第十八話 「脳筋国家に行ったら『魔法使いは帰れ』と言われたので、物理法則を変えてみた」
東の軍事大国、武闘連邦『アギト』。
そこは、魔法技術よりも肉体の強さを至上とする、文字通りの「脳筋国家」だった。
「マッスル! マッスル! ハッスル!」
「筋肉こそ力! 筋肉こそ正義!」
「プロテインおかわりだ!」
街に入った瞬間、俺たちの鼓膜を襲ったのは、暑苦しい掛け声と、男たちの蒸気のような熱気だった。
通りを歩く市民は全員マッチョ。
パン屋の店主もマッチョ。花屋の娘さんまで腹筋が割れている。
「……師匠。空気が臭いです。汗とオイルの臭いが充満しています」
アリアがハンカチで鼻を押さえ、軽蔑の眼差しで周囲を見る。
彼女の周囲だけ、冷気で空気が浄化されていた。
「我慢しろ。優勝賞品の『古代竜の秘宝』を手に入れるまでの辛抱だ」
俺たちは、大会の受付がある巨大なコロシアムへと向かった。
ポチは俺の肩の上で「ワンッ(肉の匂い!)」と興奮している。こいつにとっては、この国全体が巨大な餌場に見えているのかもしれない。
◇
コロシアムの受付。
そこには、身長2メートルを超える巨漢が腕組みをして立っていた。
胸板が厚すぎて、服のボタンが悲鳴を上げている。
「あーん? なんだお前らは」
巨漢が俺たちを見下ろし、鼻で笑った。
「ここは『世界最強決定戦』の受付だぞ。ヒョロガリの魔術師と、小娘が来るところじゃねえ。怪我する前にママのミルクでも飲みな」
周囲の筋肉自慢たちがドッと沸く。
どうやら、この国では魔術師は「卑怯者」や「軟弱者」として見下されているらしい。
「エントリーしに来たんだが。参加資格に『筋肉量』なんて書いてなかったはずだが?」
俺が淡々と返すと、巨漢はピキッと青筋を立てた。
「生意気な……! 俺様は予選審査員のタイタンだ! いいだろう、そんなに参加したいならテストをしてやる!」
タイタンが指差したのは、広場の中央に置かれた黒い岩塊だった。
大きさは馬車ほどもある。
「あれは『武神の岩』。重さは10トンだ。あれを持ち上げられた奴だけが、予選に参加できる!」
「10トンか……」
「はんっ、無理だろ? 魔法で軽くするのは反則だぞ! 純粋な『筋力』のみで持ち上げろ!」
タイタンが得意げに笑う。
物理的に10トンを持ち上げるなど、人間の限界を超えている。だが、この国のトップ層はそれを気合でやってのけるらしい。
「……師匠。私が凍らせて砕きましょうか?」
「いや、持ち上げろと言うなら持ち上げてやろう」
俺は岩の前に立った。
観衆が嘲笑う。
「おいおい、あのヒョロガリ、本気か?」
「腕が折れるぞw」
俺は岩に手を触れた。
確かに重い。普通ならピクリとも動かないだろう。
だが、俺には『システムコマンド』がある。
魔法で岩を浮かすのは反則らしいが、岩の『設定』を変えるのは魔法ではない(と俺は解釈している)。
俺は小声で囁いた。
――【物質定義変更】【質量・1グラム】
カチッ。
設定変更完了。
俺は小指一本を岩の下に差し込み、クイッと持ち上げた。
フワッ。
10トンの巨大岩が、まるで発泡スチロールのように宙に舞った。
「……は?」
タイタンの目が点になる。
観衆の笑い声がピタリと止まった。
俺は小指の先で岩をクルクルと回してみせた。
「なんだ、見た目より軽いな。中身が空洞なんじゃないか?」
「ば、バカな……!? 10トンだぞ!? ありえねぇ!!」
タイタンが慌てて岩に駆け寄り、奪い取ろうとした。
「貸せ! 仕掛けがあるはずだ!」
俺はその瞬間、指を離して設定を解除した。
――【設定・リセット】【質量・10トン】
ズドォォォォォォォン!!
