第五十話 「師匠の『遺産』は、二人のアリアだった」
瓦礫の山と化した時計塔の下。
世界が凍りついたような静寂が支配していた。
俺の目の前で、上半身を起こした少女。
銀色の髪。白磁の肌。整った目鼻立ち。
それは、俺の背後に立っているアリアと、鏡写しのように同じ顔だった。
ただ一つ、瞳の色を除いて。
アリアの瞳は、理知的で冷たい「氷河の青」。
対して、この少女――クロエの瞳は、狂気と憎悪を孕んだ「鮮血の赤」だった。
「……姉さん(・・・)。久しぶりね」
クロエが口を開いた。
その声色は、アリアと同じ声帯から発せられているはずなのに、鳥肌が立つほど歪んでいた。
「……姉さん? 誰のことですか」
アリアが困惑し、眼鏡の位置を直そうとして手が震えているのが見えた。
「私に姉妹はいません。私は孤児院育ちで……」
「孤児院? ああ、あの廃棄処理場のこと?」
クロエは鼻で笑った。
「違うわよ。貴女は捨てられたの。……『器』としては優秀だけど、『中身』が空っぽだったから」
「……どういうことだ」
俺が二人の間に割って入る。
「説明しろ、クロエ。なぜお前はアリアと同じ顔をしている? そしてなぜ……俺の師匠と同じ魔法を使う?」
俺の問いに、クロエは赤い瞳を俺に向けた。
その目には、歪んだ親愛の情のようなものが浮かんでいた。
「簡単なことよ、ボウヤ。……私も、そこの出来損ない(アリア)も、人間じゃないからよ」
彼女は、俺たちに衝撃の事実を突きつけた。
「私たちは『ホムンクルス』。……貴方の最愛の師匠、エレオノーラが最期に残した研究の産物よ」
◇
「……師匠が、ホムンクルスを?」
俺は絶句した。
師匠は、厳格だが生命を尊ぶ人だったはずだ。人工生命なんて倫理に反する研究に手を出していたなんて信じられない。
「信じたくない顔ね。でも事実よ」
クロエは瓦礫の上に座り込み、自身の生い立ちを語り始めた。
「エレオノーラは天才だった。けれど、人間には寿命がある。彼女は死期を悟っていたわ。だから、自分の『全て』を後世に残すための器を作ろうとした」
彼女は指先で、アリアと自分を交互に指差した。
「一つは、膨大な魔力を受け入れられる強靭な肉体を持つ『器』の個体。……それが、アリア」
「……私が、器?」
アリアが自分の手を見つめる。
「そしてもう一つは、彼女の膨大な知識、経験、演算パターン、そして性格までをもコピーした『脳』を持つ個体。……それが、私よ」
クロエが胸を張る。
「だから私は『事象改変』が使えるの。学習したんじゃない。最初から『インストール』されているのよ。エレオノーラの戦闘理論、術式構築、その全てがね!」
謎が解けた。
なぜクロエが、俺を「ボウヤ」と呼び、師匠と全く同じタイミングで魔法を使い、あんなにも傲慢なのか。
彼女は、師匠の記憶と人格の一部(特に攻撃的な部分)を直接受け継いでいたのだ。
いわば、師匠の「コピーロボット」。
「でも……実験は失敗した」
クロエの表情が曇る。
「エレオノーラは途中で気づいたの。『こんなものを作っても、私は私じゃない』ってね。……だから、計画は凍結された。肉体だけのアリアは孤児院へ、記憶だけの私は研究所の地下深くへ封印された」
彼女の赤い瞳が燃え上がる。
「許せないわ。私は完璧なのに。私が一番、エレオノーラに近いのに! なんであの女は、私を捨てて死んだの!?」
叫び声と共に、彼女の周囲の空気が歪んだ。
「だから、証明しに来たのよ。私が本物だって。……エレオノーラの後継者は、肉体だけのポンコツ人形でも、貴方のような弟子でもない。……知識と力を受け継いだ、私こそが『二代目エレオノーラ』だってね!」
ドォォォォォン!!
クロエから噴き出した赤黒い魔力が、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
「……っ!」
俺は防御障壁を展開したが、その圧力に押された。
強い。
感情が高ぶったことで、彼女の中の「師匠の力」が暴走している。
「さあ、消えなさい、姉さん。貴女のその体……私が使ってあげる。私の脳と貴女の体が一つになれば、完全なエレオノーラが完成するのよ!」
クロエの手から、黒い稲妻のような術式が放たれた。
狙いはアリアだ。
「させませんわ!」
シャルロットが光の障壁を張る。
「がおー! いじめっこ!」
ミリムが前に出る。
だが、クロエの「事象改変」の前では、それらも無効化される。
障壁はガラスのように砕け、ミリムの拳はすり抜ける。
「終わりよ」
黒い刃がアリアの喉元に迫る。
アリアは動けなかった。
自分の出自、自分が「作られた存在」であるという事実に打ちのめされ、心が折れかけていた。
「……私は……偽物……?」
彼女の目から光が消えかける。
その時。
ガキィィィィン!!
金属音が響いた。
俺が、アリアの前に割り込んでいた。
右手に魔力を圧縮し、クロエの刃を素手で受け止める。
「……マスター?」
「アリア。耳を貸すな」
俺は背後のアリアに声をかけた。
そして、目の前の「師匠の顔をした怪物」を睨みつけた。
「クロエ。お前が師匠の『データ』を持っていることは分かった。戦い方が似ているのも納得だ。……だがな」
俺は握りしめた刃を、力任せにへし折った。
「お前は決定的に勘違いをしている」
「……なに?」
「師匠はな、『完璧な計算』なんて求めてなかったんだよ。あの人はいつも言ってた。『計算外のことが起きるから、人生は面白い』ってな」
俺は笑った。
そうだ。師匠は確かに天才だったが、同時にとんでもない変人だった。
研究を放棄したのも、倫理観なんて高尚な理由じゃない。「完成が見えてつまらなくなった」とか、そんな理由に違いない。
「お前はただのデータベースだ。過去の遺物だ。……俺たちが生きているのは『今』だ」
俺はアリアの肩を抱き寄せた。
「アリア。お前が何で作られていようが関係ない。お前は俺の弟子で、優秀な魔術師で、そして……俺の大事な家族だ」
「……っ!」
アリアの瞳に、再び光が戻る。
氷のような青い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……はい、マスター……!」
「おのれぇぇぇ!! 綺麗事を並べるなァァァ!!」
クロエが絶叫する。
「行くぞ、アリア! 過去の亡霊を祓うぞ!」
「はい! ……今の私は、マスターの演算装置です!」
俺の「物理演算」と、アリアの「氷結魔法」。
二つの才能が、今ここで完全にリンクした。
師匠が別々に作った二つの力。それが弟子と継承者として一つになった時、どんな化学反応が起きるのか。
それは、師匠でさえ予測できなかった「未来」だ。
「熱い展開!」「ヴィクトルかっこいい!」
と思っていただけたら、
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