第二十七話 「魔王の息子が文化祭で『本物の悪霊』を召喚したので、物理除霊(ラリアット)で教育的指導を行った」
秋。
王立魔術学院は、年に一度の祭典『星華祭(文化祭)』の準備に追われていた。
キャンパス内は、生徒たちが作った模擬店の屋台や、魔法を使ったアトラクションの準備で活気に満ちている。
だが、俺の弟子アリアが所属する特進クラス、1年A組の教室だけは、様子が違っていた。
「……おい、アリア。なんだこの禍々しい瘴気は」
俺は教室の扉の前で足を止めた。
そこからは、明らかにこの世のものではない冷気と、ドス黒いオーラが漏れ出している。廊下の床まで霜が降りていた。
「師匠。来てしまいましたか。……見ての通り、我がクラスの出し物は『お化け屋敷』に決定しました」
アリアがげんなりした顔で出迎える。彼女の手には、対霊戦闘用の数珠と聖水が握られていた。
「お化け屋敷? にしては、本格的すぎないか? 中から『呪うぞ……』とか『苦しい……』とか、ガチの怨嗟の声が聞こえるんだが」
「ええ。クラスメイトの多数決では『メイド喫茶』が優勢だったのですが……あのバカ王子が余計なことをしまして」
アリアが教室内を指差す。
「フハハハハ! 見よ! これぞ魔界の技術と恐怖の融合! 人間界の子供騙しとはレベルが違うわ!」
教室の中央で、魔王の息子レオンが高笑いしていた。
彼は黒板に巨大な魔法陣を描き、そこから次々と「何か」を呼び出していた。
ヒュ〜……ドロドロドロ……。
宙に浮く半透明の影。首のない騎士。血の涙を流す女。
それらは、ホログラムや作り物ではない。
正真正銘、冥界から呼び出された『本物の悪霊』たちだった。
「どうだヴィクトル! 余が魔界のコネを使って招聘した『劇団・百鬼夜行』の皆様だ! リアルな恐怖を追求するには、本物を使うのが一番だろう?」
レオンがドヤ顔で胸を張る。
「……バカか、お前は。客がショック死したらどうするんだ」
俺は呆れてため息をついた。
悪霊たちは、教室の中を好き勝手に飛び回り、準備中の生徒たちを脅かしている。
女子生徒が悲鳴を上げ、男子生徒が腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃぃぃ! 壁から手が出てきたぁぁ!」
「ぼ、僕の肩が重い……誰か乗ってる……!」
すでにアトラクションとして成立していない。ただのポルターガイスト現象だ。
「おいレオン。制御できてるのか?」
「ふふん、愚問だな。余は魔王の息子ぞ? このような低級霊ごとき……おい、貴様ら! そこは客の導線だ! 勝手に動くな!」
レオンが指示を出す。
だが、悪霊たちは無視した。
『……生者の肉だ……』
『……若く、瑞々しい魂……喰らいたい……』
悪霊たちの目が赤く光る。
彼らはレオンの命令を聞くどころか、完全に暴走し始めていた。
「あ、あれ? おかしいな。契約では『驚かすだけ』のはず……わっ、こら! 余に近づくな! 余は雇用主だぞ!?」
一体の悪霊が、レオンに向かって冷たい手を伸ばした。
『……契約など知らぬ……魔族の魂も美味そうだ……』
「ギャアアアア! 裏切られたぁぁぁ! ヴィクトル、助けろぉぉぉ!」
レオンが情けなく叫んで俺の後ろに隠れた。
やれやれ。魔王の息子とはいえ、まだ子供。霊媒師としての才能は皆無だったらしい。
「師匠。どうしますか? 教室ごと氷漬けにして浄化しますか?」
アリアが杖を構え、絶対零度の冷気を練り始める。
「待て。氷魔法は物理的な破壊を伴う。教室が壊れたら、文化祭が中止になりかねん」
俺は首を振った。
それに、せっかくの出し物だ。中止にするのは可哀想だろう。
「ここは『教育的指導』で解決する」
俺は一歩前に出た。
『……なんだ貴様は……邪魔をするなら、貴様から呪い殺してやる……』
リーダー格らしき巨大な怨霊が、俺の目の前に立ちはだかる。
物理攻撃が一切効かない、霊体特有の無敵感を漂わせている。
「霊体だから殴れないと思っているのか?」
俺はニヤリと笑った。
「幽霊といえど、この世界に顕現している以上、何らかの『場』の影響を受けている。なら、その定義を書き換えればいいだけだ」
俺は右手を軽く握り、指先の演算処理を開始した。
――【対象指定:教室内全霊体】
――【位相干渉:霊子結合強化】
――【物理定数付与:質量=100%】【摩擦係数=通常】
カチッ。
世界の設定が、局所的に書き換わった。
これまで透けていた悪霊たちの体が、急に「質量」を持ち始め、くっきりとした輪郭を帯びた。
『……あ? なんだ……体が重い……?』
「おめでとう。お前らは今から『実体』だ。つまり、物理攻撃が通る」
俺は踏み込んだ。
――【身体強化:インパクト・ブースト】
ドゴッ!!!!!
