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第二十八話 「ほんもの聖女が『弟子入り』を志願してきたが、俺の回復魔法は『バグ修正』だと理解してくれない」



 文化祭の喧騒の只中。

 俺の右腕は、国一番の聖女セシリアにガッチリとホールドされていた。


「あぁ……この腕から溢れ出る魔力の奔流……。まるで母なる大地のような、それでいて全てを無に帰すような……尊い……!」


 セシリアは恍惚の表情で俺の腕に頬擦りしている。

 純白の法衣、金の髪、慈愛に満ちた碧眼。

 本来なら絵画のように美しい光景だが、彼女の瞳孔が開いているせいで、ただただ怖い。


「……師匠。その女、離れる気配がありません。腕ごと切り落として、新しい腕を再生させましょうか?」


 反対側から、アリアが氷点下の視線と殺気を放っている。

 彼女の足元から地面が凍りつき、セシリアの法衣の裾まで氷が侵食し始めていた。


「あら、野蛮な方。貴女が一番弟子のアリアさんですね? 安心して、私は師匠の『愛人枠』でも構いませんことよ?」


「……死ね、売女」


 アリアが杖を抜き放つ。

 即座に【氷槍アイス・ランス】が生成される。


「待て待て、お前ら落ち着け」


 俺は二人を引き剥がした。

 周囲の学生たちが「修羅場だ……」「ヴィクトルさん、聖女様までタラシこんだのか……」とヒソヒソ噂している。誤解だ。


「セシリアと言ったか。俺はただの隠居だ。弟子も愛人も募集していない」


「ご謙遜を! 先日の『死者の谷』での奇跡、拝見しましたわ!」


 セシリアが目を輝かせる。


「死者を蘇生させ、腐肉を健康な肌に変え、アンデッドを『超健康体』にして浄化する……あんな荒々しくも神々しい『暴力的な癒やし』、見たことがありません!」


「あれはただの過剰回復オーバー・ヒールだ。毒をもって毒を制しただけだ」


「いいえ! あれこそが『真の救済』です! 教会のは『祈り』ですが、貴方のは『物理的な解決』! 私もその境地に至りたいのです!」


 どうやら彼女、教会の清廉潔白な癒やしに飽き足らない、ヒーラーとしてのバーサーカー素質があるらしい。


 その時。

 ドォォォォン!!

