第六話 「ポチの家がないので、勇者たちの宿を奪いましょう」
広場は、静寂と喧騒が入り混じる奇妙な空間になっていた。
中央には、お座りをした全長10メートルの災厄竜。
その足元には、涼しい顔の俺と、ニコニコしているアリア。
そして、腰を抜かして震える勇者パーティと、呆気にとられる群衆。
最初に口を開いたのは、ギルドマスターのガンダルだった。
「……ヴィクトル、お前、本気か?」
ガンダルは乾いた笑い声を漏らした。
「あの災厄竜を……ペットにしただと? 歴史上、ドラゴンライダーなんて数えるほどしかいないんだぞ!?」
「たまたまだ。こいつが勝手についてきただけだ」
俺は肩をすくめた。
嘘ではない。俺としては素材にするつもりだったのだが、命乞いがあまりに必死だったものでな。
「ふ、ふざけるなああああっ!!」
絶叫が響いた。
勇者アルヴィンだ。彼は顔を真っ赤にして立ち上がり、俺を指差した。
「インチキだ! それは幻影魔法か何かだろ!? 俺たちが逃げ帰った最強のドラゴンが、そんな間抜けな顔をして座ってるわけがない!」
「ワンッ!」
ポチが「失礼な」と言わんばかりに吠えた。
その衝撃波だけで、アルヴィンの髪型がオールバックになり、聖女マリアのスカートがめくれ上がった。
「きゃああっ!」
「うわっ!」
アルヴィンたちは無様に尻餅をつく。
「……本物だ」
「風圧だけで死ぬかと思った……」
周囲の冒険者たちが青ざめる中、俺はアルヴィンを見下ろした。
「幻影だと思うなら、触ってみればいい。噛まれるかもしれんが」
「くっ……! 覚えてろよヴィクトル! これは何かの間違いだ! 俺たちはSランクなんだぞ!」
アルヴィンは捨て台詞を吐き、仲間を引き連れて逃げるように去っていこうとした。
だが、それを呼び止める声があった。
「師匠。あいつら、逃がしていいんですか?」
アリアだ。
彼女は純粋無垢な瞳で、逃走する勇者たちの背中を見つめていた。その手には、いつの間にか燃え盛る火球が生成されている。
「待てアリア。街中で魔法は撃つな」
「でも師匠。困りました。ポチのお家がありません」
アリアは巨大なポチを見上げた。
確かに、このサイズでは普通の馬小屋には入らない。野宿させるにしても、街中では邪魔すぎる。
「そうだな。どこか広い場所があればいいが……」
「ありますよ、師匠」
アリアはニッコリと笑い、逃げていくアルヴィンたちが向かう先――街で一番の高級宿『黄金の月』を指差した。
「あそこ、大きな中庭がありますよね? それに建物も立派です」
「……あそこは勇者たちの宿だが?」
「彼らは『逃げ帰ってきた』んですよね? だったら、ドラゴンに勝った私たちのほうが、あそこに住む権利があると思います。合理的ですよね?」
アリアの言葉に、俺は思わず膝を打った。
「……なるほど。確かに合理的だ」
それに、彼らは今回の依頼を放棄した。違約金が発生すれば、あの高級宿の代金など払えるはずがない。
どうせ追い出されるなら、俺たちが引き継いであげたほうが親切というものだ。
「よし。行くか」
「はい! ポチ、新しいお家だよ!」
「グルルッ!(やったぜ!)」
俺たちは勇者たちの後を追った。
地響きを立てて歩くドラゴンと共に。
◇
高級宿『黄金の月』の前。
アルヴィンたちは宿に駆け込み、扉を閉めようとしていた。
「はぁ、はぁ……なんだあいつら……異常だ……!」
「アルヴィン、早く部屋に戻りましょう! 怖い!」
だが、その扉が閉まるより早く、巨大な影が宿を覆った。
ズドオオオオオオオンッ!!
ポチの前足が、宿の目の前の石畳を踏み砕く。
俺とアリアは、悠々と玄関前に立った。
「な、何しに来たヴィクトル!?」
アルヴィンが裏返った声で叫ぶ。
「退去勧告だ」
俺は淡々と告げた。
「お前たち、今回の依頼失敗で報酬はゼロだろ? この宿の宿泊費、一泊金貨10枚だっけか。払えるのか?」
「うっ……そ、それは……!」
「払えないなら出て行け。俺たちがここを借りる」
「はあ!? ふざけるな! 俺たちは国の英雄だぞ! ツケでなんとでもなる!」
「なりませんよ」
冷ややかな声が響いた。
宿の支配人が、困り顔で出てきたのだ。
「アルヴィン様。先ほどギルドから連絡がありまして……違約金の請求が来ていると。残念ですが、お支払いが確認できない以上、これ以上の滞在はお断りさせていただきます」
「なっ……!?」
アルヴィンが絶句する。
そこへ、アリアが一歩前に出た。
「聞こえましたか? 出て行ってください。そこはポチの犬小屋にするんです」
「い、犬小屋ぁ!? 俺たちのスイートルームを、そのトカゲの小屋にするって言うのか!?」
「はい。ポチのほうが強くて偉いので」
アリアのド正論(暴論)に、ポチも「そうだそうだ」と鼻息を荒くする。
その鼻息が熱風となってアルヴィンたちを襲った。
「あちちちっ!?」
「もう嫌ぁぁぁ!」
聖女マリアが泣き出し、剣聖も剣を捨てて逃げ腰になる。
プライドも金も失った彼らに、もはや抵抗する力は残っていなかった。
「くそっ……くそおおおっ! 覚えてろヴィクトル! この屈辱、絶対に王様に言いつけてやるからな!」
アルヴィンは涙目で捨て台詞を吐き、荷物も持たずに走り去っていった。
その後ろ姿は、かつての栄光など見る影もなかった。
「……あーあ。行っちゃいましたね」
アリアは興味なさそうに呟き、ポチに向き直った。
「ほらポチ、ここが新しいお家だよ。中庭で寝ていいからね」
「ワンッ!」
ポチは嬉しそうに中庭へ体をねじ込み、高級な噴水を枕にして丸くなった。
……宿の壁がミシミシと言っているが、まあ、支配人には金貨1000枚の中から多めに払っておけば文句はないだろう。
「さて、久しぶりにふかふかのベッドで寝られるな」
「はいっ! 師匠と同じ屋根の下……えへへ」
こうして俺たちは、勇者パーティを追い出し、街一番の拠点を手に入れた。
だが、これで終わるはずがない。
アルヴィンの最後の言葉――「王様に言いつけてやる」。
これが次のトラブルのフラグだとは、この時の俺も薄々気づいていた。
「ざまぁ展開キタ!」「ポチ可愛い」
と思っていただけたら、
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