第十六話 「師匠、ポチが誘拐されました」
Fクラスの下克上劇から一夜明けた、とある昼下がり。
俺とアリアは、宿のテーブルに置かれた一枚の紙切れを前に、深刻な顔(アリアは般若の顔)をしていた。
「……師匠。これは宣戦布告ですね。この国の全生命体を根絶やしにする許可をください」
「待て。まずは落ち着け」
アリアの手には、汚い字で書かれた手紙が握られている。
『伝説のドラゴン(幼体)は預かった。返してほしくば、王都の地下水路にある我々のアジトまで来い。 ――秘密結社【賢者の石】』
そう。
ポチが誘拐されたのだ。
俺が昼寝をしている隙に、中庭で日向ぼっこをしていたポチが、忽然と姿を消していた。
「あのトカゲ、また寝てたのか……」
俺は頭を抱えた。
ポチは災厄竜だ。その気になれば国の一つや二つ、くしゃみで消し飛ぶ。
だが、今のポチは手のひらサイズの「無害なマスコット」に擬態している。おまけに食い意地が張っているため、餌で釣られた可能性が高い。
「許せません……! ポチは師匠のペット、つまり私の弟分です! それを拐うなんて……!」
アリアの周囲で、室内の観葉植物がバリバリと凍りついていく。
「犯人は【賢者の石】とかいう組織らしいですね。聞いたことありますか?」
「いや。どうせ三流の魔術研究サークルだろ」
俺は即座に立ち上がった。
「行くぞ。ポチが腹を空かせて暴れ出す前に回収する。……あいつが本気で暴れたら、王都が地図から消える」
「はい! 犯人はミンチにしてポチの餌にしましょう!」
俺たちは宿を飛び出し、手紙にあった地下水路へと向かった。
◇
王都の地下深く。
複雑に入り組んだ地下水路の奥に、その秘密結社のアジトはあった。
薄暗い実験室の中、白衣を着た怪しげな男たちが、檻に入れられたポチを取り囲んでいる。
「クックック……これが伝説の竜の幼体か」
リーダー格の男、狂気の科学者ギルモアが、歪んだ笑みを浮かべていた。
「素晴らしい魔力反応だ。こいつを解剖し、その因子を人間に埋め込めば……最強の『人造勇者』が完成する!」
「先生! まずは採血をしましょう!」
助手の一人が、太い注射器を持って檻に近づく。
中には、ポチが「ここどこ?」という顔で座っていた。
「グルッ?(飯か?)」
「おとなしくしろよ、トカゲ野郎。チクッとするだけだ」
助手がポチの腕(前足)に針を突き立てた。
ガキンッ!!
「あ痛っ!?」
甲高い音がして、注射針が根元から折れ曲がった。
ポチの皮膚には傷一つついていない。
当然だ。災厄竜の鱗は、オリハルコンよりも硬い。
「な、なんだと!? 特注のミスリル針だぞ!?」
「ええい、貸せ! ならばドリルで穴を開ける!」
ギルモアが巨大な魔導ドリルを持ち出し、ポチの背中に押し当てた。
キュイィィィィン!!
火花が散る。ドリルが悲鳴を上げ、高熱を発して赤くなり――。
ボキッ。
ドリルの刃が砕け散った。
ポチは「背中がかゆいな」とばかりに、後ろ足でそこをポリポリと掻いた。
「バ、バカな……!? なんだこの硬度は!?」
ギルモアたちが戦慄する中、ポチは不満げに鼻を鳴らした。
「グルルッ!(飯はまだか!)」
ドォォォォン!!
ポチが軽く尻尾を一振りすると、強化ガラス製の檻が粉々に砕け散った。
「ひぃっ!? 逃げ出したぞ!」
「麻酔弾だ! 撃てぇぇぇ!」
研究員たちが麻酔銃を乱射する。
だが、ポチはそれを口を開けて待ち構え――。
パクッ。パクパクッ。
全部食べた。
「も、もぐもぐしてるぅぅぅ!?」
ポチはお腹が減っていたのだ。
弾丸を「豆菓子」か何かと勘違いしたらしい。
その時。
実験室の扉が、凄まじい轟音と共に吹き飛んだ。
ドゴォォォォォォン!!
