第四十九話 「世界改変? いいえ、それはただの『汚れ』ですのでお掃除します」
王都中央広場。
そこは、物理法則が崩壊した悪夢の遊園地と化していた。
ドガガガガッ!!
「くそっ、キリがない!」
俺は右腕に魔力を集中させ、迫り来る「殺人テディベア」の軍団を吹き飛ばした。
だが、粉々になった綿と布は、瞬時に空中で再結合し、元通りになって襲いかかってくる。
「キキッ! 無駄よボウヤ。私の『脚本』では、その子たちは不死身って書いてあるの」
時計塔の上で、ピエロ仮面――クロエが足をブラブラさせて笑っている。
「師匠! こいつら硬い!」
ミリムがベアの首を引きちぎるが、即座に修復される。
「氷結も効きません……! 凍らせた事実が『なかったこと』にされます!」
アリアが唇を噛む。
「私のレーザーが、綿飴に変えられましたわ!?」
シャルロットが悲鳴を上げる。
完全に手詰まりだ。
俺の「物理演算」は、既存の法則を利用・加速させる力。
対してクロエの「事象改変」は、法則そのものを書き換える力。
土俵が違う。俺が「1+1=2」を高速で解いている横で、あいつは「1+1=魚」とか書き込んでいるようなものだ。
「……チェックメイトね」
クロエが指を鳴らす。
空間が歪み、巨大な檻が俺たちを囲もうとした。
「終わりよ。貴方たちは私のコレクションになりなさい」
万事休すか。
俺が歯噛みした、その時だった。
シュッ、シュッ。
キュッ、キュッ。
戦場には似つかわしくない、軽快な音が響いた。
「……ん?」
俺とクロエが同時に音の方向を向く。
「……まったく。少し目を離した隙に、これです」
そこには、白いエプロンドレスを翻し、両手に雑巾とスプレー洗剤を持ったメイド――エリスが立っていた。
そしてその隣には、聖水をバケツに入れて持っている聖女セシリアもいる。
「エリス!? セシリア!? なぜここに……!」
俺が叫ぶと、エリスは膨れっ面で俺を睨んだ。
「酷いです、ご主人様! 『ピクニック』に行くと言って私を置いていくなんて! お弁当、作ったのに!」
「い、いや、これはピクニックじゃなくて戦争で……」
「言い訳はあとで聞きます!」
エリスはズカズカと戦場を歩き出した。
彼女の周りには、殺人テディベアたちが群がっている。
「危ない! そいつらは不死身だ!」
「あら、汚い」
エリスは冷ややかな目でベアを見下ろした。
そして、シュッシュッと洗剤を吹きかけ、雑巾で顔を拭った。
「――はい、キレイになりました」
ジュワァァァ……!
洗剤をかけられたベアが、白い煙を上げて溶け始めた。
いや、溶けたのではない。「元に戻った」のだ。
ベアの姿が崩れ、本来の姿――ただの石畳や街路樹に戻っていく。
「な……!?」
クロエが身を乗り出した。
不死身の再生能力が発動しない。
「な、何をしたの!? 私の改変を解いただと!?」
エリスは涼しい顔で答えた。
「ただの『お掃除』です。……このベタベタしたお菓子も、趣味の悪いぬいぐるみも、この美しい王都にとってはただの『汚れ(シミ)』ですので」
彼女にとって、クロエの高度な事象改変魔法は、「落ちにくい頑固な油汚れ」と同じカテゴリらしかった。
「セシリア様、すすぎをお願いします!」
「はい! 神聖漂白!」
セシリアが聖水を撒く。
それはただの水ではない。エリスの「掃除への執念」と、セシリアの「浄化魔法」が合体した、対・改変用洗剤だ。
ジャァァァァァ!
二人が進む道が、次々と正常な石造りの街並みに戻っていく。
お菓子の壁が石に戻り、ぬいぐるみにされた市民が人間に戻る。
「ありえない……! 私の世界が……ただのメイドに!?」
クロエが狼狽する。
「ご主人様の行く道を汚すものは、私が全て拭き取ります! それがメイドの嗜みですから!」
エリスの背後に、鬼のようなオーラ(母性?)が立ち昇っていた。
強い。
アリアのような計算も、シャルロットのような火力もない。
あるのは、「汚いものは許さない」という絶対的な信念。
それは、複雑怪奇なクロエの術式を、「ゴミ」として一蹴する最強のカウンターだった。
「……あいつ、俺より強くないか?」
俺は呆然と呟いた。
だが、これは好機だ。
エリスたちが「世界」を洗浄し、クロエの支配領域を中和してくれている。
今なら、俺の「物理演算」が通る!
「よくやった、エリス! 後でボーナス(頭なでなで)だ!」
「はいっ! ご主人様!」
俺は地面を蹴った。
エリスが切り開いた「清浄な空間」を通り抜け、時計塔へと肉薄する。
「おのれ、ボウヤぁぁぁ!!」
クロエが叫び、空間を捻じ曲げようとする。
だが、遅い。エリスの「掃除」によって、術式の展開が阻害されている。
「そのふざけた仮面……終わりにしてやる!」
俺は右拳に、ありったけの魔力と物理エネルギーを収束させた。
――【物理演算:一点突破】
「やめ――」
ドゴォォォォォン!!
俺の拳が、クロエの顔面を捉えた。
防御障壁ごと粉砕する一撃。
パリーン……。
乾いた音が響き、不気味なピエロの仮面が真っ二つに割れて弾け飛んだ。
「……がはっ……!」
クロエが吹き飛び、瓦礫の中に転がる。
砂煙が舞う中、俺はゆっくりと近づいた。
ついに追い詰めた。
師匠の技を使い、俺を翻弄した偽物。その正体。
「……見せてもらおうか。お前の素顔を」
煙が晴れる。
そこに倒れていたのは、黒いローブを纏った、小柄な少女だった。
長い銀髪。白い肌。
そして、俺を見上げるその顔は――
「……なっ!?」
俺の足が止まった。
思考が停止した。
そこにいたのは、俺の師匠の若い頃に瓜二つの顔……ではなかった。
いや、似ている。似ているが、決定的に違う。
その顔は、俺の屋敷にいる「ある人物」と、鏡合わせのように同じだったのだ。
「……アリア?」
そう。
倒れていたクロエの素顔は、アリアと瓜二つだったのだ。
ただし、その瞳の色だけが、アリアの「氷のような青」ではなく、禍々しい「深紅」であることを除いて。
「エリス強すぎw」「アリア顔のクロエ……どういうこと!?」
と思っていただけたら、
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