第二十二話 「ゾンビパニックを『過剰回復』で解決してみた」
死霊術師たちが支配する薄暗い土地、『死者の谷』。
そこは、文字通り死の匂いが充満する場所だった。
「……師匠。臭いです。腐敗臭とカビの臭いがします。私の鼻が壊れそうです」
アリアが眉間にシワを寄せ、鼻をハンカチで覆っている。
周囲には、朽ちた墓石と、動くスケルトンたちがカラカラと音を立てて徘徊していた。
「我慢しろ。招待状の主はこの奥だ。とっとと終わらせて帰るぞ」
俺たちが進むと、巨大なボロボロの城が見えてきた。
その門の前には、数千、いや数万を超えるであろう「ゾンビの群れ」が待ち構えていた。
「う、うあぁぁ……」
「にくぅ……いきのいい、にくぅ……」
腐った手を伸ばし、呻き声を上げる死者の軍勢。
その中心で、宙に浮く黒いローブの骸骨男――死霊王が、高らかに笑い声を上げた。
「ケケケッ! ようこそ、ヴィクトル殿! 我が『百鬼夜行』へ!」
死霊王が骨だけの指を広げる。
「貴様の肉体、素晴らしい! その魔力回路、その魂の輝き! ぜひ我がコレクションに加えさせてもらおう! 生きたまま解剖してな!」
「……やれやれ。どいつもこいつも、人の体をパーツとしか見ていないのか」
俺はため息をついた。
前回の筋肉爺さんといい、この世界の連中はデリカシーが欠如している。
「師匠。不潔です。あんな汚い連中に触られたら、肌が荒れます。凍結させて消毒しましょうか?」
アリアが殺気立っている。
「いや、氷だと後片付けが面倒だ。溶けると水浸しになる」
俺はゾンビの群れを見渡した。
物理攻撃は効きにくいし、数が多い。
普通なら火魔法で焼き払うか、聖魔法で浄化するのがセオリーだ。
「ポチ。骨は食べるなよ。腹を壊すぞ」
「クゥーン(腐ってるからいらない)」
ポチも興味なさげだ。
「かかれぇぇ! 我が愛しき死者たちよ! 新鮮な肉を喰らい尽くせ!」
死霊王の号令と共に、ゾンビの波が押し寄せてきた。
津波のような腐肉の壁だ。
「……師匠、来ます!」
「慌てるな。アンデッドの弱点は何だ?」
「聖属性の魔法、または回復魔法による『反転ダメージ』です」
「正解だ。だが、ちまちま浄化するのは面倒だな」
俺は指を立て、計算式を空中に描いた。
――【術式構築:回復魔法】
――【対象範囲:前方3キロメートル】
――【出力係数:5000%(致死量)】
通常の回復魔法は、アンデッドに対して「毒」となる。
ならば、致死量を超える「劇薬」をばら撒けばどうなるか。
「見ていろ。新しい除草剤の実験だ」
俺は指を鳴らした。
――【超広域・過剰回復・改】
カッッッッ!!!!!
俺の手元から、太陽が爆発したような閃光が放たれた。
それは慈愛に満ちた聖なる光――ではなく、暴力的なまでの生命エネルギーの奔流だった。
「ア、アガガガガッ!?」
「ヒ、ヒィィィィ!?」
光を浴びたゾンビたちが、悲鳴を上げる。
だが、彼らは消滅しなかった。
代わりに――。
ムクムクムクッ!!