「し、侵入者か!?」
煙の中から現れたのは、黒いローブの男と、銀髪の美少女。
俺とアリアだ。
「……おやおや。随分と賑やかだな」
俺は惨状を見渡した。
砕けたドリル、折れた針、そして怯える研究員たち。
ポチは俺の顔を見るなり、「ワンッ!(師匠!)」と尻尾を振って駆け寄ってきた。
「ポチ! 無事でしたか!」
アリアがポチを抱き上げる。
ポチは「全然平気、むしろお菓子美味しかった」という顔をしている。
「き、貴様らは何者だ!? ここは神聖なる研究施設だぞ!」
ギルモアが震える声で叫ぶ。
「ただの飼い主だ。うちのペットが世話になったな」
俺は冷ややかな目で彼らを見据えた。
「で? 解剖するとか言っていたな。……アリア、どう思う?」
「万死に値します。ここを更地にして、新しい地下駐車場にしましょう」
アリアが杖を掲げる。
部屋の温度が一気に氷点下まで下がった。
実験器具が凍りつき、床が白く染まる。
「ひぃぃぃっ!? ま、待て! 我々は『賢者の石』だぞ! バックには大貴族が……!」
「興味ない」
俺は指を鳴らした。
――【全ステータス・恐怖倍増】【強制自白モード】
「ヒィッ……!?」
研究員たちが一斉に膝をついた。
俺のデバフにより、彼らの心に植え付けられたのは「根源的な恐怖」。
目の前の俺たちが、死神よりも恐ろしい存在に見えているはずだ。
「さあ、吐いてもらおうか。誰の依頼でポチを攫った?」
「い、言います! 全部言いますぅぅ!」
ギルモアが涙と鼻水を流しながら叫んだ。
「て、帝国の残党です! 『ドラゴンを手に入れれば国を再興できる』と唆されて……!」
「また帝国か」
俺はため息をついた。懲りない連中だ。
「師匠。こいつら、どう処分しますか? ポチのおやつにしますか?」
「いや、ポチが腹を壊す。……そうだ」
俺はポチを見た。
ポチはまだ食べ足りなさそうだ。
「ポチ。少し運動していいぞ」
「ワンッ!」
俺の許可が出た瞬間。
ポチの体が光に包まれた。
ボンッ!!
可愛いトカゲの姿が消え、その質量が爆発的に膨れ上がる。
ズズズズズズ……!!
狭い地下室の中で、全長百メートルの災厄竜が「元のサイズ」に戻ろうとしたのだ。
「え」
ギルモアたちが空を見上げる。
天井が、壁が、ミシミシと悲鳴を上げる。
巨大な黄金の瞳が、至近距離で彼らを覗き込んだ。
『グルルルゥ……(狭いな)』
「ぎゃあああああああ!!」
「で、でかいぃぃぃ! 本物の怪物だぁぁぁ!」
「潰されるぅぅぅ!!」
地下施設が崩壊寸前になる。
俺は慌てて結界を張った。
「ポチ、戻りすぎだ! 半分くらいにしておけ!」
ポチは「ちぇっ」という顔をしながら、サイズを調整した。
それでも、アジトは半壊。
研究員たちは、あまりの恐怖に泡を吹いて気絶していた。
◇
数分後。
俺たちは崩れかけた地下水路から脱出した。
後ろでは、衛兵たちが駆けつけ、気絶した研究員たちを縛り上げている。
「ふぅ。散歩にしては騒がしかったですね」
アリアがポチ(縮小版)の頭を撫でる。
ポチは満足そうにあくびをした。
「まあ、帝国の残党狩りもできたし、一石二鳥か」
俺は肩を回した。
「帰るぞ。今日は特上ステーキだ」
「ワンッ!!」
ポチが一番嬉しそうな声を上げた。
結局、最強の生物を誘拐しようとした組織は、自業自得の結末を迎えたのだった。
しかし、宿に戻った俺たちを待っていたのは、さらなるトラブルだった。
部屋の前には、大量の手紙の山。
そして、その中心に、一枚の煌びやかな招待状があった。
「……なんだこれ?」
差出人は『聖教国メサイア』。
世界で最も神聖とされる国からの招待状。
「『聖女マリアの処遇について、至急お話があります』……?」
俺は眉をひそめた。
鉱山送りになったはずの元仲間の名前。
どうやら、まだ厄介事は終わっていないらしい。
誘拐犯、竜の硬さに絶望。
そして部屋の中で巨大化するという嫌がらせを受け、組織は壊滅しました。
ポチは今日も元気です。
「ポチ最強w」「ざまぁスカッと!」
と思っていただけたら、
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