第十七話 「聖教国『聖女を返せ』 俺『返品不可です』」
宿のリビングで、アリアが不愉快そうに紅茶のカップを置いた。
テーブルの上には、聖教国メサイアからの抗議文。
そこには『我らが聖女マリアを不当に拘束することは、神への冒涜である』と書かれていた。
「……師匠。あの女、まだ生きていたんですか?」
アリアの声が氷点下だ。
彼女にとって、かつて師匠を追放した勇者パーティの面々は、害虫以下の存在らしい。
「ああ。鉱山で元気にツルハシを振っているはずだ」
俺は新聞を読みながら答えた。
マリア。元勇者パーティの聖女。
性格は最悪だが、一応「聖女」という肩書きだけは本物だ。もっとも、その奇跡の力の9割は俺の支援魔法だったが。
「殺処分しなかったんですか? 餌代の無駄では?」
「労働力としては優秀だからな。回復魔法が使える鉱山夫は貴重だ。怪我人が出ても即座に治して作業に戻れる」
「なるほど。合理的ですね」
アリアが納得したその時、ドタバタと足音が近づいてきた。
「ヴィクトル殿! 大変じゃ!」
いつものように、国王レグルス三世が飛び込んできた。
「今度はなんだ」
「聖教国の使者が来ておる! 『聖女マリアを即刻返還せよ』と、さもなくば『聖戦』も辞さない構えじゃ!」
聖教国メサイア。大陸最大の宗教国家だ。
彼らを敵に回すと、世界中の信徒が敵になる。さすがに面倒くさい。
「……やれやれ。鉱山で大人しくしていればいいものを」
俺は立ち上がった。
「行くぞアリア。不良品の在庫処分だ」
◇
謁見の間。
そこには、純白の法衣に身を包んだ太った男――ベスター枢機卿と、金色の鎧を着た聖騎士団長が立っていた。
「レグルス王よ! これは国際問題ですぞ! 神に選ばれし聖女マリア様を、薄汚い鉱山で働かせるとは!」
枢機卿が唾を飛ばして叫んでいる。
「彼女は国を欺いた罪人だ。法に則って裁いただけだが?」
国王が反論するが、枢機卿は聞く耳を持たない。
「黙れ! 聖女様は神の代弁者! 俗世の法など適用されん! 今すぐ引き渡さなければ、貴国を『神敵』と認定し、全大陸の騎士団を差し向けることになるぞ!」
脅迫だ。
国王が「ぐぬぬ」と唸る。
俺は柱の陰から進み出た。
「……随分と威勢がいいな。神の威光を傘に着て」
「誰だ貴様は!」
聖騎士団長が剣の柄に手をかける。
「俺はヴィクトル。お前らが欲しがっている聖女マリアの、元同僚だ」
「ほう! 貴様か、聖女様を騙して追放されたという無能な魔術師は!」
枢機卿が侮蔑の眼差しを向けてきた。
どうやらマリアは、本国には「悪い魔法使いに嵌められた」と報告しているらしい。
「言っておくが、今のマリアは使い物にならんぞ。俺の支援魔法が切れたからな。あいつの『奇跡』とやらは、俺が裏で魔力供給していただけだ」
「はっ! 何を言うかと思えば! マリア様の力は神聖にして絶対! 貴様ごときの小細工であるはずがない!」
枢機卿が鼻で笑う。
聖騎士団長も剣を抜き、俺に向けた。
「神への冒涜だ! この場で切り捨ててくれる!」
団長の全身から、白いオーラが立ち上る。
聖騎士特有の『女神の加護』だ。
「アリア、あれを見てどう思う?」
「……雑ですね。魔力の無駄遣いです。あんな薄っぺらい膜で何を守る気でしょうか」
アリアが冷めた目で見ている。
俺は頷き、指をパチンと鳴らした。
――【神聖加護・接続遮断】
ブォンッ……。
団長の体から、白いオーラが一瞬で消え失せた。
「……なっ!?」
団長が目を見開く。
「か、加護が……消えた!? なぜだ! まさか神に見放されたのか!?」
「見放されたんじゃない。俺が『回線』を切ったんだ」
俺は淡々と説明した。
「お前らの言う『加護』なんてのは、環境マナを利用した自動防御術式だ。パスワードが単純すぎるから、外部から簡単に切断できる」
「ば、馬鹿な……神の御業を、人の身で操作するなど……!」
