第五十五話 「王国最強の騎士が道場破りに来たので、物理をいじって指二本で止めた」
翌朝。俺の屋敷の周囲は、完全に『フェス会場』と化していた。
「……オメガ。現在の外の状況は」
『報告します、マスター。屋敷の半径一キロ圏内に、テント約三百張り。野次馬、マスコミ、勇者志願者など、推定五千人が詰めかけています。……あと、屋台が出ています。たこ焼きが人気のようです』
「ここは観光地か!」
俺は頭を抱え、分厚い遮光カーテンの隙間から外を覗き込んだ。
プラカードを掲げる者、「弟子にしてください!」と土下座する者、配信機材を持ってウロウロする者。
昨日の『ダンジョン配信』のせいで、俺の平穏な隠居生活は物理的に包囲されていた。
「ふふっ、大盛況ですわね! 昨日の配信の広告収入だけで、ヴィクトルの借金なんてお釣りが出ますわよ!」
シャルロットが、札束(スーパーチャットの収益)を扇子代わりに仰ぎながら笑う。
「……師匠。不法侵入者は全て『氷像』に変えて、庭のオブジェにしてよろしいですか?」
アリアが、窓の外に向けて杖を構えながら物騒な提案をしてくる。
「外で屋台の匂いがする! 師匠、お肉買いに行ってくる!」
ミリムが窓から飛び出そうとするのを、エリスとセシリアが必死に羽交い絞めにして止めている。
「あーあ、可哀想なボウヤ。……有名税ってやつね。私はこの特等席で、アンタの苦労する姿をポップコーン食べながら見物させてもらうわ。キキッ!」
クロエがソファに寝転がり、腹立たしい笑い声を上げた。
「お前はまず、そのポップコーンの粉を床にこぼすのをやめろ。エリスが般若みたいな顔になってるぞ」
「ひっ」
クロエが慌てて口の周りを拭う。
……どうすればいい。
この群衆を魔法で吹き飛ばすのは簡単だが、それでは「凶悪な魔王」として王国軍が出張ってくる。
ほとぼりが冷めるまで引きこもるしかないか。
そう諦めかけた、その時だった。
『道を開けよォォォォ!!』
外から、野太く、そして異様に通る大音声が響き渡った。
拡声魔法を使ったわけではない。純粋な『腹筋の力(声量)』だ。
「なんだ……?」
窓から覗くと、群衆がモーセの十戒のように真っ二つに割れていた。
その中央を、重厚な白銀の全身鎧に身を包んだ巨漢が、ズシン、ズシンと地響きを立てながら歩いてくる。
背中には、身の丈ほどもある巨大な大剣。
『あれは……王国近衛騎士団長、レオンハルト様だ!』
『「王国最強の騎士」がなぜこんな辺境に!?』
外の群衆がざわめく。
レオンハルト。名前だけは聞いたことがある。
剣の腕一つで王国の頂点に立った、生粋の戦闘狂だ。俺とは一切の面識がない、完全な初対面の男である。
「おい、まさか……」
俺の嫌な予感は的中した。
レオンハルトは俺の屋敷の正門前でピタリと止まると、大剣を抜き放ち、天に向かって突き上げた。
「この屋敷の主よ! 昨日の『幻影の奈落』での貴殿の戦い(配信)、拝見させてもらった!」
ビリビリと窓ガラスが震える。
「あのエンシェント・ゴーレムの絶対装甲を、小石一つで粉砕するデタラメな破壊力……! 我が騎士の血が、久方ぶりに沸き立って抑えきれん! いざ尋常に、俺と手合わせ願おうかァァァ!」
「……帰れ!!!」
俺は窓を開け、心の底からの叫びをぶつけた。
初対面でいきなり道場破りとは、常識というものがないのかこの筋肉ダルマは。
「はっはっは! その覇気、やはりただ者ではないな! ならば、力ずくで扉を開けさせてもらう!」
レオンハルトが、大剣を下段に構える。
全身から凄まじい闘気が噴き出し、周囲の群衆がたまらず後ずさる。
「……師匠。迎撃しますか?」
アリアが眼鏡を光らせる。
「いや、いい。お前たちがやると更地になる。俺がちゃちゃっと終わらせる」
俺はため息をつき、パジャマ姿のまま、転移でレオンハルトの目の前に降り立った。
「おお! 貴殿が配信の……! 見た目は随分と若いが、その内に秘めた魔力、凄まじい!」
レオンハルトが目を輝かせる。
「いいから帰れ。俺は昼寝の時間だ」
「問答無用! 我が最強の一撃、受けてみよ! 【獅子王・崩天斬】!!」
レオンハルトが地面を蹴る。
速い。重装甲の鎧を着ているとは思えない速度で肉薄し、大剣が俺の脳天に向かって振り下ろされた。
空気を切り裂く轟音。当たれば岩山すら両断するであろう、物理の極致。
だが。
俺から見れば、それはただの「単純な直線運動」でしかない。
――【物理演算:運動ベクトル反転】
俺は右手を軽く上げ、振り下ろされた大剣の刃を、人差し指と中指の「二本」でパチンと挟み込んだ。
ピタッ。
轟音が、消えた。
大剣は俺の指に挟まれたまま、微動だにしない。
「なっ……!?」
レオンハルトの目が見開かれる。
「質量の暴力としては見事だが、力の方向が素直すぎる。……俺が指先で『上向きの力』を寸分違わず相殺にしただけだ」
「ば、馬鹿な! 我が全身全霊の一撃を、指二本で……!?」
「じゃあな。お帰りはあちらだ」
俺は挟んだ指に、ほんの少しだけ魔力を込めて弾いた(デコピンの要領だ)。
――【物理演算:弾性反発増幅】
「ぬおおおおおおっ!?」
大剣に蓄積されていた運動エネルギーが、そのまま彼自身に跳ね返る。
ドゴォォォォン!!
