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第五十一話 「合体魔法。――それは『愛』と『演算』の暴走でした」



 王都の上空。

 世界が、バグり始めていた。


「ああああああ!! 認めない、認めないわよォォォォ!!」


 クロエが絶叫するたびに、空の色が反転し、雲が幾何学模様のノイズに変わり、降り注ぐ雨が「1」と「0」の数字の羅列に変わる。

 彼女はもはや人の形を留めていなかった。

 黒い泥のような魔力が膨れ上がり、巨大な「ピエロの顔をした怪物」へと変貌していた。


『私はエレオノーラ! 完璧な魔女! 私が定義する世界こそが真実なのよォォォ!!』


 怪物の口から放たれたのは、紫色の破壊光線。

 触れたもの全ての「存在定義」を消去する、凶悪なデリート・ビームだ。


「……チッ。物理法則ごと書き換える気か。師匠にしては芸がないぞ」


 俺はアリアを背に庇いながら、冷静にその光景を分析した。

 あれは暴走だ。

 膨大すぎる知識データに、感情という不確定要素が混ざり、処理落ちを起こしている。


「アリア。……準備はいいか」


「はい、マスター。……私の全てを、貴方に委ねます」


 アリアが俺の背中にぴたりと身を寄せた。

 彼女の体温が、震えが、そして膨大な魔力が伝わってくる。


「プランはこうだ。お前は何も考えるな。ただ、俺という『回路』に、お前の持つ全魔力を流し込め」


 俺は右手を掲げた。


「お前が『ハードウェア(肉体)』なら、俺は『ソフトウェア(演算)』だ。……師匠が二つに分けたものを、今ここで統合ユニゾンする」


 ズズズズズ……!

 アリアの足元から冷気が噴き出し、俺の周囲に複雑な魔法陣――いや、数式が展開される。


「行きます。……接続コネクト!」


 ドクンッ。

 心臓が跳ねた。

 アリアの魔力が、ダムが決壊したように俺の中に流れ込んでくる。

 熱い。いや、冷たい。

 彼女の魔力は絶対零度の氷雪。だが、その芯には、俺への信頼という灼熱が宿っている。


「……ふふっ。凄いです、マスター。私の中身が……貴方で満たされていく……っ!」


「……言い方。集中しろ」


 俺は流れ込んでくる莫大なエネルギーを、脳内で高速処理していく。

 通常なら脳が焼き切れる量だ。だが、今のアリアとのリンク状態なら、処理能力クロックは無限に上昇する。


『消えろぉぉぉ! 失敗作エラー共ぉぉぉ!!』


 クロエの怪物が、世界を飲み込むほどの大口を開け、俺たちに喰らいついてきた。

 空間そのものを削り取る、「捕食」の概念攻撃。


「シャルロット、ミリム! 数秒だけ時間を稼げ!」


「任せなさい!」

「ん!」


 俺の叫びに、二人のヒロインが即応する。


「王家流・光のプリズム・ケージ!」

 シャルロットが無数の光の杭を打ち込み、怪物の動きを阻害する。


「ドラゴン・アッパー!!」

 ミリムが瓦礫を蹴って跳躍し、怪物の顎を下から殴り上げた。


 ガギィッ!

 一瞬、怪物の動きが止まる。

 その隙が生じた「0.1秒」。

 俺たちには永遠にも等しい演算時間だった。


「――解析完了コンプリート。……ターゲットの座標、事象改変の術式構成、全て掌握した」


 俺はアリアの手を握り、共に空へと照準を合わせた。


「行くぞ、アリア。……この世界の『エントロピー』を止める」


「はい、マスター!」


 俺たちの周囲に、極大の魔法陣が展開された。

 そこに描かれているのは、古代語でもルーン文字でもない。

 純粋な「物理数式」だ。


 熱力学第三法則。

 全ての分子運動が停止する、完全なる静寂の世界。


「――合体術式・【虚数解・絶対零度イマジナリー・アブソリュート・ゼロ】!!」


 カッ!!


 俺たちの手から放たれたのは、光ではなかった。

 「色のない」閃光。

 それが、クロエの放った極彩色のノイズを貫いた。


 音がない。

 衝撃もない。

 ただ、光線が触れた場所から、世界が「静止」していく。


『な、何……!? 私の書き換え(コマンド)が……動かな――』


 クロエの叫びが途切れた。

 彼女の放った破壊光線も、泥のような肉体も、そして暴走する感情さえも。

 全てが、青白い氷の結晶となって空中で固定された。


 パキキキキキッ……。


 王都の上空に、巨大な「ピエロの氷像」が完成した。

 それは恐怖の象徴ではなく、まるで芸術作品のように美しく輝いていた。


「……ふぅ」


 俺は息を吐き、腕を下ろした。

 同時に、背中のアリアが崩れ落ちそうになるのを支える。


「……やりましたね、マスター」

「ああ。……少し張り切りすぎたか」


 見上げれば、氷像になったクロエが、光の粒子となって崩れ始めていた。

 暴走した魔力が浄化され、核となっていた「本体」だけが残る。


 キラキラと輝く氷の欠片と共に、空から一人の少女が落ちてきた。

 仮面もローブも失った、あのアリアと同じ顔をした少女。


 俺は重力制御でふわりと浮き上がり、彼女を受け止めた。


「……う、うぅ……」


 腕の中で、クロエが薄目を開ける。

 その赤い瞳からは、狂気の色が消え、ただの怯えた子供のような色が残っていた。


「……なんで……? 私は……完璧なはず……」


「完璧だから負けたんだよ」


 俺は彼女の銀髪についた氷を払ってやった。


「師匠はな、『不完全』を愛してたんだ。計算通りにいかないからこそ、修正デバッグするのが楽しいんだとな。……お前みたいに、最初から『答え』が決まっている奴は、師匠の趣味じゃない」


「……う、うわぁぁぁん!!」


 クロエは俺の胸で泣き出した。

 世界を滅ぼそうとした魔女の、あまりにも人間らしい泣き声。


「よしよし。……悪い子にはお仕置きが必要だが、まあ、今日は許してやる」


 俺は地上へと降り立った。

 そこには、シャルロット、ミリム、そして掃除道具を持ったエリスたちが待っていた。


「ヴィクトル! 無事ですの!?」

「師匠、勝ったー!」

「ご主人様、あの巨大な氷……粗大ごみとして出すのは大変なのですが?」


 ……やれやれ。

 世界は救われたが、俺の平穏はまだ遠そうだ。


 俺は腕の中の「元・ラスボス(泣き虫)」と、隣で微笑む「最強のパートナー」を見比べた。


「さて……。とりあえず帰って、温かいスープでも飲むか」


 こうして、王都を揺るがした「ピエロ騒動」は幕を閉じた。

 ……はずだった。

「数式で魔法を使うのかっこいい!」「アリアとの合体(意味深)が熱かった」

と思っていただけたら、

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