枢機卿が青ざめて後ずさる。
俺は一歩前に出た。
「マリアも同じだ。あいつはただの『受信機』だった。俺という『送信機』がなけりゃ、豆電球一つ灯せない」
「そ、そんな……」
「それでも返せと言うなら、別にいいぞ」
俺は国王を振り返った。
「陛下。あんな女でも、一応は聖教国の象徴です。タダで返すのは惜しい」
国王がニヤリと笑い、意図を察した。
「うむ。彼女は我が国の『重要な労働力』であるからな。引き抜くなら、それ相応の賠償金を支払ってもらわねば」
「ば、賠償金だと!?」
「金貨10万枚。それと、今後100年間の不可侵条約。これが条件だ」
法外な金額だ。
だが、枢機卿は脂汗を流しながら考え込んだ。
ここでマリアを見捨てれば、聖教国の権威は地に落ちる。「聖女は見捨てられた」と噂が広まれば、お布施も集まらなくなるからだ。
「……くっ……よかろう! 払う! 払ってやる!」
枢機卿は叫んだ。
「その代わり、マリア様は連れて帰るぞ! 彼女さえ戻れば、また奇跡を起こせるはずだ! 貴様の嘘などすぐに暴かれる!」
「ああ、どうぞどうぞ。返品不可だけどな」
俺は心の中で笑った。
金貨10万枚。
これだけの金があれば、ポチに最高級の肉を一生食わせてやれる。
機能不全の聖女一人と交換なら、ボロ儲けだ。
◇
数日後。
鉱山から連れ戻されたマリアが、謁見の間に引き渡された。
彼女は薄汚れた作業着姿だったが、枢機卿を見るなり目を輝かせた。
「おお、枢機卿様! やっと助けに来てくれたのですね!」
「マリア様! ご無事で!」
マリアは俺の方を振り向き、勝ち誇ったように叫んだ。
「見たかヴィクトル! 私は選ばれた存在なのよ! あんたみたいな落ちこぼれとは違うの! 国に帰れば、また贅沢三昧の生活が待っているわ!」
「元気そうで何よりだ。じゃあな、マリア」
俺は手を振って見送った。
彼女は気づいていない。
俺の支援魔法がない今、彼女はただの「性格の悪い、魔力が少し多いだけの一般人」だということに。
後日談だが。
聖教国に帰ったマリアは、盛大な帰還パレードの後、病人の治療を求められた。
しかし、何度杖を振っても、以前のような「奇跡の光」は発動しなかった。
「なぜだ! 祈れ! もっと祈れ!」
枢機卿に怒鳴られながら、彼女は毎日必死に祈りを捧げるだけの『飾り物』となった。
国費を投じて取り戻した聖女が「不良品」だったとバレれば、枢機卿の首が飛ぶ。
だから彼らは必死に隠蔽し、マリアを塔に幽閉して「聖女様は祈祷中である」と誤魔化し続けているらしい。
鉱山で働いていた方が、まだマシな人生だったかもしれないな。
「……師匠。結局、ゴミを高値で売りつけたんですね」
宿に戻った俺に、アリアが呆れたような、感心したような目を向ける。
「人聞きの悪いことを言うな。適正価格での取引だ」
「金貨10万枚……ポチのお肉代になりますね」
こうして、マリアという厄介払いが完了し、俺の懐も潤った。
一件落着だ。
……と思っていたのだが。
「ヴィクトル殿ぉぉぉ! また手紙じゃ!」
懲りずに国王が部屋に飛び込んできた。
「今度はなんだ。またクレームか?」
「違う! 東の『武闘連邦』からの招待状じゃ! 『世界最強決定戦』にお主とアリア殿を招待する、と!」
「断る。面倒くさい」
「優勝賞金は『古代竜の秘宝』じゃ!」
ガタッ。
俺とポチ(中庭で寝ていた)が同時に反応した。
「……ほう?」
「ワンッ!(お宝!)」
「行くぞアリア、ポチ。出稼ぎだ」
俺たちの平和な日常は、まだまだ遠いらしい
「聖女マリア、金貨10万枚で売却完了」
ヴィクトル師匠にかかれば、元同僚もただの換金アイテムです。
色恋沙汰ゼロ、純粋なビジネス取引でした。
「詐欺師すぎるw」「マリアの末路が悲惨」
と思っていただけたら、
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