表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/80

第四十一話 「『私には、その価値がないと言いたいですの?』シャルロットの家出」



 アリアとの「接続」が発覚した翌日。

 屋敷の空気は、表面上は穏やかを取り戻していたが、水面下ではドロドロとした感情が渦巻いていた。


 特に、シャルロットの様子がおかしい。

 彼女はいつものように喚くことも、アリアに突っかかることもなく、ただ無言で紅茶を啜っていた。その瞳は、凍てついたように冷ややかだった。


「……シャルロット。話がある」


 昼下がり。俺は彼女を書斎に呼び出した。

 これ以上、不機嫌なオーラを撒き散らされてはたまらない。


「なんですの? アリアとの『愛の巣』での情事を、私に自慢したいのですか?」


 シャルロットは椅子に座ろうともせず、立ったまま俺を睨みつけた。

 棘がある。だが、その声は微かに震えていた。


「違う。……お前が望んでいた『魔力回路の書き換え』についてだ」


 俺が切り出すと、シャルロットの顔がパッと明るくなった。


「! や、やっとその気になりましたの!? そうですわよね、王女である私を差し置いて、あんな氷女だけ特別扱いなんて――」


「結論から言うと、お前には施術しない」


 俺は淡々と告げた。


「――は?」


 シャルロットの笑顔が凍りついた。


「なぜ……ですの?」


「リスクが高すぎる。アリアの魔力は単一属性(氷)で構造が単純だったから、俺の演算コードを割り込ませる隙間があった。だが、お前の『王家流複合魔術』は複雑すぎる。俺の魔力を無理やり流し込めば、お前の才能そのものが壊れる可能性がある」


 それは事実だった。

 アリアは「出力過多のエンジン」だったから制御系を書き換えた。

 だがシャルロットは「精密時計」だ。俺の規格外の魔力ハンマーで叩けば、彼女の繊細な良さが失われてしまう。


「だから、お前はそのままでいい。今のままでも十分に強い」


 俺は彼女のためを思って言ったつもりだった。

 だが、その言葉はシャルロットにとって、最も残酷な拒絶として響いたようだった。


「……嘘つき」


 彼女が小さな声で呟いた。


「え?」


「嘘つきですわ!!」


 バンッ!!

 シャルロットがデスクを両手で叩いた。その目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「リスクなんて言い訳です! 貴方は……貴方は、私が『邪魔』なんですのよね!?」


「なに?」


「アリアは特別。貴方と同じ世界を見ている。でも私は……ただの騒がしいお姫様。守られるだけの足手まとい! だから、貴方の領域コードには入れてくれないんですわ!」


「シャルロット、落ち着け。俺はそんなつもりで――」


「触らないで!」


 俺が伸ばした手を、彼女はパシッと払い除けた。

 その拒絶は、俺の予想を超えていた。


「もういいです……。私が惨めになるだけですもの」


 シャルロットは涙を拭い、背を向けた。


「実家に帰らせていただきます。……今まで、お世話になりました」


「おい、待て!」


 バタンッ!!

 重い扉が閉ざされた。


   ◇


 数時間後。

 シャルロットは本当に荷物をまとめ、屋敷を出て行こうとしていた。

 彼女の従者や護衛もいない。たった一人で、小さなトランクを引きずりながら、正門へと歩いている。


 空はどんよりと曇り、冷たい雨が降り始めていた。


「……本気かよ」


 俺はため息をつき、転移テレポートした。


 ザァァァァ……。

 雨に濡れる街道。

 シャルロットの前に、俺は立ちはだかった。


「退いてくださいまし」


 傘も差さずに歩く彼女は、ずぶ濡れだった。自慢の金髪が頬に張り付き、化粧も落ちている。だが、その瞳だけは強情に燃えていた。


「退かん。……こんな雨の中、どこへ行く気だ」


「王都へ帰ります。……ここには、私の居場所なんてありませんから」


「あるだろう。お前の部屋も、席も」


「物理的な場所の話ではありません!」


 シャルロットが叫んだ。雨音にかき消されないよう、悲痛な声を張り上げる。


「心の話です! ……私は、貴方の一番になりたかった。貴方の隣で、貴方を支えるパートナーになりたかった! でも、貴方はアリアを選んだ。彼女の魂には触れたのに、私には『そのままでいい』と線を引いた!」