腐っていた肉が急速に再生し、ピンク色の健康的な肌ツヤを取り戻していく。
落ちていた眼球が戻り、髪が生え、歯が生え変わり、ついでに筋肉が異常発達した。
「ウオォォォォ! 力が……力が漲るぅぅぅ!」
「肌がツルツルだ! 腰痛が治った!」
「生きているって素晴らしい!」
ゾンビたちが次々と「超健康体」のマッチョな人間に生まれ変わっていく。
いや、正確には「死んでいるのに生命力が溢れすぎている」という矛盾した存在だ。
「な、なっ、なんだこれはぁぁぁ!?」
死霊王が目を剥く(目玉はないが)。
「貴様! 何をした! なぜ我が僕たちが、健康体操を始めているのだ!?」
ゾンビ(元)たちは、あまりの健康さに喜び、その場でスクワットやラジオ体操を始めていた。
死の行軍が、早朝の公園の風景に変わってしまった。
「回復魔法をちょっと強めにかけただけだ。『死に至る病』も『死そのもの』も、回復させれば『生』になるだろう?」
「そ、そんな馬鹿な理屈が通るかぁぁぁ!」
「通したんだよ、力技で」
俺はさらに出力を上げた。
「さて、次は親玉の番だな」
俺は死霊王に指を向けた。
――【単体指定:完全蘇生・強制執行】
「や、やめろ! 私は死の超越者! 生者の肉体など不要だぁぁぁ!」
ドォォォォォン!!
光の柱が死霊王を直撃する。
彼の骨だけの体に、血管が走り、神経が繋がり、筋肉が盛り上がり、皮膚が形成されていく。
「ギャアアアア! 体が……重い! 心臓が動いている! 肩が凝る! 空腹を感じるぅぅぅ!」
光が収まると、そこには――。
青白い顔をした、ひ弱そうな中年男性が立っていた。
死霊王の生前の姿だ。
「……あ」
中年男性(元・死霊王)は自分の手を見つめ、呆然とした。
「魔力が……ない? 不死の力が消えた……?」
「おめでとう。人間としての人生、やり直しだな」
俺は拍手した。
死霊王としての絶大な魔力は、「肉体の維持」と「生命活動の再開」にすべて消費されてしまったようだ。今の彼はただのおじさんである。
「そ、そんな……数百年かけて築き上げた私の帝国が……健康ランドに……」
彼は膝から崩れ落ちた。
周囲では、元ゾンビたちが「ありがとう! いい汗かいたぜ!」と俺たちに手を振っている。
「……師匠。ここ、死者の国ですよね?」
アリアが呆れたように言う。
「ああ。だが今は『世界で一番健康な国』になったな」
「臭いも消えました。むしろ石鹸の香りがします」
浄化の光で、空気中のカビや細菌まで死滅したらしい。
アリアも満足そうだ。
「さて、帰るか。ここは明るすぎて落ち着かん」
俺たちは、清々しい朝日(聖魔法の残光)が降り注ぐ谷を後にした。
背後では、元死霊王のおじさんが、元ゾンビたちに「社長! これからどうしますか! 農業でもやりましょう!」と胴上げされていた。
◇
一件落着。
……かと思われたが、宿に戻ると、またしてもトラブルの予感がしていた。
「ヴィクトル様! 緊急事態です!」
今度は学院長からの通信水晶が光っていた。
国王の次は学院長か。俺に安息の日々はないのか。
「なんだ。Fクラスの連中がまた暴れたか?」
「違います! 『星読み』の予言が出たのです!」
学院長の声が震えている。
「『災厄の星』が接近中とのこと。……その座標が、なんとヴィクトル様の宿の真上なのです!」
「……は?」
俺が窓の外を見上げた、その時。
空から巨大な「何か」が降ってきた。
ズドォォォォォォォォン!!!!!
宿の中庭に隕石のような衝撃。
土煙の中から現れたのは、全身が宝石でできたような、美しくも生意気そうな少女だった。
「いった〜い……。もう、お父様の転移魔法、雑なんだから!」
少女はドレスの裾を払い、俺と目が合った。
「あ、いた! 貴方が『ポチ』の飼い主ね?」
「……誰だ、お前」
「私は古竜王の娘、ミリム! ポチのお嫁さんになりに来たの!」
ポチが「ワンッ?(誰?)」と首を傾げた。
「……師匠。ペットの婚活トラブルですか?」
「知らん。俺は聞いてない」
どうやら、ポチのモテ期が到来したらしい。
ゾンビパニック、解決。
死者を「健康」にして無力化するという、最も平和的かつ残酷な解決法でした。
死霊王は農業を始めるそうです。
「過剰回復ワロタ」「ポチに婚約者!?」
と思っていただけたら、
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