第四十五話 「遺伝子は別人。……じゃあ、あの『完コピ』は誰なんだ?」
嵐のような勇者パーティー(というか、あのピエロ女)が去った後。
俺は屋敷の地下にあるラボに篭っていた。
薄暗い部屋で、モニターの青白い光だけが俺の顔を照らしている。
「……オメガ。解析はまだか」
『現在98%……。マスター、もう少し待ってください。あの「不確定要素」の残留思念と、貴方の頬に付着していた微量な皮脂細胞から、DNA配列を復元中です』
俺は椅子に深く沈み込み、天井を仰いだ。
あのピエロ仮面の魔導士――クロエ。
彼女が俺に見せた「事象改変」は、間違いなく俺の師匠の技術だった。
物理法則を計算するのではなく、結果を先に書き換える神の御業。
あんな芸当ができる人間は、この世界に二人といないはずだ。
(師匠は死んだ。……俺がこの手で看取ったんだ)
だが、もし生きていたら?
あるいは、死んだふりをしていただけだとしたら?
あの「ボウヤ」という呼び方。人を舐め腐った態度。
全てが彼女(師匠)と重なる。
『――解析完了』
オメガの声が響いた。
モニターに、「NO MATCH」の赤い文字が浮かび上がる。
『結果が出ました。……該当個体「クロエ」の遺伝子情報は、マスターの記憶にある「師匠」のものとは一致しませんでした』
「……なに?」
俺は身を乗り出した。
『完全な別人です。血縁関係すら認められません。年齢も、肉体的には10代後半から20代前半。……師匠が存命だった場合の推定年齢とも矛盾します』
「……別人、だと?」
俺は呆然と画面を見つめた。
ホッとしたような、それでいて余計に底知れない恐怖に突き落とされたような感覚。
師匠ではない。
じゃあ、あいつは誰だ?
師匠と全く同じ魔法理論を使い、同じ口調で喋り、俺を子供扱いしたあの女は。
師匠の隠し子? それとも、師匠の技術を盗んだ天才的な模倣犯?
「……ふざけやがって」
俺は拳を握りしめた。
どちらにせよ、事実は一つだ。
「俺より遥かに強い魔法使い」が、敵として現れたということだ。
今の俺の「物理演算」では、奴の「事象改変」には勝てない。
計算速度が足りない。処理落ち(ラグ)が命取りになる。
「……やるしかないな」
俺は立ち上がった。
隠居生活? 知ったことか。
俺の技術を上から目線で踏みにじられたまま、のんびり茶を啜っていられるか。
◇
夕暮れの庭園。
俺は三人のヒロインを呼び出した。
「あら、ヴィクトル。どうなさいましたの? そんな怖い顔をして」
シャルロットが不思議そうに首を傾げる。
「師匠ー、お腹すいたー。ご飯まだー?」
ミリムがあくびをしている。
「……マスターの魔力波形が乱れています。戦闘モード(バトル・ステート)へ移行中?」
アリアだけが、俺の殺気を感じ取って身構えた。
俺は三人をぐるりと見渡し、宣言した。
「お前たち。……今から俺を殺す気でかかってこい」
「「「え?」」」
三人の声が重なる。
「訓練だ。俺のリミッターを外す。……今の俺の演算速度では、あのピエロ女には届かない。だから、お前たちの『規格外』な力を使って、俺を追い詰めろ」
俺は防御障壁を展開した。
手加減なしの、多重展開だ。
「遠慮はいらん。アリアは最大出力で凍らせろ。シャルロットは撃ち抜け。ミリムは殴れ。……俺が死なない程度にな」
一瞬の沈黙。
そして。
「……ふふ。つまり、師匠は私たちに『身体で教えてほしい』と?」
アリアが妖艶に笑い、眼鏡を外した。
パキキキッ……空気が凍る。
「まあ! ヴィクトルったら、ドMですの!? いいですわ、私がたっぷりと『愛のムチ』を差し上げます!」
シャルロットがドレスの裾を翻し、無数の光球を展開する。
「よく分かんないけど、師匠とプロレスごっこだね! やるやるー!」
ミリムが半竜化し、瞳をギラつかせた。
……待て。
なんか「殺し合い」のニュアンスが、「愛の暴走」に変換されていないか?
「い、行くぞ! 開始!」
「愛してますわぁぁぁ!! 【王家流・愛の光線】!!」
「凍りついて、私の中で永遠になりましょう。 【絶対零度・抱擁】」
「押し倒す!! 【ドラゴン・マウント・プレス】!!」
ドゴォォォォン!!
極太レーザーと絶対零度の吹雪、そして質量兵器のようなタックルが同時に襲いかかってきた。
馬鹿野郎、死ぬ! これは訓練じゃなくて処刑だ!
――【高速演算:並列処理開始】
――【熱源探知、弾道予測、回避行動――間に合わない!】
――【緊急術式:空間歪曲】
俺は必死に脳を回転させた。
死ぬ気で逃げる。計算する。防御する。
三人の攻撃は、それぞれが災害級だ。しかも連携が最悪に良い。
「ちょ、タンマ! シャルロット、出力高すぎだ!」
「愛の重さですわ!」
「アリア、足を凍らせるな!」
「逃がしません。貴方は私の氷像になるのです」
「がおー! 食べちゃうぞー!」
「噛むな! ミリム、物理的に噛むな!」
結果として。
その夜、俺はボロ雑巾のようになって庭に大の字で倒れていた。
服は焦げ、髪は凍り、体中が噛み跡だらけだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
だが。
不思議と、意識は冴え渡っていた。
死線をくぐり抜けたことで、脳の回路が焼き切れ、逆に「最適化」された感覚。
無駄な思考が削ぎ落とされ、生存本能だけが研ぎ澄まされた。
「……オメガ。今の俺の演算速度は?」
『報告。通常時の1.5倍を記録。……マゾヒズムによる覚醒かと思われます』
「うるさい。……だが、悪くない」
俺は夜空を見上げた。
ピエロ女――クロエ。
お前が師匠じゃないなら、遠慮はいらない。
俺の可愛い弟子たちに揉みに揉まれたこの「NEWヴィクトル」が、いずれその仮面を剥がしてやる。
……その前に、まずはこの上に乗っかって寝ているミリムと、俺のシャツを剥ぎ取ろうとしているエリスたちをどうにかしないといけないのだが。
「ヴィクトル頑張れ」「ヒロインたちの愛が重すぎて物理ダメージ」
と思っていただけたら、
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