第十五話 「対抗戦の相手がSクラスの嫌味な貴族なんですが」
王立魔術学院、中央闘技場。
そこは、全校生徒と教職員、さらに貴族の見物人たちで埋め尽くされていた。
今日は年に一度の『クラス対抗戦』。
その第一試合が、学院最強のSクラスと、最底辺のFクラスの対決だとあって、会場は異様な熱気に包まれていた。
「おい見ろよ、Fクラスの連中だ」
「あいつら、昨日泥まみれで裏山から出てきたらしいぜ」
「どうせ瞬殺だろ。Sクラスのエリック様には勝てっこない」
観客席からの嘲笑が降り注ぐ中、ライルたちFクラスの生徒が入場してきた。
彼らの装備はボロボロの制服のみ。杖すら持っていない者もいる。
だが、その目は死んだ魚のように濁りつつも、奇妙に据わっていた。
「……師匠。観客がうるさいです。凍らせて静かにさせましょうか?」
特別席で観戦する俺の横で、アリアが不穏な提案をする。
「待て。今は生徒たちの晴れ舞台だ」
俺は腕を組んでフィールドを見下ろした。
対面に立つSクラスの集団は、煌びやかな特注のローブに身を包み、高級な杖を構えている。
その中心にいるのが、Sクラスの首席、エリック・フォン・ローゼンバーグだ。
「やあ、ゴミ虫くんたち。昨日は裏山で泥遊びかい?」
エリックが優雅に髪をかき上げながら、ライルを挑発した。
「棄権するなら今のうちだよ? 僕の魔法は加減が難しいからね。君たちみたいな『魔力1』のカスには、耐えられないかもしれないよ?」
エリックの取り巻きたちがドッと笑う。
しかし、ライルは無表情のまま、淡々と答えた。
「……ああ、そうだな。お前の魔法は凄そうだ」
「はんっ、怖気づいたか?」
「いや。……師匠(あの悪魔)の殺気に比べれば、お前の威圧なんて『そよ風』以下だなと思って」
ライルの言葉に、Fクラス全員が深く頷いた。
彼らにとっての恐怖の基準は、すでに「災害級ドラゴン」と「アリア」に更新されている。
温室育ちのエリートの殺気など、赤子の夜泣きに等しい。
「……なんだと? この落ちこぼれがぁぁ!」
エリックの顔が怒りで歪んだ。
「試合開始!」
審判の合図と同時、エリックが杖を振り上げた。
「後悔させてやる! 極大火炎球!!」
詠唱破棄で放たれたのは、直径三メートルを超える巨大な火の玉だ。
直撃すれば骨も残らない。
「死ねぇぇぇ!」
轟音と共に火球がFクラスの陣地に着弾し――爆発した。
会場がどよめく。
「やったか!?」
「さすがエリック様! 一撃だ!」
土煙が舞い上がる。
だが、煙が晴れた時、そこに死体はなかった。
「……え?」
エリックが目を見開く。
Fクラスの生徒たちは、全員無傷で立っていた。
いや、正確には「立っていた」ではない。
彼らは爆風のわずかな隙間、炎が届かない死角に、紙一重で身を滑り込ませていたのだ。
「お、おい……今、避けたのか……?」
「……遅い」
ライルが呟いた。
「昨日のスライムの体当たりのほうが、出が早かったぞ」
「はぁ!?」
「それに、あのドラゴン(ポチ)の鼻息に比べれば、この程度の熱風……ぬるま湯だ」
昨日の地獄の訓練。
ステータス1の状態で、触れれば即死(溶解)するスライムの群れから、パンツ一丁で一時間逃げ続けた彼ら。
その結果、彼らの『回避能力』と『動体視力』は、生存本能によって限界突破していた。
「ふざけるな! なら、これでどうだ!」
Sクラスの生徒たちが一斉に魔法を放つ。
氷の矢、風の刃、雷撃。
嵐のような魔法の雨が降り注ぐ。
だが、当たらない。
Fクラスの生徒たちは、まるで川の中を泳ぐ魚のように、魔法の隙間をスルスルと抜け、前進してくる。