 彼女はその場に崩れ落ちそうになりながら、俺を睨んだ。


「『そのままでいい』なんて言葉、優しさじゃありません。それは……『お前には期待していない』と同じですわ!」


 胸が痛んだ。

 俺の配慮不足だ。

 俺は、彼女を「壊したくない」と大切にするあまり、彼女の「強くなりたい」「繋がりたい」という渇望を無視していたのだ。

 アリアには「共犯者」としての道を示したのに、シャルロットには「客」としての扱いしかしなかった。


「……悪かった」


 俺は雨の中、彼女に歩み寄った。

 魔法で雨を弾くこともせず、俺もまたずぶ濡れになりながら。


「私の……何が悪かったんですの……?」


 シャルロットがしゃくり上げる。


「努力もしました。貴方に認めてほしくて、家事も覚えた。嫌いなピーマンも食べた。……なのに、どうしてアリアなんですか……っ」


「シャルロット。勘違いするな」


 俺は彼女の前に膝をつき、その冷たい手を取った。


「俺がアリアを書き換えたのは、あいつが『未完成』だったからだ。放っておけば壊れる危うさがあった。だから俺のシステムで補強したに過ぎない」


 俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「だが、お前は違う。お前は『完成』されている」


「……え?」


「お前の魔法は美しい。王家の誇りも、その強情な性格も、努力する姿も。……俺の無機質なコードで上書きして消してしまうには、あまりにも惜しいんだ」


 俺は彼女の手を、自分の胸に当てた。


「アリアは俺の『システムの一部』になった。だが、俺がお前に求めているのは、そんな従属的な関係じゃない」


「じゃあ……なんなんですの……?」


「対等な『個』だ。……俺は、俺の色に染まっていない、鮮やかなお前が好きなんだよ」


 それは、初めて口にする本音だったかもしれない。

 俺の周りは、俺の力に屈服するか、依存するか、恐れる者ばかりだ。

 だがシャルロットだけは、最初から俺に正面からぶつかってきた。その輝きを、俺の手で濁らせたくなかった。


「……ヴィクトル……」


 シャルロットの瞳が揺れる。

 雨粒か涙か、分からなくなった雫が彼女の頬を伝う。


「でも……寂しいですわ。繋がりが……欲しいんです」


「ああ。だから、別の方法を用意した」


 俺はポケットから、一つのペンダントを取り出した。

 それは魔道具ではない。俺がこの世界に来て初めて、手作業で彫金した、不格好だが温かみのある銀のネックレスだった。


「回路の書き換えはしない。その代わり、これをやる」


「これは……?」


「俺の魔力を封じた『鍵』だ。これを持っていれば、俺の書斎アーカイブへいつでもアクセスできる。俺の知識、俺の過去、俺の思考……全てをお前に共有する権限アクセスキーだ」


 肉体の改造ではなく、精神的な共有。

 それは「支配」ではなく「信頼」の証。


「アリアには俺の『力』を預けた。……お前には、俺の『心』の一部を預ける」


 俺は彼女の首に、ネックレスをかけた。

 銀の鎖が、彼女の白い肌に吸い付くように馴染む。


「……『心』……」


 シャルロットがペンダントを強く握りしめた。

 その顔に、ゆっくりと赤みが戻ってくる。


「……ずるいですわ」


 彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、笑った。


「こんなの……書き換えられるより、ずっと重いじゃありませんか」


「嫌か?」


「……いいえ。嬉しいです。誰よりも……嬉しい」


 シャルロットは飛びつくように俺に抱きついた。

 雨の中で、冷たいはずの彼女の体は熱かった。


「帰りましょう、ヴィクトル。……私の家に」


「ああ。風邪を引くぞ」


 俺はようやく魔法を使い、二人を包む温かい風の結界を展開した。

 雨雲が割れ、夕日が差し込む。


 帰り道。

 シャルロットは俺の腕にしっかりと抱きつき、ペンダントを愛おしそうに撫でていた。


「……でも、アリアには内緒ですわよ? これは私だけの特権ですから」


「分かってる」


「あと……帰ったら、お風呂。……一緒に入って温めてくださいますわよね?」


「……それは」


「身体が冷え切ってしまいましたの。責任、取ってくださいまし?」


 彼女は悪戯っぽく、しかし甘えるように上目遣いで俺を見た。

 その表情には、もう迷いはない。

 「一番」になれなかった劣等感ではなく、「唯一」になれた自信が満ち溢れていた。


 ……やれやれ。

 魔力回路の書き換えよりも、精神的な繋がり(と、これからのお風呂)の方が、よほどタチが悪そうだ。

 だが、腕にかかる彼女の重さは、決して悪くはなかった。

「シャルロット可愛い」「ペンダントの重みが良い」

と思っていただけたら、

【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