第二十話 「音速の拳聖 vs 処理落ち(ラグ)」
武闘大会準決勝。
会場の空気は、これまでとは全く違っていた。
嘲笑も、野次もない。あるのは、ただ静寂と、一人の男への畏敬の念だけだ。
「……来たか」
リングの中央に立つ男。
武闘連邦の現チャンピオン、『拳聖』バング。
身長はそれほど高くない。筋肉も、他の出場者のような異常な膨張は見られない。
だが、その身に纏う赤い闘気は、蜃気楼のように周囲の空間を歪めていた。
「おい、トカゲ連れの魔術師」
バングが静かに口を開いた。
「お前の『理屈』は面白い。摩擦を消したり、重さを変えたり……確かに常人には理解できん芸当だ」
「褒めても何も出んぞ」
「だが、無意味だ」
バングが構える。
ただ自然体で立っただけなのに、俺の肌がビリビリと痛む。
「お前の術が発動するには、脳で考え、指を動かす『時間』が必要だろ? だが、俺の拳は『思考』より速い。お前が何かをしようと思った瞬間、既に俺の拳は心臓を貫いている」
音速を超える拳。
それが『拳聖』の異名の由来だ。
「……師匠。あいつ、速いです。瞬きする間に首を落とされます」
アリアが警戒心丸出しで杖を構える。
ポチは俺の肩の上で、バングをじっと見つめながらヨダレを垂らしていた。
「ワンッ……(美味そう)」
「待てポチ。まだ早い」
俺はポチを制し、バングに向かって一歩踏み出した。
「思考より速い、か。なるほど、通信速度には自信があるようだな」
「ピング? 何を言っている?」
「だが、残念ながら俺の『処理』は、お前の速度とは次元が違う」
俺が言い終わるのと同時。
バングの姿が消えた。
ドンッ!!
爆音。
彼が立っていた場所の地面が炸裂し、衝撃波が観客席まで届く。
音速を超えた移動。
人間の目では捉えられない。
「終わりだ!」
声は、俺の背後から聞こえた。
バングの拳が、俺の後頭部に迫る。
防御も回避も間に合わない絶望的なタイミング。
――しかし。
俺は動かなかった。
代わりに、世界の方をイジった。
――【領域指定:半径50メートル】
――【フレームレート(FPS)制限:60→1】
ガガガガッ……!
世界が、壊れたレコードのようにカクついた。
「……な、ん……だ……?」
俺の背後で、バングの動きが止まった。
いや、止まってはいない。動いているのだが、その動きが「コマ送り」になっていた。
カクッ。カクッ。カクッ。
滑らかだったバングの動きが、一秒に一回しか更新されないパラパラ漫画のような状態になる。
俺が振り返ると、バングは拳を突き出した姿勢のまま、空中で静止していた。
「お前の速度がどれだけ速くても、この空間の『描画速度』が追いつかなければ意味がない」
俺はゆっくりと歩き、バングの拳をひょいと避けた。
「な……ぜ……だ……?」
「カ……ラ……ダ……ガ……?」
バングの声も途切れ途切れだ。
彼は必死に動こうとするが、一秒ごとに瞬間移動するようにカクカクと位置が変わるだけだ。
これがいわゆる『処理落ち(ラグ)』だ。
「ク……ソ……ッ! ナ……メ……ル……ナ!」
バングの全身から、凄まじい熱量の闘気が噴き出した。
赤いオーラが炎のように燃え上がる。
「オ……オ……オ……ッ! 【龍……王……拳】!!」
バングが咆哮する。
その背後に、赤い闘気で形成された巨大な『龍』の幻影が現れた。
龍の力をその身に宿す、武闘連邦に伝わる秘奥義だ。
その圧倒的なエネルギー密度が、俺のかけたFPS制限を無理やりこじ開けようとする。
「ほう。力技でサーバー負荷を突破する気か」
空間が悲鳴を上げ、処理落ちが少しずつ解消されていく。
バングの拳に、龍の顎が重なる。
直撃すれば、俺の防御魔法ごと消し飛ぶだろう。
だが。
俺はニヤリと笑った。
「ポチ。お待たせ」
「ワンッ!!(いただきまーす!)」
俺の肩から、小さな影が飛び出した。
ポチだ。
彼はバングの背後に現れた「闘気の龍」を見ると、目をキラキラさせて口を大きく開けた。
バクンッ!!
「……あ?」
バングが間の抜けた声を上げた。
彼が必死に練り上げた奥義。その象徴である「闘気の龍」の頭が、ポチに食いちぎられたからだ。
「う、美味い……のか?」
ポチは「モグモグ」と赤いエネルギーの塊を咀嚼し、ゴクンと飲み込んだ。
そして「おかわり!」とばかりに、残りの胴体部分にもかぶりつく。
ガツガツッ! ムシャムシャ!
「や、やめろぉぉぉ! 俺の闘気が! 50年かけて練り上げた龍王の気がぁぁぁ!」
バングが絶叫する。
だが、ポチの食欲は止まらない。
あっという間に龍の幻影は食い尽くされ、バングの体に纏っていた赤いオーラまで吸い尽くされてしまった。
シューン……。
バングがしおれた風船のように膝をつく。
FPS制限も解除したが、もはや彼に戦う力は残っていなかった。
「……ごちそうさまでした」
ポチが「ゲフッ」と赤い煙を吐き出した。
その体が一瞬、ピカッと光り、鱗の艶が増した気がする。
「な、なんてことだ……。俺の龍王拳が、ただの餌に……」
バングは涙目でガックリとうなだれた。
観客席は、あまりの光景に言葉を失っていた。
「勝者、ヴィクトル!!」
審判の声が響く。
「……師匠。ポチがお腹いっぱいで動けません」
アリアが、腹がパンパンに膨らんで転がっているポチを回収する。
「やれやれ。晩飯抜きだな」
俺は倒れたバングを見下ろした。
「いい拳だったぞ。通信環境が良ければ、いい勝負になったかもしれん」
バングは何も答えず、ただ遠い目をしていた。
こうして俺たちは、実質的な最強の敵を「ラグ」と「つまみ食い」で撃破し、決勝戦へと進むことになった。
だが。
控室に戻った俺たちの前に、一人の老人が現れた。
「……ホッホッホ。まさかバングをあのようにあしらうとはな」
白髭の老人。
だが、その眼光は鋭く、底知れない魔力を秘めていた。
「誰だ、あんたは」
「ワシか? ワシはこの大会の主催者であり、優勝賞品『古代竜の秘宝』の管理者じゃよ」
老人はニタリと笑った。
「だが、困ったのう。あの秘宝は、実は『封印』なんじゃよ。……世界を滅ぼす魔神のな」
「は?」
「お主らが優勝すれば、封印を解かねばならん。……さて、どうしたものか」
どうやら、ただの筋肉大会の裏に、きな臭い設定が隠されていたらしい。
「処理落ち」攻撃。
どんなに速い動きも、画面のカクつきには勝てません。
そしてポチにとって、達人のオーラは高カロリーなスナック菓子でした。
「ラグ攻撃とか卑怯すぎるw」「ポチ最強説」
と思っていただけたら、
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