第十話 「隣の国が攻めてきたみたいですが、更地にしますか?」
戦争、開始5秒で終了。
死傷者ゼロ、ただしニート10万人爆誕。
ヴィクトル師匠にかかれば、軍隊など「やる気のない集団」に変えることすら容易です。
「戦わないんかい!w」「平和的(?)解決ですっきり!」
と思っていただけたら、
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勇者パーティが鉱山送りになってから数日。
俺たちの生活は、極めて平穏かつ優雅だった。
朝は遅めに起きて、王室御用達のシェフが作った料理を食べる。
昼はアリアに魔法の制御(主に火力ダウン)を教えつつ、ポチの散歩(上空千メートル)をする。
夜は広い風呂に入って寝る。
まさに理想的なスローライフだ。
国賓待遇というのは、これほどまでに快適なものだったのか。
だが、そんな平和な時間は長くは続かないのが、この世界の常らしい。
「ヴィクトル殿ぉぉぉぉ!! 大変だぁぁぁぁ!!」
いつものように、国王レグルス三世が部屋に飛び込んできた。
今回は扉を蹴破らず、ちゃんとノックをしてから入ってきたが、その顔色は死人のように青白い。
「どうした陛下。また勇者の残党でも出たか?」
俺は紅茶を啜りながら尋ねた。
アリアは俺の膝の上で、剥いたブドウを「あーん」しようと待機している。
「違う! もっと悪い! 隣のガリア帝国が攻めてきたのじゃ!」
「帝国?」
「うむ! 国境付近に10万の軍勢が集結しておる! 宣戦布告もなしに、いきなりの侵攻じゃ!」
10万か。
この国の常備軍が1万程度だと考えると、絶望的な数字だな。
「理由は?」
「『我が国の勇者が不当に拘束された』という言いがかりじゃ! 要するに、勇者がいなくなった隙を狙って領土を奪いに来たのじゃろう!」
なるほど。
勇者アルヴィンたちが鉱山送りになった情報が、早くも漏れたか。
彼らは弱かったが、「Sランク」という肩書きだけは抑止力になっていたらしい。
「我が軍だけでは到底勝てん……! かといって降伏すれば、民は奴隷にされてしまう……!」
国王が頭を抱えて蹲る。
その姿を見て、アリアがブドウを口に放り込み、冷ややかな声で言った。
「師匠。あいつら、邪魔ですね」
彼女の瞳から光が消える。
「せっかく師匠との幸せな生活が始まったのに。……消しちゃいましょうか?」
アリアが窓の外を見る。
その視線の先、はるか彼方の国境線に向けて、彼女の指先に黒い魔力が収束していく。
「戦略級魔法『虚無の平野』なら、帝国ごと更地にできますけど」
「待てアリア。地図を書き直すのが面倒だ」
俺は慌てて彼女の手を抑えた。
この子は本当にやりかねない。というか、やれば間違いなく帝国は消滅するし、ついでに大陸の形が変わる。
「それに、10万人全員を殺せば、死体の処理で疫病が流行る。非合理的だ」
「むぅ……師匠がそう仰るなら」
アリアは不満げに魔力を散らした。
国王はガタガタと震えている。
「ヴィ、ヴィクトル殿……今、さらっと国を消すとか言わなかったか……?」
「気にするな。アリアなりのジョークだ」
「ジョークに聞こえんかったが!?」
俺は立ち上がり、ローブを羽織った。
「で、どうする陛下。俺たちに撃退してほしいのか?」
「頼めるか!? 報酬は弾む! この通りじゃ!」
国王が再び土下座しようとするのを手で制する。
「いいさ。今の宿代や食費分くらいは働かないとな」
それに、俺たちの平穏な生活を守るためにも、外野には静かにしてもらう必要がある。
「行くぞアリア、ポチ。ちょっとした害虫駆除だ」
「はい、師匠!」
「グルルッ!(飯か?)」
俺たちは中庭のポチに飛び乗った。
◇
国境の平原。
そこは、地平線を埋め尽くすほどの軍勢で黒く染まっていた。
ガリア帝国軍、10万。
対する我が王国の軍は、急遽かき集めた5千のみ。
誰の目にも勝敗は明らかだった。
「ひぃぃ……数がおかしいだろ……」
「終わりだ……みんな殺されるんだ……」
王国の兵士たちは恐怖に震え、武器を持つ手すらままならない。
その時。
バサァッ……!