レオンハルトの巨体が、後方へ向かってロケットのようにすっ飛んでいき、遥か彼方の森の中へと消えていった。
……静寂。
周囲を取り囲んでいた五千人の野次馬たちが、口をポカンと開けて固まっている。
王国最強の騎士が、パジャマ姿の青年に指二本であしらわれたのだ。無理もない。
俺はたこ焼き屋の親父に銀貨を投げ渡し、六個入りを三パック受け取って屋敷へと戻った。
◇
「ふぅ……これで少しは静かになるだろう」
たこ焼きのパックをテーブルに置き、俺はソファにどかっと座った。
「さすが師匠です。あの質量を、指の摩擦係数とベクトル操作だけで相殺するとは」
アリアがお茶を淹れてくれる。
「たこ焼きー!」
ミリムが飛びついてくる。
やれやれ、これで厄介払いは済んだ。
そう思って、たこ焼きを一つ口に運ぼうとした、その時。
ズタボロになった白銀の鎧が、リビングの窓を突き破って転がり込んできた。
「……は?」
「見事なりぃぃ!!」
森まで吹き飛ばされたはずのレオンハルトだった。
鎧はひしゃげ、顔は傷だらけだが、その瞳は先ほどよりも数倍輝いていた。
「まさか、このレオンハルトが手も足も出ずに敗北するとは! 井の中の蛙であった! 我が師匠よ、どうかこの未熟者を一番弟子に――」
「ちょっと待ちなさい!」
巨漢の騎士が土下座を決めるより早く、鋭い声がリビングに響いた。
シャルロットだ。彼女は扇子をピシャリと閉じ、レオンハルトの前に仁王立ちした。
「レオンハルト近衛騎士団長! 貴方、こんなところで何をやっていますの!?」
「なっ……!? し、シャルロット第一王女殿下!? なぜ、このような辺境に!?」
レオンハルトの顔から、さっきまでの血の気が一気に引いていく。
「それはこちらのセリフですわ! 貴方は王宮の守護の要でしょう! それを放り出して、個人の武者修行で道場破りだなんて……お父様(国王)に報告したら、ただでは済みませんわよ!?」
「ひっ! そ、それは……配信を見て、つい血が騒ぎまして……」
「言い訳は不要です! 今すぐ王都へ帰りなさい! それと、外にいる野次馬どもも貴方の権限で全員解散させること! わたくしたちの静かな生活をこれ以上脅かすなら、国家反逆罪で処刑しますわよ!」
「は、ははぁっ!! 直ちに撤収いたしますぅぅ!!」
シャルロットの王族オーラに完全に圧倒されたレオンハルトは、悲鳴を上げながら窓から飛び出していった。
その後、外からは「近衛騎士団長命令だ! 全員直ちに解散せよ!!」という必死な怒号が響き、あれほどいた群衆が潮が引くように消えていった。
「……ふぅ。これで静かになりましたわね」
シャルロットがドヤ顔で振り返る。
「……お前、初めて役に立ったな」
俺が素直に感心すると、シャルロットは「初めてとは失礼ですわ!」と頬を膨らませた。
「あの暑苦しい男、マスターの弟子になんて百年早いです」
アリアもホッとしたように息を吐く。
「ま、当然よね。ボウヤのそばに居ていいのは、私たちみたいな選ばれた美少女だけなんだから」
クロエがポテトチップスをかじりながら同意した。
屋根も窓も壊れたが、野郎を屋敷に引き入れるよりは百倍マシだ。
俺は冷めかけたまるいたこ焼きを口に放り込み、ようやく戻ってきた平穏(?)な日常を噛み締めた。
「指二本で止めるの厨二病全開で好き」「また厄介な同居人が増えたw」
と思っていただけたら、
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