第二話 「拾った少女に魔法を教えたら、森の一部が消滅した」
少女の命を繋ぎ止めるのは、思いのほか骨が折れた。
俺は回復魔法が使えない。光属性の適性がないからだ。
だから、搦め手を使うしかない。
「――『劣化停止』『苦痛遮断』」
俺は少女の身体に、状態を固定するデバフを掛け続けた。
傷が悪化するプロセスそのものを「遅延」させ、死神の足を止める。
その間に、薬草をすり潰したポーションを口に流し込んだ。
焚き火の爆ぜる音が響く。
夜が明け始めた頃、少女の呼吸が安定した。
「……ん……」
「気がついたか」
俺が声をかけると、少女はビクリと肩を震わせ、警戒心を剥き出しにして身構えた。
野良猫のような反応だ。
「殺さないさ。そんな非合理的なことはしない」
「……どうして、助けたの?」
鈴を転がすような、しかし感情の死んだ声だった。
「気まぐれだ。それに、俺も暇だったんでな」
俺は干し肉を差し出した。
少女は空腹なはずだが、躊躇している。硬くて噛み切れないと思っているのか、毒を疑っているのか。
「硬いのが嫌なら、こうすればいい」
俺は干し肉に指を触れる。
『軟化』。
カチカチだった干し肉が、高級パンのようにふわふわになる。
「……え?」
「食え。栄養価は変わらん」
少女はおずおずと干し肉を受け取り、一口齧った。
その瞬間、瞳孔が開く。
「……柔らかい。……おいしい」
「そうか。ならよかった」
少女は夢中で食べ始めた。
その様子を見ながら、俺は鑑定眼で彼女のステータスを覗き見る。
名前:アリア
種族:人間(?)
年齢:12歳
魔力:測定不能(Sランク相当以上)
スキル:【魔力過剰】【天涯孤独】
……なんだこのデタラメな数値は。
魔力の桁がおかしい。王宮魔導士長でもここまで高くはないぞ。
ただ、制御が全くできていない。ダムの水が決壊寸前の状態で体内に留まっているようなものだ。
彼女が森に捨てられたのは、この暴走しかけた魔力を「呪い」として恐れられたせいかもしれない。
「ごちそうさまでした……」
アリアは丁寧に頭を下げた。育ちの良さが滲み出ている。
彼女はまっすぐに俺を見つめた。
「あの、魔法使い様。私に……魔法を教えてくれませんか」
「魔法?」
「はい。力が欲しいんです。自分を守れるくらいの、力が」
復讐のためか、生きるためか。
その瞳には、暗い炎が宿っていた。
(ふむ……)
このまま放置すれば、彼女の魔力はいずれ暴走し、自滅するだろう。
それを防ぐには、魔力を外に放出する方法――つまり魔法の使い方を教えるのが一番合理的だ。
それに、俺を追放した勇者パーティを見返すために、弟子を育てるというのも悪くない。
「いいだろう。だが俺の教え方は特殊だぞ」
「お願いします! なんでもしますから!」
アリアが地面に額をこすりつける。
「顔を上げろ。まずは適性を見る」
俺は手近にあった大岩を指差した。
大人が三人で抱えても持ち上がらないであろう、巨大な花崗岩だ。
「あれに向かって、体の中にある熱いものをぶつけてみろ。イメージは『放出』だ」
初心者がいきなり岩を砕くのは不可能だ。
だが、成功体験は重要だ。
俺はこっそりと、岩に向かって指を動かした。
――『防御力・ゼロ』『耐久値・ゼロ』『物理耐性・ゼロ』
俺のデバフにより、その大岩は今や「濡れた半紙」以下の強度になっていた。
デコピン一つで粉砕できる状態だ。これなら、彼女の未熟な魔法が少しかすっただけでも派手に砕け散り、自信に繋がるだろう。
「いきます……!」
アリアが小さな掌を岩に向ける。
周囲の大気が、ビリビリと震えた。
(……お?)
俺が違和感を覚えた瞬間、アリアの掌から漆黒の波動が放たれた。
「――消えてっ!!」
ドォォォォォォォォォンッ!!
轟音。
そして、爆風。
俺は慌てて防御結界(といっても、爆風の『威力』をゼロにするデバフだが)を展開した。
砂煙が晴れた後。
そこには、何もなかった。
岩? ない。
岩の後ろにあった木々? ない。
地面? 巨大なクレーターができている。
森の一部が、ごっそりと抉り取られていた。
直線距離にして約五百メートル。一直線に森が「消滅」している。
「…………」
俺は冷や汗を流した。
確かに俺は岩の防御力をゼロにした。だが、その後ろの森まではデバフを掛けていない。
つまり、岩を貫通した後の余波だけで、森を消し飛ばしたということだ。
(勇者アルヴィンの全力攻撃より、威力が高いんじゃないか……?)
恐ろしい原石を拾ってしまったかもしれない。
「す、すごい……」
アリア自身も、自分の手のひらを見て震えている。
そして、キラキラとした尊敬の眼差しで俺を振り返った。
「師匠! すごいです! 師匠が魔法をかけてくれたおかげで、私にもこんなことが!」
「あ、ああ。まあ、こんなものだ」
俺は引きつりそうな頬を引き締め、努めて冷静に振る舞った。
威厳を保たなければならない。
「私の魔力を引き出してくれるなんて……やっぱり師匠は『神様』なんですね!」
「いや、神ではないが……」
「一生ついていきます! 師匠!」
アリアが俺の足に抱きついてくる。
どうやら、とんでもない勘違いをさせてしまったらしい。
だが、悪い気はしなかった。
少なくとも、俺を「役立たず」と罵った連中より、彼女の純粋な瞳はずっと心地よかった。
◇
一方その頃、王都周辺の平原にて。
「くそっ! なんだこのスライム! 硬すぎるぞ!」
勇者アルヴィンは叫びながら、聖剣を振り下ろしていた。
普段なら一撃で倒せるはずのスライムが、弾力で剣を弾き返し、あろうことか反撃してくるのだ。
「アルヴィン、回復が追いつきません! 被ダメージが大きすぎます!」
「私の剣技も通じない……! 敵の回避率が高すぎる!」
聖女と剣聖も悲鳴を上げる。
彼らはまだ気づいていなかった。
今まで彼らが「俺TUEEE」できていたのは、敵が出会った瞬間に全ステータスを『1』にされていたからだということに。
ヴィクトルという「守護神」を失った彼らの転落劇は、まだ始まったばかりである。
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