 校庭の方から爆音が響いた。


「キャアアアア! 逃げてぇぇぇ!」

「実験失敗だ! 暴走したぞぉぉ!」


 黒煙と共に、巨大な魔物が現れた。

 どうやら魔法生物学のクラスが展示していた『合成獣キメラ』が、檻を破って脱走したらしい。

 しかも、ただの暴走ではない。全身からドス黒い『呪い』の瘴気を撒き散らしている。


「グルァァァァァッ!!」


 キメラが咆哮し、近くにいた生徒を爪でなぎ払う。


「きゃっ!」


 女子生徒が吹き飛ばされ、腕から血を流して倒れた。

 傷口が黒く変色している。呪毒だ。


「大変! すぐに浄化を!」


 セシリアが駆け寄る。

 彼女は女子生徒にかざし、聖なる光を放った。


「神よ、迷える子羊に癒やしを! 【聖女の祈り(セイント・ヒール)】!」


 淡い光が傷口を包む。

 だが――。


 ジュッ。


 黒い呪毒は消えるどころか、光を弾いた。


「なっ……!? 私の最上級浄化魔法が効かない!? この呪い、深層コードまで食い込んでいるわ!」


 セシリアが驚愕する。

 キメラの呪いは、生物の遺伝子レベルで改変を行う強力なものだった。普通の回復魔法では、表面の傷しか治せない。


「だめ……このままでは壊死して……!」


「どけ。邪魔だ」


 俺がセシリアの肩を掴んで退かした。


「ヴィクトル様!? でも、これはもう切断しか……」


「切断? そんな非効率なことをするわけがないだろ」


 俺は女子生徒の傷口を見た。

 なるほど。呪いの術式が、細胞の再生プログラムを書き換えている。

 なら、元に戻せばいいだけだ。


 俺は空中に指を走らせた。


 ――【システム解析:生体コード・エラー検出】

 ――【バグ修正デバッグ:呪毒フラグ=FALSE】

 ――【バックアップ復元:5分前の状態へロールバック】


「【システム・リストア】」


 フォン。


 電子音のような音が響いた瞬間。

 女子生徒の腕から、黒いあざが「最初から無かったように」消滅した。

 傷口も塞がり、肌はツルツルになっている。


「え……? 痛くない……?」


 女子生徒が自分の腕を見てポカンとする。


「な、なんですの今の……!?」


 セシリアが絶句する。


「祈りも詠唱もなしに……因果律そのものを巻き戻した!? これが……神の御業……!」


「ただのデータ復元だ。さて、次はお前だ」


 俺は暴れるキメラに向き直った。

 キメラは俺たちを敵と認識し、毒のブレスを吐こうと大きく息を吸い込んだ。


「グルァァァッ!!」


「……師匠。私がやりましょうか?」


 アリアが杖を構える。


「いや、いい実験台だ。よく見ておけ。これが俺流の『癒やし』だ」


 俺はキメラに向けて掌をかざした。

 キメラの体は、複数の生物を無理やり繋ぎ合わせた不安定なコードの塊だ。

 だから「暴走」する。

 なら、「最適化」してやればいい。


 ――【対象スキャン:キメラ構造体】

 ――【最適化処理デフラグ:実行】

 ――【不要ファイル(殺意・凶暴性)削除】

 ――【ドライバ更新:従順性パッチ適用】


「【強制アップデート】」


 カッッッ!!


 キメラの体が激しく発光した。

 ボコボコと歪だった肉体が再構成され、無駄な筋肉が削ぎ落とされ、流線型の美しいフォルムへと変化していく。


「ギャ……ギャ……クゥ〜ン……」


 光が収まると、そこには――。

 つぶらな瞳で、フサフサの毛並みを持つ、巨大な「白い大型犬のようなもの」が座っていた。

 毒々しい紫色の肌は消え、神々しい真っ白な毛並みに変わっている。


「ワンッ!(スッキリした!)」


 元キメラは尻尾をブンブン振って、俺にじゃれついてきた。

 完全に無害化クリーンアップされたのだ。


「……う、嘘でしょう……?」


 セシリアが膝から崩れ落ちた。


「あの禍々しい怪物を……浄化するどころか『進化』させて手懐けるなんて……! あぁ、なんて背徳的な癒やし……!」


 彼女は涙を流して震えている。感動しているらしい。


「分かったか? これが『バグ修正』だ。祈る暇があったら手を動かせ」


 俺が言うと、セシリアは猛烈な勢いで頷いた。


「はい! わかりました師匠! 私、祈るのを辞めます! これからは物理と演算で癒やします!」


「……極端だな」


「アリアさん、その杖は、殴打用ですか?」


「……チッ。調子に乗らないでください」


 アリアが舌打ちをするが、セシリアはお構いなしだ。

 こうして、俺のパーティ(?)に、また一人厄介なメンバーが加わってしまった。


   ◇


 その日の夕方。

 宿に戻ると、俺の部屋の前に大量の荷物が置かれていた。


「なんだこれは」


「あら師匠、おかえりなさい!」


 エプロン姿のセシリアが出てきた。

 彼女は満面の笑みで言った。


「今日からここに住み込みで修行させていただきます! 教会には『神の啓示を受けたので探さないでください』と辞表を出してきました!」


「……は?」


「家事は任せてください! お掃除、お洗濯、そして夜のお世話まで……キャッ!」


 ドォォォォン!!


 アリアの氷塊がセシリアの横の壁を砕いた。


「……師匠。この女、やはり殺しましょう。部屋の空きはありません」


「大丈夫よ! 私は師匠のベッドの足元で寝ますから!」


「そういう問題じゃない!」


 俺は頭を抱えた。

 アリア(弟子)、ポチ(ペット)、ミリム(居候)、レオン(パシリ)、そしてセシリア(押しかけ聖女)。


 ……この宿、もう定員オーバーなんだが。

「聖女、祈りを捨てる」

ヴィクトルの影響で、聖女様が物理・演算派に転向しました。

キメラも可愛くなり、女子生徒の腕も治りましたが、宿の平穏は死にました。


「聖女の勘違いワロタ」「キメラが犬になったw」

と思っていただけたら、

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