第二十六話 「魔王の息子が留学してきたので、『格の違い』を教えてやった」
勇者騒動が落ち着き、ようやく平和な日常が戻ってきた――はずだった。
「ヴィクトル様! 助けてください! 今度は『国際問題』です!」
王立魔術学院の学院長から、涙声の通信が入ったのは早朝のことだった。
俺は頭を抱えながら、保護者(アリアの師匠)として学院へと向かった。
◇
アリアが通う特進クラスの教室。
そこは、異様な緊張感に包まれていた。
「フハハハ! 見ろ、この貧弱な魔力反応を! これが人間のエリートか? 笑わせるな!」
教壇の上に立ち、生意気そうに腕を組んでいるのは、身長140センチほどの少年だった。
サラサラの銀髪に、真紅の瞳。そして頭には、小さな二本の角が生えている。
隣国・魔族領の王子、レオン・ド・デモン(10歳)。
通称、ショタ魔王だ。
「余は魔王の息子にして、次期魔界の覇者! 貴様ら人間如きと同列に学ぶつもりはない! このクラスの支配者になるために来たのだ!」
レオンが可愛い顔で高笑いする。
クラスメイトたちは「あちゃー」という顔をしているが、アリアだけは氷点下の視線を送っていた。
「……師匠。あの子供、うるさいです。口を凍らせて黙らせてもいいですか?」
「待てアリア。相手は一応、外交官特権持ちだ。殺すなよ」
俺が教室の後ろから声をかけると、レオンがビクッと反応した。
「あん? 誰だ貴様は。……むっ、魔力をほとんど感じないな。雑用係か?」
レオンが俺を見下す。
俺は魔力隠蔽を常時発動しているので、一般人にはただの一般市民にしか見えない。
「アリアの保護者のヴィクトルだ。王子様、授業の邪魔だぞ。席に着け」
「無礼者! 余に指図するな!」
レオンがカッとなり、小さな手のひらを俺に向けた。
「身の程を教えてやる! 魔界の業火に焼かれるがいい! 【獄炎球】!!」
ボウッ!!
レオンの手から、黒い炎の塊が放たれた。
魔王の血筋だけあって、威力は本物だ。直撃すれば教室が消し飛ぶ。
「キャアアア!」
「逃げろぉぉ!」
生徒たちがパニックになる中、俺は動かなかった。
代わりに、ポケットの中の『懐中時計』をいじった。
――【領域指定:熱力学・第二法則操作】
――【エントロピー減少・熱運動停止】
ヒュン。
迫りくる獄炎球が、俺の鼻先1センチで「停止」した。
いや、止まったのではない。
炎を構成する分子の振動が完全に止まり、熱エネルギーがゼロになったのだ。
パキパキパキ……。
黒い炎が、カチンコチンの「黒い氷」へと変化し、床に落ちて砕け散った。
「……は?」
レオンが呆然と口を開ける。
「な、なんだと……? 余の獄炎が……凍った……?」
「火遊びは感心しないな。スプリンクラーが作動するところだったぞ」
俺はやれやれと肩をすくめた。
教室は静まり返っている。
「き、貴様……何をした!? ただの魔法じゃない……! まさか『理』を捻じ曲げたのか!?」
さすがは魔王の息子。勘がいい。
だが、まだ認めたくないらしい。
「ぐぬぬ……! ならば、これならどうだ! 【重力圧壊】!!」
レオンが両手を振り下ろす。
俺の周囲に超重力が発生し、押し潰そうとする――はずだった。
――【重力定数(G)反転】
フワッ。
「うわあああああ!?」
俺ではなく、レオンの体が天井に向かって落ちていった。
重力が逆転したのだ。
ダンッ!
レオンは天井にへばりついた。
「な、なぜ余が!? 降ろせ! 高いところは苦手なんだ!」
手足をバタつかせる魔王の息子。
俺は天井を見上げた。
「いい眺めだな。そこから少し反省するといい」
その時。
廊下から「パタパタ」という足音が聞こえてきた。
「ヴィクトルー! お腹空いたー! 購買部のパン、全部買い占めてきたわよー!」
ミリムだ。
両手に山盛りの焼きそばパンを抱えている。
そして、その後ろをポチがトコトコとついてきていた。
「ワンッ!(パンくれないかな)」
教室に入ってきた二人を見た瞬間。
天井のレオンが、悲鳴を上げた。
「ヒィィィィッ!? そ、その気配は……!?」
レオンの顔色が青ざめ、ガタガタと震え出した。
魔族は本能的に「強者」を理解する。
彼には見えてしまったのだ。
ミリムから溢れ出る『古竜王の覇気』。
そしてポチから漏れ出る『世界を滅ぼす災厄の波動』が。
「古竜の姫……!? それに、あのトカゲは……まさか『終焉の獣』バハムート級の怪物か!?」
レオンの目には、ポチが巨大な黒い影に見えているらしい。
当のポチは、落ちていた消しゴムのカスを食べて「ペッ(まずい)」としていたが。
「な、なぜだ……なぜこんな魔境に、神話級の化け物が二体も……!?」
レオンが涙目で俺を見る。
「そして、それらを従える貴様は……一体何者なんだ!? まさか、魔界の裏番長か!?」
「ただの保護者だと言っただろ」
俺は指を鳴らし、重力を元に戻した。
ドサッ。
レオンが床に落ちる。
彼はすっくと立ち上がると、俺の足元に滑り込み、綺麗な土下座を決めた。
「申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!」
教室中が「えぇ……」とドン引きする中、レオンは叫んだ。
「余……いや、僕は井の中の蛙でした! 魔界の父上より強い奴が、こんなにゴロゴロいるなんて! お願いします! 僕を弟子にしてください!」
「断る。手のかかるガキは間に合ってる」
「そんなこと言わずに! 靴舐めますから! 魔界の特産品も献上しますから!」
レオンが俺の足にしがみつく。
「……師匠。こいつ、プライドないんですか?」
アリアがゴミを見るような目で言った。
「ワンッ(仲間入り?)」
「あら、生意気な小僧ね。パン買ってきなさいよ」
ポチとミリムも興味津々だ。
こうして。
俺の平穏な隠居生活に、新たに『魔王の息子』が加わることになった。
アリアのクラスメイトからは、「ヴィクトルさんって、魔王より偉いの?」という新たな誤解が生まれていたが、もう訂正する気力もなかった。
生意気ショタ魔王、即落ち。
物理法則操作と、規格外ペットたちの前には魔王の権威も形無しでした。
レオン君は今後、ミリムのパシリとして活躍(?)する予定です。
「ショタ魔王ちょろいw」「天井に張り付く魔王w」
と思っていただけたら、
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ショタかわいいね