俺の拳が、怨霊の顔面(本来なら透けるはずの場所)にクリーンヒットした。
生々しい打撃音と共に、怨霊の顔がひしゃげ、数本の歯が飛び散る。
『グベラッ!? い、痛い!? なぜだ、我は霊体……ぶほぁっ!!』
吹き飛んだ怨霊が、壁に激突してずり落ちた。
今まで「壁をすり抜けていた」のに、今は「壁にぶつかって」痛がっている。
「つ、通じた……?」
レオンが目を丸くする。
「これが『物理除霊』だ。悪霊だろうが神だろうが、実体化させて殴れば解決する」
俺は拳をボキボキと鳴らしながら、他の悪霊たちを見回した。
「さて、次は誰だ? 成仏したい奴から前に出ろ。物理的に天に送ってやる」
『ヒッ……!』
『な、なんだあの人間は……!?』
悪霊たちが恐怖に震え上がった。
だが、恐怖はこれで終わりではなかった。
「ワンッ!(綿菓子だ!)」
俺の足元から、影が飛び出した。
ポチだ。
彼は実体化した悪霊を見て、尻尾をブンブン振っている。
バクッ!
『ギャアアアア! か、肩が喰われたぁぁぁ!』
ポチが一体の悪霊に噛みついた。
本来なら魂を喰らう悪霊が、逆に捕食されている。
「モグモグ……ペッ(味が薄い)」
ポチは不満そうに吐き出したが、悪霊の方は半身を失って泣いていた。
「あら、楽しそうね! 私も混ぜなさいよ!」
さらに、焼きそばパンを食べ終わったミリムも参戦した。
彼女は袖をまくり上げると、近くにいた落ち武者の霊の首根っこを掴んだ。
「あんた、いいサンドバッグになりそうね!」
ドガッ! バキッ! ズドン!
『お、お助けぇぇぇ!』
『もう悪いことはしません! 墓に帰らせてくれぇぇぇ!』
『人間怖い! 生きてる人間が一番怖い!』
教室は地獄絵図と化した。
ただし、被害者は悪霊側だ。
ヴィクトル、ポチ、ミリムの暴力トライアングルによって、冥界の住人たちは部屋の隅で小さくなり、ガタガタと震えて抱き合っていた。
「……師匠。除霊というより、カツアゲの現場に見えます」
アリアが冷静にツッコミを入れる。
「よし。大人しくなったな」
俺はボロボロになった悪霊たちの前にしゃがみ込んだ。
『す、すみませんでした……もう消えます……成仏します……』
リーダー格の怨霊が、涙目で土下座している。
「いや、帰るな。お前らには働いてもらう」
『え?』
「文化祭が終わるまで、シフト制で客を驚かせろ。ただし、客には指一本触れるな。もし約束を破ったら……」
俺はポチを指差した。
ポチは「ワンッ(おかわり)」と口を開けた。
『やります! 働かせてください! 死ぬ気で(死んでるけど)頑張ります!』
悪霊たちは一斉に敬礼した。
◇
そして、文化祭当日。
1年A組の『リアルお化け屋敷』は、大行列ができるほどの大盛況となった。
「キャー! すごいリアル!」
「あのお化け、演技がうますぎる!」
「なんか、お化けたちが全員、妙に悲壮感漂ってるのが逆に怖いよね」
客たちの評判は上々だ。
中では、悪霊たちが必死に働いていた。
『う、うらめしや〜……(これでいいですか? 殴らないでください)』
『呪ってやる〜……(休憩時間まだかな……)』
彼らの目には、恐怖ではなく、過重労働への哀愁が漂っていたが、それが逆に「生々しい」と高評価を得ていた。
「フハハハ! 見ろヴィクトル! 大成功だ! やはり余の采配に間違いはなかった!」
レオンが得意げに笑う。
俺は屋台で買った焼き鳥を食べながら、やれやれと肩をすくめた。
「まあ、結果オーライか」
その時。
人混みの中から、純白のローブを纏った一人の女性が、俺たちの屋台の前で足を止めた。
その目には、狂信的な光が宿っていた。
「……見つけました。この『神聖な気配』……」
彼女は、先日の『死者の谷』での一件――ゾンビを一瞬で健康体に生き返らせた奇跡の光――の痕跡を探していたのだ。
「貴方ですね? 死の淵から人々を救い出した、生ける神の使いは……!」
女性がいきなり俺の手を握りしめた。
「は?」
「私は聖女セシリア。どうか、私に『真の癒やし』をご教授ください!」
勇者パーティの聖女(代役)ではない。
本物の、国一番の聖女が、またしても厄介事を持ち込んできた瞬間だった。
「……師匠。また変な女が寄ってきました。凍らせますか?」
「ワンッ(噛みつく?)」
俺の平穏な隠居生活は、まだまだ遠いようだ。
「お化け屋敷、大成功(?)」
物理演算で実体化させられた悪霊たちが、労働の喜び(恐怖)に目覚めました。
彼らは文化祭終了後、泣きながら冥界へ帰っていったそうです。
「物理除霊ワロタ」「ポチに食われる幽霊w」
と思っていただけたら、
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