第三十三話 「国王『娘をやる』 俺『いらん』 王女『私だって嫌よ!』 四人『殺す』」
深夜のリビング。
空気は、アリアの氷魔法によって物理的に凍りついていた。
「……陛下。もう一度、仰っていただけますか?」
アリアが笑顔で、しかし目は笑わずに問いかける。彼女の背後には、氷の槍が無数に浮遊していた。
ミリムは爪を伸ばし、エリスは包丁を研ぎ、セシリアは祭壇を作って藁人形に五寸釘を打つ準備をしている。
「あ、いや……だからな、ヴィクトル殿に、我が国の第一王女シャルロットを嫁がせようと……」
国王陛下が脂汗を流しながら、小さくなっている。
彼が言い出した提案は、俺の隠居計画を根底から覆すものだった。
「お断りします」
俺は即答し、お茶をすすった。
「な、なぜだ!? シャルロットは美人だぞ? それに、君が王族になれば、この国の国防は盤石になる! 君という『歩く戦略兵器』を他国に取られたくないのだ!」
国王の本音が漏れた。
要するに、俺を政略結婚で縛り付けて、国の防衛システム(永年無料)として運用したいらしい。
「面倒くさい。俺はただの一般市民だ」
「そ、そう言わずに! 一度会うだけ! 会うだけでいいから!」
国王が必死に懇願する。
その時。
バンッ!!
屋敷の扉が乱暴に開かれた。
「お断りよ! 私だって、どこの馬の骨とも知れない男なんてお断りだわ!」
入ってきたのは、煌びやかなドレスに身を包んだ少女だった。
プラチナブロンドの縦ロール。宝石のような青い瞳。扇子で口元を隠しているが、その目は明らかに俺を見下していた。
第一王女、シャルロット・ド・キングダム(16歳)。
「お父様! 正気ですか? 相手は元冒険者でしょう? いくら強いと言っても、所詮は野蛮な筋肉ダルマですわ! 私の夫となる人物は、高貴で、教養があり、魔法理論に精通した『知の賢者』でなくては!」
シャルロットが早口でまくし立てる。
どうやら彼女、俺のことを「脳筋の冒険者」だと思っているらしい。
「それに見てください、この薄汚い……あら、意外と綺麗なお屋敷ね」
シャルロットがエリスの掃除が行き届いた床を見て、一瞬言葉を詰まらせた。
「け、けど! こんなハーレム男、不潔ですわ! 女子供を侍らせて、何が最強ですか!」
彼女がアリアたちを指差す。
アリアのこめかみに青筋が浮かんだ。
「……師匠。このアマ、氷像にして王城の前に飾りましょうか?」
「ワンッ(噛みつく?)」
「あら、生意気な小娘ね。教育してやろうかしら」
一触即発の空気だ。
俺はため息をついた。
「安心しろ、王女様。俺も結婚する気はない。需要と供給は一致していない。解散だ」
俺が手を振ると、シャルロットの顔が赤くなった。
「な……なんですって!?」
彼女はツカツカと俺の前に歩み寄り、扇子で俺の胸を突いた。
「『私から』断るのはいいのよ! でも、『貴方から』私を振るなんて許さないわ! 私はこの国で一番高貴な花なのよ!?」
「……面倒くさい性格だな」
「うぐっ……! いいでしょう、そこまで言うなら、貴方が私の夫にふさわしくない『無能』であることを証明して差し上げます!」
シャルロットが杖を取り出した。
王家に伝わる、最高級のミスリル製の杖だ。
「私は王立学院を首席で卒業した天才魔術師! 私の『王家流・複合魔法』を受けてみなさい!」
彼女が詠唱を始める。
「天に輝く星々よ、王の威光と共に降り注げ! 【スターライト・バースト】!」
室内だというのに、天井付近に無数の光球が出現した。
上級魔法だ。直撃すれば屋敷が吹き飛ぶ。
「危ない!」
国王が叫ぶ。
「……やれやれ。家のリフォームは終わったばかりなんだ」
俺は座ったまま、片手を上げた。
――【魔法解析:光属性・拡散型】
――【構成欠陥発見:エネルギー変換効率30%(無駄が多い)】
――【強制分解】
パチン。
俺が指を弾いた瞬間。
シャルロットが作り出した光球が、シュン……と音を立てて消滅した。
まるで、最初から幻だったかのように。
「……は?」
シャルロットが杖を掲げたまま固まる。
「な、何をしたの? 防いだわけでも、避けたわけでもない……魔法そのものが『無かったこと』にされた……?」
「式が雑だ。光の屈折率計算が甘いし、魔力消費が無駄に多い。あんなものは懐中電灯代わりにもならん」
俺は淡々と指摘した。
「なっ、なっ……! 私の魔法を……懐中電灯……!?」
シャルロットがわなわなと震える。プライドが粉々だ。
「ヴィクトル殿はなぁ、魔法の理そのものを操る規格外なのだよ……」
国王が遠い目をする。
シャルロットは悔しそうに唇を噛んだが、すぐに気を取り直した。
「ぐぬぬ……! ま、まあいいわ! 魔法の腕だけは認めてあげる! でも、品格はどうかしら!? 王族としてのマナー、ダンス、教養……貴方にそれが――」
ドォォォォン!!!