「ぎゃああああああ足がぁぁぁぁ!!」
元の重さに戻った岩が、タイタンの足の小指を直撃した。
凄まじい地響きと共に、地面が陥没する。
「おっと、すまん。手が滑った」
「て、てめぇ……! 何をしやがった!?」
「何も? ただの筋力トレーニングの成果だ。俺の小指は鍛え方が違う」
俺は涼しい顔で言い放った。
タイタンは涙目で悶絶しながら、それでも審査員の意地で叫んだ。
「ぐ、ぐぬぬ……! ご、合格だ……! 次! 次の奴!」
◇
続いてアリアの番だ。
アリアの前には、別の試験官――全身にオイルを塗ったボディービルダーが立ちはだかった。
「お嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。ここは男の世界だ。怪我したくなきゃ……」
「不潔です」
アリアが一言、冷たく言い放った。
「え?」
「汗臭い。近寄らないでください。菌が移ります」
ブチッ。
ビルダーの堪忍袋の緒が切れた。
「こ、このガキ……! 躾が必要だな!」
ビルダーがアリアの肩を掴もうと手を伸ばす。
カキンッ。
その手が、アリアに触れる数センチ手前で止まった。
いや、止まったのではない。
ビルダーの全身が、一瞬にして『氷像』と化していたのだ。
「……あ?」
観衆が再び凍りつく。
アリアは氷像になった試験官を、汚いものを見るように杖の先でツンと突いた。
ドサッ。
氷像が倒れ、試験官は芸術的なポーズのまま動かなくなった。
「師匠。この銅像、邪魔です。捨てていいですか?」
「……死んではいないな? ならいい。合格だ」
アリアは魔法を使ったが、誰もそれを指摘できなかった。
あまりにも一瞬すぎて、何が起きたか分からなかったからだ。
「つ、次! マスコット部門!」
最後にポチの番だ。
ポチの対戦相手は、凶暴な『キラーベア』。体長3メートルの人食い熊だ。
「グルァァァァッ!!」
キラーベアが咆哮を上げ、小さなトカゲ(ポチ)に襲いかかる。
「わんっ!(お肉だ!)」
ポチは嬉しそうに尻尾を振ると、大きく口を開けた。
バクッ。
一瞬だった。
キラーベアの頭から上半身が、ポチの口の中にすっぽりと収まった。
もちろん、ポチの体は小さいままだ。空間魔法的な何かで、胃袋に直結しているらしい。
「……え?」
残されたのは、地面に転がるキラーベアの下半身のみ。
ポチは「ゲフッ」と満足げなゲップをした。
「ヒィィィィッ!? 食ったぁぁぁ!?」
「あのトカゲ、熊を丸飲みしやがった!」
会場中がパニックに陥る。
「……ポチ、間食は控えろと言っただろ。晩飯が入らなくなるぞ」
「クゥーン(ごめんなさい)」
こうして。
筋力(?)テスト、瞬間冷凍、捕食。
三者三様のやり方で、俺たちは予選をトップ通過したのだった。
だが、俺たちを見る観衆の目は、最初の嘲笑から『恐怖』へと変わっていた。
特に、足の指を粉砕されたタイタン審査員は、青ざめた顔で俺たちを指差し、何やら通信機で連絡を取っていた。
「……あいつらだ。あいつらが『例の魔術師』だ。……ああ、本戦でぶつけてくれ。我が国の最終兵器『魔封じの処刑人』を!」
どうやら、本戦は少し騒がしくなりそうだ。
脳筋国家、物理法則の前に敗北。
ヴィクトル師匠にかかれば「重さ」なんて設定値の一つに過ぎません。
アリアは通常運転、ポチはおやつタイムでした。
「岩が発泡スチロールw」「ポチの胃袋どうなってるの」
と思っていただけたら、
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