第三十五話 「王女様が『学校の魔法は非効率(ゴミ)ですわ!』と論破して、俺が呼び出された」
翌朝。
王女シャルロットが、玄関の柱にしがみついて抵抗していた。
「嫌よ! 行きたくない! あんな『おままごと』のような授業、受けるだけ時間の無駄ですわ!」
彼女は王立魔術学院の制服(深紅のブレザーにチェックのスカート)を着ているが、その足はテコでも動かない。
「おい、遅刻するぞ。義務教育だろ」
俺は彼女の背中のランドセル(魔導鞄)を引っ張る。
「だって! 先生たちの魔法理論、古すぎますもの! 『炎よ、契約に従い我が敵を焼け』なんて30秒も詠唱してる間に、師匠なら敵を100回殺してコーヒー淹れてますわよ!?」
「……まあ、否定はしないが」
確かに、この世界の魔法教育は「詠唱至上主義」だ。
だが、俺の「物理演算」は、一般人には難解すぎる。
「いいから行け。お前がサボると、保護者代理の俺が国王陛下に怒られるんだ」
「うぐぐ……! 分かりましたわ! 行ってやりますわよ! その代わり、今日の晩御飯はポチ様と同じ『特上肉』にしてください!」
「分かった分かった」
シャルロットは不満たらたらで登校していった。
……やれやれ。これでやっと静かな午前中が過ごせる。
そう思ったのも束の間だった。
二時間後。
俺の元に、学院から緊急の使い魔(伝書鳩)が飛んできた。
『至急、学院長室までお越しください。シャルロット様が――校舎の一部を消滅させました』
「……は?」
◇
王立魔術学院、校長室。
重厚な扉を開けると、そこにはふんぞり返るシャルロットと、顔面蒼白の教師たち、そして頭を抱える校長がいた。
「ヴィクトル殿……ご足労いただき感謝します」
校長が胃薬を飲みながら出迎えた。
「で、何があった?」
「何があったも何も! この娘、授業中に私の魔法理論を全否定した挙句、実験場を爆破したんですぞ!」
髭を生やしたベテラン教師(ガンツ教授)が、唾を飛ばして抗議する。
「誤解ですわ! 私はただ『効率化』しただけです!」
シャルロットが反論する。
「ガンツ先生が『火球』の演習で、『イメージを固めろ、熱さを思い出せ』なんて精神論を説くから、『酸素濃度と燃焼速度を計算すれば詠唱は不要です』と実演しただけです!」
「その結果がこれか」
俺は窓の外を見た。
中庭にあった訓練用の石壁が、綺麗な円形に「抉り取られて」いた。
爆発ではない。超高温のプラズマによる、物質の昇華消滅だ。
「……やりすぎだ。出力調整を忘れたな?」
「うっ……それは……師匠の計算式が優秀すぎて、つい……」
シャルロットが視線を逸らす。
「ヴィクトル殿! 貴方は一体、王女殿下に何を教えているのですか!? 詠唱破棄など、宮廷魔導師でも困難な高等技術! それを16歳の少女が……しかも、あの青白い炎はなんだ!?」
ガンツ教授が詰め寄る。
「あれはただの完全燃焼だ。不純物が混ざるから赤くなる。純粋な魔力で酸素を供給すれば青くなる。常識だろ」
「じょ、常識……!?」
教師たちがざわつく。
この世界では、炎の色は「精霊の機嫌」で決まると信じられているからだ。
「それに! 彼女は教科書の内容まで書き換えていた!」
教授がシャルロットの教科書を突き出す。
そこには、元の魔法陣が赤ペンで修正され、複雑な数式と『※ここ無駄』『※効率悪い』『※クソ仕様』といった書き込みがびっしり書かれていた。
「……字が汚いな」
「そこじゃありません! これは冒涜です! 伝統ある魔法式を愚弄している!」
「愚弄も何も、事実だろ」
俺は教科書をパラパラとめくった。
「例えばこの【水流操作】の術式。摩擦係数の変数を無視してるから、曲がる時に魔力ロスが起きる。だからお前たちの水魔法は『遅い』んだ」
俺は黒板に向かい、チョークを走らせた。
――【最適化:流体力学・ベルヌーイの定理適用】
カッカッカッ……!
数秒で新しい術式を描き上げる。
「試してみろ」
「ば、馬鹿な……こんな数字の羅列で魔法が……【水流】!」
ガンツ教授が半信半疑で、俺の書いた式に魔力を通した。
その瞬間。
ズドォォォォン!!
チョロチョロと出るはずの水が、高圧洗浄機のような勢いで噴出し、反対側の壁を貫通した。
「ひぃぃぃぃ!? な、なんだこの威力はぁぁぁ!?」
教授が腰を抜かす。
他の教師たちも、開いた口が塞がらない。
「魔力消費は十分の一。威力は十倍。これが『現代(俺流)』の魔法だ」
俺はチョークを置いた。
静寂。
そして――。
「す、素晴らしい……!!」
校長が立ち上がり、目を輝かせて俺の手を握った。
「これぞ革新! これぞ真理! ヴィクトル殿、ぜひ我が校の『特別名誉教授』になっていただけませんか!? 給料は言い値で払います!」
「は?」
「そ、そうです! 私にもその『物理演算』とやらをご教授ください!」
「私にも!」
先ほどまで怒っていた教師たちが、手のひらを返して群がってきた。
魔法オタクたちにとって、俺の理論は垂涎の的だったらしい。
「お断りだ。俺は隠居生活を楽しみたいんだ。仕事は増やさん」
俺はきっぱり断った。
「えぇ〜……師匠が先生なら、私も真面目に授業受けるのに」
シャルロットがつまらなそうに言う。
「お前はまず、基礎(出力制御)を覚えろ。壁の修理代、お前の小遣いから引くからな」
「ええっ!? そんな殺生な! お父様に言いつけますわよ!」
「言いつけろ。どうせ陛下も俺の味方だ」
◇
帰り道。
夕焼けの中、俺とシャルロットは並んで歩いていた。
彼女はブツブツ文句を言っているが、その表情はどこか晴れやかだ。
「……でも、少しスカッとしましたわ」
シャルロットがポツリと言う。
「あの教授たち、いつも『伝統が〜』とか『前例が〜』とかうるさいんですもの。師匠の理論で黙らせた時、初めて魔法が『面白い』と思えました」
「そうか。なら、明日からはサボるなよ」
「ええ。……でも、分からない所があったら、また教えてくださいますか?」
彼女が上目遣いで俺を見る。
ツンケンした態度の裏に、素直な尊敬が見え隠れしていた。
「……気が向いたらな」
「ふふっ。ありがとうございます、師匠」
シャルロットが嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は、年相応の少女のもので、少しだけ可愛げがあった。
まあ、騒がしい弟子が増えるのも、悪くはない……か?
「あ、そうだ師匠。校庭の壁、直すの忘れました」
「……俺の魔法で直しただろ?」
「いえ、さっきの教授の水魔法で、反対側の壁にも穴が……」
「……」
俺たちは顔を見合わせ、無言で歩く速度を早めた。
明日、また呼び出し確定だな。
「王女様、学校で無双する(物理)」
ヴィクトル理論にかぶれたシャルロットが、学校の常識を破壊しました。
彼女は「問題児」として名を馳せることになりますが、実力は本物です。
「ざまぁ展開キタコレ」「物理演算魔法、最強説」
と思っていただけたら、
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