バサァッ……!
上空から、巨大な影が降り注いだ。
「な、なんだあれは!?」
「ドラゴン!? 災厄竜だ!」
両軍の視線が空に釘付けになる。
雲を割り、全長百メートルの巨体が悠々と舞い降りてきた。
そして、両軍の真ん中、緩衝地帯へと着地する。
ズシィィィィィィィン!!
着地の衝撃だけで、最前列の兵士たちが吹き飛んだ。
土煙が晴れた後、ドラゴンの背中から二つの人影が降り立つ。
「ふむ。あれが帝国軍か。多いな」
俺は眼前に広がる10万の軍勢を見渡した。
アリの行列のようだ。
「師匠、やっぱり更地にしませんか? 10秒で終わりますよ?」
アリアが物騒な提案をしてくる。
「却下だ。今回はもっと穏便に済ませる」
俺は一歩前に出た。
拡声魔法など使わない。俺の声は、戦場全体に響き渡るように調整する。
「――ガリア帝国の諸君。警告する」
俺の声に、10万の兵士がざわめいた。
「直ちに回れ右をして帰りなさい。そうすれば、五体満足で家族の元へ帰れるだろう。だが、これ以上一歩でも進むなら……」
俺はニヤリと笑った。
「全員、『戦う気力』すら起きない体にしてやる」
その言葉に、帝国軍の将軍らしき男が前に出て叫んだ。
「ふざけるな! たかが二人と一匹で、我ら10万の精鋭に勝てると思っているのか! 全軍、突撃ぃぃぃ! あの不遜な魔法使いをひき肉にせよぉぉぉ!」
ワァァァァァァァァッ!!
10万の兵士が鬨の声を上げ、地響きと共に突っ込んでくる。
殺気の塊が押し寄せてくるようだ。
「……やれやれ。忠告はしたぞ」
俺は小さく溜息をつき、右手を空に掲げた。
広域制圧用デバフ・マルチロック。
対象:敵対する全生体反応。
効果範囲:半径5キロメートル。
展開。
――『超・脱力』『戦意喪失』『強制帰宅願望』
カッ……!
目に見えない波動が、戦場全体を駆け抜けた。
その瞬間。
ガシャァ……。
カラン……。
先頭を走っていた兵士が、突然剣を取り落とした。
そして、その場にぺたんと座り込んだ。
「……あー、なんかダルい」
兵士Aが呟いた。
「俺、なんでこんなとこで走ってんだろ……」
「帰りたい……母ちゃんのシチュー食いたい……」
「戦争とかどうでもいいし……布団に入りたい……」
次々と兵士たちが武器を捨て、地面に寝転がり始める。
10万人、全員がだ。
殺気立っていた戦場は、一瞬にして「休日の公園」のような気だるい空気に包まれた。
「な、なんだこれは!? 貴様ら、立て! 戦え!」
将軍だけは気力で耐えているが、部下たちは誰も動かない。
「将軍ぅ……もう無理っすよぉ……」
「有給ください……」
「帰って猫の動画見たいです……」
「き、貴様らぁぁぁ!?」
俺は満足げに頷いた。
「よし。これで平和的解決だな」
誰も傷つかず、誰も死なない。
ただ、全員が「猛烈に家に帰りたいニート」になっただけだ。
実に合理的だ。
アリアが呆れたように俺を見た。
「師匠……ある意味、更地にするより残酷ですね」
「そうか? 命があるだけマシだろう」
俺は動かなくなった10万の軍勢を見下ろし、高らかに宣言した。
「さあ、帰れ! 今なら夕飯に間に合うぞ!」
その日、ガリア帝国史上、最も情けない撤退戦が行われたという。