「な、なんだあいつら!? 気持ち悪い動きをしやがって!」
「当たらん! なぜ当たらんのだ!?」
焦るSクラス。
無駄撃ちを繰り返し、魔力が枯渇し始める。
そして、ライルがエリックの懐に潜り込んだ。
「くっ! 近寄るな! 防御障壁!」
エリックが慌てて魔力障壁を展開する。
Sランクの魔力で作られた壁は、中級魔法すら弾き返す鉄壁だ。
魔力1のライルの攻撃など、通じるはずがない。
「無駄だ! お前の貧弱な魔力で、この壁が破れるものか!」
「ああ、破れないな。力押しなら」
ライルは杖の先端を、障壁の表面に軽く触れさせた。
コン。
ただそれだけだ。
だが、その一点は、障壁の魔力循環が最も集中し、かつ脆い『接合点』だった。
昨日の訓練で叩き込まれた『観察眼』。
スライムの核を見抜く集中力が、障壁のわずかなムラを見抜いていた。
――【魔力干渉:一点突破】
パリンッ……!
軽い音がして、エリックの自慢の障壁が粉々に砕け散った。
「な、なっ……!?」
エリックが無防備になる。
ライルはそのまま杖を突き出し――エリックの鳩尾を突いた。
筋力1の、ひ弱な突きだ。
だが、呼吸のタイミング、重心の崩れ、全てが重なった瞬間の一撃は、人体の急所を的確に捉えた。
「う、ぐっ……!?」
エリックが白目を剥き、崩れ落ちる。
呼吸困難になり、地面に蹲った。
「……え?」
会場が静まり返る。
最強のSクラス首席が、魔法も使わない杖の一突きで倒された。
「そ、そんな……エリック様が負けた……?」
「嘘だろ……?」
他のSクラスの生徒たちも、接近戦に持ち込まれ、関節を極められたり、足を払われて転ばされたりして、次々と無力化されていく。
魔法に頼り切り、肉弾戦など想定していない彼らに、死線を潜り抜けた野良犬たちの動きは見切れなかった。
「勝者、Fクラス!!」
審判が震える声で宣言した。
「やった……勝ったぞぉぉぉ!」
「俺たちがSクラスに勝った!」
ライルたちが抱き合って喜ぶ。
観客席は呆気にとられ、言葉を失っていた。
俺は満足げに立ち上がった。
「……ふむ。合理的勝利だな」
「師匠。彼ら、まだステータス1のままですよね?」
アリアが感心したように言う。
「ああ。解除し忘れていた」
俺が指を鳴らすと、ライルたちの体に光が戻った。
封印されていた本来の魔力と筋力が解放される。
ドォォォォォォン!!
その瞬間、ライルから凄まじい魔力の奔流が噴き出した。
極限状態での魔力操作と、抑圧からの解放。
それが、彼の潜在能力を一気に覚醒させたのだ。
「うおっ!? なんだこれ、力が溢れてくる……!」
ライル自身も驚いている。
今の彼なら、Sランク魔法すら使いこなせるだろう。
「……なるほど。これが師匠の狙いでしたか」
アリアが納得顔で頷く。
「一度『無』を知ることで、『有』のありがたみと使い道を知る。……深いですね、師匠」
「いや、単にデバフ解除を忘れていただけだが」
「さすが師匠! 計算尽くですね!」
こうして、Fクラスの下克上は成し遂げられた。
翌日から、俺の授業には他クラスの生徒までが殺到し、「先生! 僕もステータス1にしてください!」と懇願してくる異常事態となった。
……マゾなのか、こいつらは。
ステータス1のまま、Sクラスを撃破。
「回避特化」と「急所攻撃」。
これぞ最強の育成術です。
「ざまぁ展開キタコレ!」「ライルくん成長した!」
と思っていただけたら、
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