第十一話 「帝国の皇女様が人質として送られてきました」
10万の帝国軍を「強制帰宅」させてから数日後。
俺たちの住処である高級宿『黄金の月』は、再びカオスな状況に陥っていた。
「ヴィクトル様! どうか、わたくしを妻にしてください!」
目の前で、煌びやかなドレスに身を包んだ美少女が跪いている。
透き通るようなプラチナブロンドの髪に、宝石のような碧眼。
ガリア帝国の第一皇女、リリアーナ殿下だ。
「……は?」
俺は紅茶を噴き出しそうになった。
隣にいた国王レグルス三世が、額に汗を浮かべながら解説に入る。
「いやな、ヴィクトル殿。あの日、お主が帝国軍全員を『やる気のないニート』に変えたじゃろう? あれが帝国皇帝に甚大なトラウマを与えてしまってな」
「トラウマ?」
「うむ。『戦わずに心を折る慈悲深き魔王』として恐れられておる。で、これ以上の侵攻は不可能と悟った皇帝が、和平の証として愛娘を差し出してきたのじゃ」
なるほど。人質か。
だが、当の本人の様子がおかしい。
リリアーナ皇女は、頬を染めて俺を見上げている。
「わたくし、感動いたしました! 血を流さず、ただ『家に帰りたい』という温かな感情だけで戦争を終わらせるなんて……! これこそが真の王者の風格! わたくしが求めていた理想の殿方です!」
「……誤解だ。俺はただ、死体処理が面倒だっただけだ」
「まあ! 照れ隠しまで素敵です!」
ダメだ、話が通じない。
リリアーナは瞳をキラキラさせて、俺の手にすがりつこうとした。
「責任を取ってくださいませ、ヴィクトル様。わたくしの心は、もう貴方様のものです!」
その瞬間。
ピキッ……。
部屋の空気が凍りついた。
比喩ではない。実際に、テーブルの上の紅茶が瞬時にシャーベット状に凝固したのだ。
「……責任?」
地獄の底から響くような声がした。
俺の背後。
アリアが、虚ろな瞳で立っていた。
「おい、アリア。魔力が漏れてるぞ」
「師匠。その女、誰ですか? なんで師匠の手を握ろうとしてるんですか? 泥棒猫ですか? 駆除しますか?」
アリアの周囲に、絶対零度の吹雪が巻き起こる。
彼女の銀髪が逆立ち、背後には氷の槍が無数に生成されていた。
――固有魔法【氷河期】。
室内気温、マイナス50度。
国王とリリアーナがガタガタと震え出す。
「さ、さむい……! ヴィクトル殿、なんとかしてくれ!」
「こ、これが……愛の試練……!?」
リリアーナは寒さで震えながらも、なぜか嬉しそうだ。この子も大概だな。
「死ね」
アリアが無慈悲に腕を振り下ろす。
無数の氷槍が、リリアーナに向かって射出された。
当たれば串刺し、外れても凍死確定だ。
俺は即座に指を鳴らした。
――【温度固定・25度】【敵意・中和】【ヤンデレ度・抑制】
シュンッ……。
迫り来る氷槍が、俺のデバフ空間に入った瞬間に水蒸気となって消えた。
部屋の温度が快適な春の陽気に戻る。
「……あれ?」
アリアが正気に戻り、キョトンとした顔で俺を見た。
「私、何を……?」
「少し興奮しすぎだ。嫉妬は程々にな」
俺はアリアの頭をポンと撫でた。
アリアは顔を真っ赤にして、俺の服の裾をギュッと掴んだ。
「……だって。師匠は私の師匠ですもん。他の女の人なんて、いりません」
「はいはい。分かってる」
俺は溜息をつき、リリアーナに向き直った。
「皇女殿下。見ての通り、うちは手のかかる弟子と、庭には巨大なドラゴンがいる。これ以上、扶養家族を増やすつもりはない」
「い、いえ! 諦めません!」
リリアーナは立ち上がり、ドレスの埃を払った。
「わたくし、家事もできます! 料理も勉強します! それに……帝国の国家予算の半分を持参金として持ってきました!」
「……ほう」
俺の耳がピクリと動いた。
国家予算の半分。
それは非常に魅力的だ。ポチの餌代(牛の丸焼き)が馬鹿にならないからな。それに、研究費も無限に使える。
「師匠? 今、心が揺らぎましたよね?」
アリアがジト目で俺を睨む。
「い、いや。合理的判断をしようとしただけだ」
「ダメです! お金なら私だって稼げます! ドラゴン狩りでも何でもしてきますから!」
「いや、生態系を壊すのはやめろ」
こうして。
俺たちのスローライフ(?)に、新たなトラブルメーカーが加わった。
押し掛け女房の皇女リリアーナ。
嫉妬深い最強の弟子アリア。
マイペースなペットのポチ。
……静かな生活なんて、夢のまた夢かもしれない。
その夜。
リリアーナは強引に隣の部屋を改装して住み着いた。
アリアは対抗意識を燃やし、俺のベッドに潜り込んできた(追い出したが)。
だが、俺はまだ知らなかった。
このドタバタ劇の裏で、世界を揺るがす「本当の脅威」が近づいていることを。
アリアVSリリアーナの正妻戦争(冷戦)が勃発しました。
ヴィクトル師匠は「金」に弱いという弱点が発覚。
「修羅場ワロタ」「アリアちゃん可愛い」
と思っていただけたら、
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