第二十三話 「ポチの婚約者(竜王娘) vs アリア(過保護な姉)」
宿の中庭には、隕石が落ちたようなクレーターができていた。
その中心で、フリルのついたゴシックドレスを着た少女――ミリムが、腰に手を当ててふんぞり返っている。
「聞きなさい、下等生物ども! 私は古竜王バハムートの娘、ミリムよ! パパが決めた婚約者、ポチ様をお迎えに上がったの!」
ミリムの背中から、半透明の龍の翼がバサリと展開される。
その魔力量は、先日の魔神ザルモスすら赤子に見えるほどだ。さすがは純血の古竜。
「……師匠。頭の痛い展開ですね。ペットの婚活トラブルですか」
アリアが冷ややかな視線を送る。
俺の肩の上では、当のポチが「ワンッ?(なんかうるさい)」とあくびをしていた。
「おい、お嬢ちゃん。人違いじゃないか? こいつはただの食いしん坊なトカゲだぞ」
俺が言うと、ミリムはカッと目を見開いた。
「無礼者! ポチ様の高貴なオーラが分からないの!? あの方こそ、次期竜王候補にして、私の運命の旦那様よ!」
ミリムはポチを指差し、頬を赤らめた。
「ああ、ポチ様……そのつぶらな瞳、だらしないお腹、そして何より強大な破壊の力……素敵!」
「ワンッ(褒められた?)」
ポチが満更でもなさそうに尻尾を振る。
だが、その前に一人の少女が立ちはだかった。
「……ちょっと待ってください」
アリアだ。
彼女の周囲の気温が、急激に低下していく。
地面の草花がパリパリと凍りついた。
「ポチは師匠のペットであり、私の弟分です。どこの馬の骨とも知れないトカゲ女に、簡単に渡すわけにはいきません」
「なっ……!?」
ミリムのこめかみに青筋が浮かぶ。
「ト、トカゲ女ですって!? 私は高貴なる竜姫よ! それに何よ貴女、ポチ様の飼い主気取りで! ……ハッ、まさか貴女もポチ様を狙っている泥棒猫!?」
「不愉快です。一緒にしないでください。私は家族として、弟の教育環境を守る義務があると言っているのです」
アリアが杖を構える。
ミリムが爪を伸ばし、臨戦態勢に入る。
「上等じゃない! その生意気な口、永久凍土にしてあげるわ!」
「貴女こそ、氷像にして床の間に飾ってあげます」
バチバチバチッ!!
二人の間に火花(と冷気)が散る。
一触即発。
世界最強クラスの氷魔法使いと、伝説の古竜の娘。
この二人が本気でぶつかれば、宿どころか王都が消滅する。
「……おい、お前ら」
俺は止めようとしたが、遅かった。
「【氷結界・絶対零度】!!」
「【古竜魔法・崩壊の爪】!!」
アリアの極大冷気と、ミリムの破壊エネルギーが衝突した。
ドォォォォォォォン!!
光と爆音が中庭を包み込む――はずだった。
ピタリ。
二つの魔法は、俺の目の前で「停止」した。
いや、消滅した。
「……え?」
「な、なんで……!?」
二人が呆然とする中、俺は掲げていた手を下ろした。
――【システムコマンド:領域干渉】
――【エネルギー保存則・無効化】
――【対象:運動エネルギー全消去】
「ここは宿の中庭だぞ。修理代を誰が払うと思ってるんだ」
俺はため息交じりに言った。
二人の放った致死級の魔法エネルギーは、俺の操作によって「最初から無かったこと」にされた。
「……ちっ。師匠が邪魔をしました」
アリアが舌打ちをして杖を下ろす。
「な、なんなの今の……!? 私の爪を消した……!?」
ミリムが信じられないものを見る目で俺を凝視する。
俺はポチを捕まえて、ミリムの前に突き出した。
「ほら、ポチ。お前の客だ。なんとかしろ」
ポチはミリムを見た。
ミリムは顔を真っ赤にして、モジモジし始めた。
「ポ、ポチ様……! 久しぶりです、ミリムです! パパとの約束通り、お嫁に来ました! 感動の再会……!」
ミリムが両手を広げて抱きつこうとする。
だが、ポチはスッと身をかわした。
「ワンッ?(手土産は?)」
「え?」
ミリムが固まる。
ポチはミリムの手やポケットの匂いをクンクンと嗅ぎ、「なんだ、食い物なしか」とばかりに興味を失い、俺の肩に戻って寝始めた。
「グゥ……(期待外れだ……)」
「ガーン!!」
ミリムがショックで石化した。
「ポ、ポチ様が……私より食い気を……!?」
「言っただろ。こいつは色気より食い気だ」
俺は肩をすくめた。
だが、ミリムはすぐに復活した。
彼女は懐から、虹色に輝く巨大な宝石を取り出した。
「そ、そうでした! ポチ様はグルメなんでしたわ! これを持ってきました! 竜の国に伝わる最高級おやつ『スター・クリスタル』です!」
ガバッ!!
寝ていたはずのポチが、音速で反応した。
バクッ!
ミリムの手から宝石を奪い取り、一瞬で噛み砕いた。
ボリボリボリ……ゴックン。
「ワンッ!!(美味い! お前いい奴!)」
ポチがミリムの足元にすり寄り、尻尾をブンブン振った。
現金なやつだ。
「きゃああっ! ポチ様が私にデレたわ! これで婚約成立ね!」
ミリムが勝利宣言をする。
アリアが氷のような視線を送る。
「……餌付けしただけでしょう。卑怯です」
「ふふん! 愛とは胃袋を掴むことよ! 今日から私もこのパーティに加わるわ!」
「は?」
俺は耳を疑った。
「パパにも『ポチ様をオトすまで帰ってくるな』って言われてるし! 今日からここが私の新居よ!」
ミリムは勝手に宿の中にズカズカと入っていった。
「おい待て。部屋は空いてないぞ」
「大丈夫、私はポチ様と同じ部屋で……」
「却下です。ポチは私の部屋で寝ています」
「なんですって泥棒猫ぉぉぉ!?」
宿の廊下で、再びギャーギャーと喧嘩が始まった。
「……やれやれ」
俺は天を仰いだ。
弟子の世話だけでも手一杯なのに、今度は竜王の娘まで転がり込んできた。
しかも、ポチを巡る三角関係(?)だ。
平和な隠居生活は、物理的に消滅したようだ。
新キャラ・ミリム登場。
ポチの婚約者を自称する彼女ですが、ポチにとっては「美味しいおやつをくれる人」という認識のようです。
アリアとの仲は最悪です。
「ポチのモテ期w」「師匠の胃が心配」
と思っていただけたら、
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