第七十四話 「魔物量産工場に潜入した俺は、熱力学第二法則で生産ラインをメルトダウンさせた」
金属の分厚い扉をミリムの物理的な交渉術で吹き飛ばし、俺たちは要塞の内部へと足を踏み入れた。
「……こいつは、ひどいな」
要塞の中は、外見の無機質さからは想像もつかないほどの熱気と、油、そして血の匂いが充満していた。
天井からは無数の金属アームがぶら下がり、巨大なベルトコンベアが絶え間なく稼働している。コンベアの上には、森で捕獲されたであろう魔物たちが拘束具で固定され、次々と運ばれていく。
そして、機械のアームが魔物たちの額や肩に、あの赤紫色の『フラクタル結晶』をガシャン、ガシャンと無慈悲に打ち込んでいた。
「魔物の自動量産工場……。命を、完全に工業製品として扱っていますわね」
アリアが、吐き気を堪えるように口元を手で覆う。
「悪趣味極まりないわね。私の事象改変でも、ここまで命の因果を冒涜するようなマネはしないわ」
クロエもまた、冷たい怒りを瞳に宿して生産ラインを睨みつけた。
『ククク……冒涜? それは違うな、美しい魔術の乙女たちよ』
突如、工場内のスピーカーからノイズ混じりの甲高い声が響いた。
同時に、工場の奥から蒸気を噴き上げながら、一体の巨大な機械仕掛けのゴーレムが現れた。その肩には、白衣を着た神経質そうな男が乗っている。
「誰だ、お前は」
俺は愛用の杖を肩に担ぎ、男を見据えた。
「私はこの『第肆プラント』の責任者にして、偉大なる結社の幹部、ザイード! どうだ、私の設計したこの完璧なオートメーション機構は! 魔力炉心から供給される無尽蔵のエネルギーで、1日あたり500体の生体兵器をノーコストで生み出し続けることができるのだ!」
ザイードは両手を広げ、狂気に満ちた笑い声を上げた。
「ノーコスト? 無尽蔵のエネルギーだと?」
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「なんだ、貴様は。私の完璧な芸術を笑うか!」
「いや、文系の魔法使いが陥りやすい典型的な勘違いだと思ってな。……お前、この巨大な生産ラインを動かすのに、どれだけの『熱』が発生するか計算したことがあるか?」
「熱、だと?」
「どんなに優れた魔力炉心だろうと、エネルギーを仕事に変換する際、必ず『ロス(廃熱)』が生じる。熱力学第二法則――つまり『エントロピー増大の法則』だ」
俺は杖の先で、工場の天井付近で勢いよく回っている巨大な排熱ファンを指差した。
「孤立系におけるエントロピー()の変化は、常にゼロ以上になる。
この宇宙において、エネルギーの変換効率が100%になる魔法の機械(第一種永久機関)なんてものは存在しない。お前のその自慢の工場も、発生した莫大な『熱』を、あの排熱ファンを使って必死に外へ逃がしているから動いているに過ぎないんだよ」
「チッ、理屈っぽい男だ! それがどうした! 排熱機構も含めて私の設計は完璧だ! やれ、防衛ゴーレムども!」
ザイードが指を鳴らすと、工場の壁から数十体の防衛用機械ゴーレムが起動し、一斉にこちらへ銃口(魔力砲)を向けてきた。
「アリア、クロエ、ミリム。ゴーレムの相手は任せた。俺は工場のシステムに『物理法則』を叩き込む」
「承知しました、師匠。――【氷槍乱舞】!」
「キキッ、鉄くずの因果なんて、私が一瞬で解いてあげるわ。――【事象改変:接合部崩壊】!」
「がおー! ミリムもこわすー!」
三人の圧倒的な蹂躙が始まるのと同時に、俺は杖を天井の排熱ファンへと向けた。
「完璧な設計だったんだろうな。排熱ファンが『正常に動いていれば』の話だが」
――【物理干渉:断熱密閉】!
俺の杖から放たれた魔力が、工場内のすべての排気口と排熱ファンを、見えない物理障壁で完全に塞ぎ込んだ。
空気の出入りを一切遮断された工場内は、瞬く間に熱の逃げ場を失った『完全な断熱空間(孤立系)』へと変貌する。
「な、なにをした!? 排熱ファンが止まっただと!?」
ザイードがコンソールを叩いて慌てふためく。
「熱量()の逃げ場をなくしただけだ。稼働し続ける魔力炉心が放つ熱エネルギーは、そのまま工場内の温度()を急激に上昇させる」
俺の言葉を証明するかのように、工場の室温が異常なスピードで跳ね上がり始めた。
50度、80度、そして100度――。
金属のアームが熱で赤く変色し、ベルトコンベアのゴムがドロドロに溶け出す。魔物たちに打ち込まれるはずだった赤紫の結晶も、高熱によって次々と自壊していく。
「バカな! 私のプラントが! 炉心の出力制御が効かない! メルトダウン(炉心溶融)してしまう!」
ザイードが乗っていた巨大ゴーレムの関節からも、プシューッと異常な高圧蒸気が吹き出し、ついにその重たい体を支えきれずに膝をついた。
「物理法則を舐めるからそうなる。永久機関なんて夢を見る前に、基礎的な熱力学からやり直してこい」
ドロドロに溶け落ちる工場の中で、ザイードは「ヒィィッ!」と悲鳴を上げながら白旗を振った。
◇
「……見事な手際でしたね、師匠」
アリアが、氷の結界で俺たちの周囲だけを涼しく保ちながら微笑んだ。
「熱の暴走だけで工場をポンコツにするなんて、相変わらずボウヤの魔法はエグいわね」
クロエも、溶け落ちた機械の残骸を見て呆れたように肩をすくめる。
「エントロピーを舐めた罰だ。さて……」
俺たちは、スライムのように溶けたゴーレムの残骸から這い出してきたザイードの首根っこを掴み上げた。
「お前の自慢の工場はこれで終わりだ。次は、お前たち『結社』の目的と、本当の黒幕について、たっぷり物理的(論理的)に説明してもらおうか」
男の顔は、工場の熱ではなく、俺たち四人が放つ圧倒的なプレッシャーによって、ダラダラと冷や汗を流していた。
スローライフを邪魔された錬金術師の取り調べ(尋問)が、これから幕を開ける。
「熱暴走こわい」「魔法使いなのに熱力学で論破するの好き」
と思っていただけたら、
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