第七話 「王様からの呼び出し状を鍋敷きにしてしまいました」
高級宿『黄金の月』の朝は優雅だ。
本来なら一泊で庶民の月収が吹き飛ぶスイートルームだが、貸切状態の今は誰に気兼ねすることもない。
「師匠、スープが熱いので気をつけてくださいね」
アリアが甲斐甲斐しく朝食の準備をしてくれる。
窓の外、中庭ではポチ(全長10メートル)が噴水の水を美味しそうに飲んでいた。平和な光景だ。
だが、その平和は唐突に破られた。
バンッ!!
宿の扉が乱暴に蹴破られたのだ。
ドカドカと押し入ってきたのは、煌びやかな鎧を着た騎士たちと、ひときわ豪華な服を着た太った男――王国の勅使だった。
「おるか! 無礼者のヴィクトルとは貴様のことか!」
勅使が唾を飛ばしながら叫ぶ。
俺は優雅に紅茶を啜りながら、チラリと彼を見た。
「……誰だ? ドアは静かに開けるのがマナーだぞ」
「黙れ下民! 我は国王陛下の勅使であるぞ!」
男は鼻息を荒くして、懐から羊皮紙の束を取り出した。
そこには王家の紋章が押された、仰々しい封蝋がしてある。
「勇者アルヴィン殿より訴えがあった! 貴様は『邪悪な呪術』を用いて勇者一行を陥れ、さらには『幻影のドラゴン』を使って宿を不法占拠した罪に問われている!」
やはりか。
あの馬鹿勇者、本当に言いつけやがった。
自分たちが弱かったことを棚に上げて「呪術のせい」にするとは、どこまでプライドが高いのか。
「これは国王陛下からの召喚状だ! 直ちに出頭し、弁明せよ! さもなくば極刑に処す!」
勅使は羊皮紙をテーブルの上にバシッと叩きつけた。
「……ふむ」
俺はため息をついた。
出頭するのは構わないが、せっかくの朝食が冷めてしまう。それは合理的ではない。
「分かった。後で読むから、そこに置いておいてくれ」
「なっ……後でだと!? 陛下の勅命だぞ! 今すぐひれ伏して拝読せんか!」
うるさい奴だ。
俺が再度ため息をつこうとした時、アリアが動いた。
「師匠、スープのお鍋が運べました。……あ、ちょうどいいところに敷物が」
アリアは両手に熱々のスープが入った大鍋を持っていた。
そして、テーブルの上に置かれた「王家の召喚状」を見るなり、ニッコリと笑った。
「これ、厚手で丈夫そうですね。鍋敷きにぴったりです」
「は?」
勅使が間の抜けた声を出す。
ジュッ……!
アリアは躊躇なく、熱せられた鉄鍋を、王家の紋章が入った羊皮紙の上に置いた。
紙が焦げる匂いが漂う。
「よし、これでテーブルが焦げませんね。さあ師匠、冷めないうちに召し上がれ」
「……ありがとう、アリア。気が利くな」
俺は苦笑しながら礼を言った。
アリアにとって、国王の権威など路傍の石ころ以下なのだ。彼女の世界には「師匠」と「それ以外」しか存在しない。
だが、勅使にとってはそうではない。
「き、ききき、貴様らぁぁぁぁっ!!」
勅使は顔を真っ赤にして、泡を吹いて卒倒しそうになっていた。
「そ、それは国王陛下の親書だぞ!? それを……鍋敷きに……!? 不敬だ! 万死に値する大逆罪だ!!」
「うるさいですね」
アリアが冷ややかな視線を向ける。
「食事中です。静かにしてください。それとも、このお鍋の中身になりたいんですか?」
アリアの周囲に、黒い魔力が揺らめく。
冗談ではない。彼女は本気で、この勅使を煮込むつもりだ。
「ひぃっ!?」
勅使は腰を抜かしたが、すぐに背後の騎士たちに守られて気を取り直した。
「お、おのれ……見ておれ! ただでは済まさんぞ! 表にはすでに王宮騎士団三百名が待機しているのだ! 総員、突入せよ! この逆賊どもを串刺しにしろぉぉぉ!」
勅使の号令と共に、宿の外から無数の足音が響いてきた。
金属鎧が擦れる音。剣を抜く音。
どうやら、完全に包囲されているらしい。
「やれやれ……ゆっくり飯も食えないのか」
俺はナプキンで口を拭き、立ち上がった。
「師匠、どうしますか? 全員消しますか?」
アリアが物騒なことを言いながら、鍋の蓋を持ち上げる。
「いや、殺すなよ。掃除が面倒だ」
俺は窓際へ歩み寄った。
「少し『重く』してやるだけでいい」
俺は窓を開け、外に並ぶ三百の騎士団を見下ろした。
彼らは一斉に槍を構え、殺気立っている。
「かかれぇぇぇ! 逆賊ヴィクトルを討てぇぇぇ!」
先頭の騎士たちが、宿の入り口に向かって突撃してくる。
俺は小さく指を鳴らした。
――『装備重量・1000倍』
ガシャァァァァァァァンッ!!!
凄まじい音が響き渡った。
突撃してきた騎士たちが、一斉に地面にめり込んだのだ。
彼らが着ている鋼鉄の鎧。持っている剣。それら全ての重量が、瞬時にして数トンに跳ね上がった。
「ぐ、ぐわああああ重いぃぃぃぃ!!」
「鎧が……潰れるぅぅぅ!」
「う、動けん……!」
三百人の精鋭騎士団が、誰一人として動けない。
まるで巨大な磁石に吸い付けられたかのように、地面に這いつくばって呻いている。
「な、ななな、何が起きた!?」
勅使だけは軽装だったため無事だったが、目の前の光景に腰を抜かしていた。
「……合理的だな」
俺は満足げに頷いた。
血も流れないし、誰も死なない。ただ、彼らは自慢の鎧の重さに耐えきれず、勝手に倒れただけだ。
「さて、アリア。冷める前にスープを飲もうか」
「はい、師匠!」
俺たちは動けない騎士団を放置して、席に戻った。
焦げた王家の手紙の上で、スープはまだ温かい湯気を立てていた。
王様の威厳、鍋敷きにより消滅。
精鋭騎士団、自重により全滅。
ヴィクトル師匠のデバフは、集団戦において最強です。
「ざまぁ展開スッキリした!」「アリアの容赦なさが好き」
と思っていただけたら、
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