすっ飛んでいった。
◇
「ひゃああああああああっ!? は、速い! 景色が線になっていますわぁぁぁ!!」
シャルロットが窓に顔を張り付かせ、凄まじい風圧で顔の肉をブルブルと震わせている。
「うおおおおおっ! お、俺の胃袋が背中に張り付くゥゥゥ!」
レオンハルトが気絶したザイードを抱えながら、悲鳴を上げている。
現在の速度、時速約300キロ。未舗装の街道を走る(浮いているが)速度としては完全に常軌を逸していた。
「がおー! はやい! たのしい!!」
ミリムだけは、窓から顔を出して犬のように風を楽しんでいる。
そんな阿鼻叫喚の車内の中央で。
「ご主人様。温かいダージリンティーはいかがでしょうか」
完璧なメイド・エリスが、ピクリとも表情を変えずにティーカップを差し出してきた。
彼女の足元を見ると、微小な重力魔法を展開し、自身の体をコマのように安定させる『ジャイロスコープ』の原理を応用して、車内の激しい揺れとGを完全に相殺していた。
紅茶の液面は、水鏡のようにピタリと静止している。
「……見事な慣性制御だな。もらうよ」
「ありがとうございます! メイドたるもの、物理法則の乱れに主人のティータイムを邪魔させるわけにはいきませんから!(ドヤァ)」
エリスが背後に見えない花畑を背負って胸を張る。名誉挽回できて何よりだ。
「あら、ボウヤ。私の分はないの?」
「師匠、わたくしには冷たいレモンウォーターを」
俺の左右の席(ナッシュ均衡による絶対配置)に座るクロエとアリアが、余裕の笑みでエリスにオーダーを出す。この二人は本当に動じない。
「……お前ら、少しは緊張感を持てよ。これから敵の総本山にカチコミに行くんだぞ」
俺はため息をつきながら、完璧に淹れられた紅茶を啜った。
◇
――三時間後。
俺たちの乗る超音速の馬車は、王都の巨大な正門の前で、急ブレーキ(逆噴射)によって土煙を上げながらピタリと停止した。
「……ゲロォォォ……」
「……騎士の、誇り……が……(吐)」
馬車から転げ落ちたシャルロットとレオンハルトが、王都の美しい石畳の上で四つん這いになり、揃って胃の中身をリバースしていた。
慣性の法則と三半規管の限界を、文系の彼らは身をもって学んだようだ。
「……これが、王都か」
俺は馬車を降り、巨大な城壁と、その奥にそびえ立つ白亜の王城を見上げた。
表面上は、何も変わらない活気あふれる巨大都市に見える。行き交う人々も、門番の兵士たちも、平和な日常を謳歌しているように見えた。
だが、俺の『魔力視』は誤魔化せない。
「ボウヤ、見える? 因果の糸が、全部地下に向かって引っ張られているわ」
クロエが隣に立ち、赤い瞳を細める。
「ああ。大地を満たすはずの自然魔力が、不自然なエントロピーの偏りを見せている。……この足元の遥か深くで、何かが街全体のエネルギーを『吸い上げている』な」
ラプラスの悪魔。
奴らの目論む『マクスウェルの悪魔(巨大演算機関)』の起動は、すぐそこまで迫っているらしい。
「行くぞ。俺のスローライフを邪魔した代償は、王都の地底で、きっちり払わせてやる」
俺たちは気絶したザイードを引きずりながら、陰謀渦巻く王都の門を潜り抜けた。
「空飛ぶ馬車の理屈がガチすぎるw」「エリス完全復活!」
と思っていただけたら、
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