突然、窓ガラスが割れ、黒い影が飛び込んできた。
暗殺者だ。
隣国の刺客か、あるいは国王を狙ったテロリストか。
「死ね、国王!」
覆面の男が、毒塗りの短剣を国王の喉元へ突き出す。
シャルロットが反応するより速い。
「きゃぁっ! お父様!」
シャルロットが叫ぶ。
だが、俺は動かなかった。ただ、ティーカップを置いただけだ。
カチャッ。
カップがソーサーに当たった小さな音。
それがトリガーとなった。
――【自動防衛システム:起動】
――【対象:敵対的殺意を持つ個体】
――【空間座標固定】&【運動エネルギー・ゼロ】
ピタッ。
暗殺者の体が、空中で静止した。
まるで動画を一時停止したかのように、不自然な体勢で固まっている。
「……え?」
シャルロットが目を丸くする。
「ポチ。夜食だ」
「ワンッ!(生ゴミ処理!)」
ガブッ。
ポチが暗殺者の足首を咥え、そのまま窓の外へ「ポイッ」と放り投げた。
遠くで「アァァァァ……」という悲鳴と共に、星になった。
「……騒がしいな。お茶が冷めた」
俺は新しいお茶をエリスに頼んだ。
国王は「た、助かった……さすがヴィクトル殿!」と安堵のため息をついている。
シャルロットは、口をあんぐりと開けて俺を見ていた。
「魔法……詠唱もなしに……? それに、あの冷静さ……」
彼女の中で、「野蛮な冒険者」という評価が崩れ去り、別の何かが芽生え始めていた。
それは恐怖か、敬畏か。
「……ふん! たまたま運が良かっただけよ!」
シャルロットは顔を背けた。だが、耳まで赤い。
「お父様! 結婚の話は保留にします! でも!」
彼女は俺をビシッと指差した。
「この男が、本当に国を守るに足る人物か、私が『監視』する必要がありますわ! よって、私もこの屋敷に住みます!」
「は?」
「なっ! 泥棒猫が増えた!」
ミリムが叫ぶ。
「……殺害リストの順位を入れ替えます。1位・王女」
アリアがメモを書き換える。
「監視よ、監視! 勘違いしないでよね! 貴方の粗を見つけて、いつか必ず土下座させてやるんだから!」
シャルロットはそう言い捨てると、「荷物を運ばせますわ!」と勝手に二階へ上がっていった。
「……ヴィクトル殿。すまん。娘を頼む」
国王が申し訳なさそうに頭を下げ、逃げるように帰っていった。
残されたのは、頭を抱える俺と、殺気立つ四人の女性陣だった。
……また一人、面倒なのが増えた。
俺の平穏な隠居生活は、どこへ向かっているのだろうか。
「王女様、襲来」
ツンデレ(?)王女シャルロットが、押しかけ同居を始めました。
彼女はヴィクトルを認めつつも、「悔しいから認めない!」という面倒な立ち位置です。
これで屋敷の人口密度がさらに上がりました。
「王女ちょろいw」「ツンデレ枠キタコレ」
と思っていただけたら、
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